[B]part is finish

 部屋の中に暫しいびつ均衡きんこうの時が訪れる。


 投げつけたパンツを拾い、躊躇ちゅうちょせずに匂いを嗅ぐラッキョ男。

 いや奴の名前は以前、交番へ連行された時に聞いていた。


 確か……そう、『三木みき』という名前だ。


 偶然にも私と同じ響きだったので、記憶の引き出しに残っている。


 同じ響きの称号を持つ者同士、この時間軸での邂逅は運命によって定められた必然だったという訳か……。


 っと、駄目だ。

 三木の非常識な行動を見ていたら、言語だけでなく思考も中二病っぽくなってしまった。


 自覚は無いが意外と動揺しているのかも知れない。


「おおぅ。高まりが無双でニヤケ大気圏突破」

『おお。感動の波が押し寄せてニヤニヤが止まらないぜ』


 三木はパンツを顔面に密着させてから大きく息を吸い込む。

 そして何かにほだされたようにゆっくりと、味わいながらパンツをいった。


 静かな部屋にクチャクチャと咀嚼音そしゃくおんが響き鳥肌が立つ。

 間接的に精神攻撃を受けている気分だ。


「激高まりの舞。無双委員会委員長なんだが」

『テンションが上がってきた。とても良い感じだ』


「契約完了だ。神器の呪縛を解き放ち、光の顕現に打ち震えよ!」

『気が済んだでしょう。たっくんを早く解放して!』


「ナシよりのナシ。キッズとおまいの『うp主』100ウザい。あの2ch史上最悪のクソコテにコールド負けした日々は全俺ヴォイ鳴きアルティメット。DQNドキュンすぎだろ常考」

『それは嫌だね。お前達の『両親』を恨むんだな。あいつらにからかわれ続けた過去を思い出すと悔しくて死にそうだ。あいつら常識的に考えて酷すぎるだろ』


 ママ達と三木は過去に関係があったのか?

 からかわれたという事は学生時代か。

 こんなに恨みを買う程、からかったのか。


 全く、あの変人達はろくな事しないな……。


「そりなので次は小生のターン。うp主、逝ってよし。オワコンにするの巻!」

『だから今度は俺が反撃してやる! 奴等に仕返しだ。絶望を与えてやる!』


 そう叫んで三木は私に近付いてきた。

 目が正常でない程ギラギラしている。


 ママ達に恨みがあっての犯行だというのは同情すべき点かも知れない。

 しかしその事と、たっくんをこんな目に合わせたのとは話が違う。


 それにパンツをクチャクチャ咀嚼し続けるその姿には同情どころか侮蔑ぶべつと怒りが湧いてくる。


「ふつくしい……」

『美しい……』


 三木は異常者の眼差しで私の前に立つと、おもむろに両肩を掴んできた。


 その力は私が抗う事の出来ない強さだった。


 ・


 両腕を背中に移動させ、私の裸体らたいをベアハッグする三木。

 1ミリの隙間も無く密着されてしまった。


 ハァハァと薄汚い息遣いが間近まぢかで聞こえ、次の瞬間には私の右耳が奴の口内にあった。口内で舐め回されている感覚に、言いようのない嫌悪感が込み上げてくる。


 ハァハァ、ハァハァ――


        ビチュッ、クチョ、クチュクチュ――


 奴の息遣いと唾液を絡ませる嫌な音が、ダイレクトに脳内へ響く。


 気持ち悪い、気持ち悪い、気持ち悪い!


