第37話ホームレス


「もう、退院して大丈夫なんですか?」


「うん。」


「それより、あずあずちゃんと仕事してたの?」


署内の廊下で太郎と梓は、雑談していた。


「してましたよ!木村さんと一緒にしないで下さい。」


「はい、はい、わりーわりーでした。あれ?」


太郎は、廊下のソファーに座っている老人を見つめていた。


「知り合いですか?」


「置きじい!」


「お!確かお前は木村太郎か。」


「置きじい、何してんの?稽古つけに来たの?」


「いやいや、取り調べじゃて。」


「え?置きじい何かしたの?」


頬の痩けた顔のしわは枯木を連想させるような人物だった。


「いやー手加減はしたんがじゃのー。」


そう、置きじいが言った後に取り調べ室から三人の若い少年達が出て来た。


「加藤さんに、謝りなさい。」


若い少年達は、形ばかりの謝罪をして帰された。


「もしかして置きじい投げちゃったの?」


「いや、ホームレス仲間が、絡まれておってな助太刀したら大事になってしまった。いかんな。」


「え?置きじい、今、ホームレスなの?」


「そうじゃあ、遊びに来るか?」


「あずあずも一緒に行かない?」


童心に帰ったような顔をしてる太郎の誘いを梓は、苦笑いしながら承諾した。


変な知り合いばっかり…。


案内されたのは、総合公園の隅っこにあるビニールハウスだった。


「そういえば、置きじい、警察学校の教師は?」


「辞めたわい。今は、ボランティアで刑務所の受刑者相手に稽古をつけてるぞい。」


「え?加藤さんって先生だったんですか?」


梓が、清潔なビニールハウスの中を意外そうな顔で見ながら聞いた。


「そう、置きじいは、俺の警察学校時代の空手、剣道、柔道の恩師なんだ。」


ズカズカ入って行く太郎は答えた。



「どう受刑者は?」


「うーん、たまにお前みたいに残像が見えない人間もいるが、ほとんどは、わしに投げ飛ばされてるわい。」


「置きじいは、相手と組んだり構えたりするだけで相手との勝敗が見える達人なんだよ。」


太郎は、嬉しそうに話している。


「木村さんは、何で残像が見えなかったんですか?」


梓が、置物みたいになった置きじいに聞いた。


「こいつは、人間じゃないからの。」


ニヤリと置きじいは笑って言った。


「人間だし、刑事もしてるよ。」


「仮眠室で、寝てばっかりですけど。」


「あずあずは、手厳しいな。」



置きじいに、お茶を貰って二人は署に戻った。


「何で加藤さん、置きじいなんですか?」


「だって置物みたいなんだもん。春男ちゃんは、良く投げ飛ばされてたな。」


「何でホームレスしてるんですかね?」


「置きじいは、若い時にヤンチャして刑務所に入ってた事もあるんだ。そこで、空手、柔道、剣道に目覚めて警察官になって警察学校で教えてたんだよ。まぁ、ホームレスも修行の一貫じゃないかな。置きじい無念夢想だからね。」


「無念夢想?」


「邪心がない侍だよね。」


「置き侍ですね。」


「あずあず、レベルアップしたね。」


太郎は、仮眠室に戻ると報告書と始末書の山に囲まれて珍しく真面目に仕事をし始めた。

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