 無駄だと解りつつ身をよじらせて抜け出そうとするも、がっしりとベアハッグされているので抵抗出来ない。


 やがて三木は片方の手を緩めて私の乳房をもてあそび始めた。

 乳房と言える程の膨らみは無いが、場所的には乳房地区なので表現に誤りは無い。


 こんな異常者に良いようにされてムカムカするが、私だって無条件にこの状態を受け入れている訳ではない。


 三木の手が私に触れた時から、現在進行形でのだ。


 過去と未来を覗き、心を覗き、物質の壁を越えてその先を覗く。

 私の得た情報は任意で他者と共有する事もできる。


 それが私の覚醒した『視る能力』の全貌だ。


 奴の全てを知り、奴の弱点を洗い出す。

 そこに勝機があると信じて、深層心理まで深く覗き込む。


「ちっぱい最THE高。ちっちゃいは正義。ぽっちの存在に圧倒的感謝」

『貧乳具合が堪らない。小さければ小さいほど良い。乳首の感触も最高だぜ』


 奴の指につままれたり転がされたりする度に、体全体がビクンとなる。

 これは気持ち良いとか、そんな感覚じゃない。


 敏感な場所を触られるとそうなるのは自然な反応だ。

 そこに快感や愛しい気持ちは一欠片ひとかけらも無い。


 気持ち悪くて吐きそうで……凄く恐い。


 ・


 三木の記憶映像が脳内で荒れ狂う。

 物凄い量の情報がどんどん流れ込んできて気が触れてしまいそうだ。


 ツツーッと鼻血が垂れる感覚。

 まずい、このままだとまた意識を失うかも知れない。


 でもあと少し……。


 そう思った時、奴の手が乳房から離れて私の下腹部へと伸びてきた。

 その指は遠慮の無い動きで、ねぶるように這い回る。

 まるで形の詳細を楽しむかのような動きに苛立ちが募り、殴ってやりたくなる。


 クチャクチャと連続した小さな音が、静かな部屋に伝播でんぱんして行く。これ以上の狼藉を許せば、たっくんに受授じゅじゅする予定の大事な証が散ってしまう。


 私は本気で抵抗したが三木の腕力は強く、どうする事も出来ない。


 絶対障壁が圧迫されるのを感じたのと、三木の深層心理に辿り着いて弱味を握ったのが同時だった。


 勝てるカードを手に入れた。

 これで、たっくんを助けられる!


 容赦はしない。

 たっくんを傷付けた蛮行ばんこうは必ず贖罪しょくざいしてもらう。


 ここからはずっと私のターンだ!



 ・



【足の裏みたいな顔だな。残飯みたいな口臭がするわ。顔面の骨格が人間じゃないよね。何を飼ったらそんな体臭になるの? なんか経験値高そうだな、殴らせろ。その頭、自爆したから散らかったのか。ち〇こ出すなよ! あ、顔か】


「な、なぬっ」

『な、何っ』


 私の肉をもてあそんでいた指の動きが止まり、奴の身体に緊張が走るのを感じた。


 三木が深層心理のそのまた奥の引き出しにしまい込んでいたトラウマの数々。

 それを鮮明な映像付きでフィードバックしてやったのだ。


 でもこれはほんのジャブに過ぎない。

 こんなものじゃ済まさない。


 私の身体に触れている限り永続する、記憶の暴力に苦しむがいい。


【小学校時代、運動会のダンス相手は必ず担任の先生だった。どの先生も夏なのに必ずダンスの前になると軍手をはめていた。ダンスが終わると軍手はゴミ箱に捨てられた。中学校時代、休み時間の度にタクミとミキの両親にフリ◯クを尻穴に詰められた。奴等は笑っていた。物凄く抵抗したがそのうち気持ちが良くなり家に帰ってからもフ◯スクを常用した】


「う、嘘乙、ソース出せや! かなりつらまろ……なしんこなしなし」

『う、嘘だ、そんな事していない、証拠を見せてみろ! 頭が、頭が……そんなの認めない』


 私から手を離し、頭をガシガシとむしる三木。

 でも片方の腕は未だ私の背中に回されていているので、構わず映像のフィードバックを続ける。


【高校生の時、密かに好きだったタクミの母の前で自慰行為を強要された。その目の前でミキの父親と彼女が性交を始めた。俺を見て笑いながら性交を続けていた。俺の恋心は砕け散ったが、その時の映像が忘れられず何回も何回も泣きながら自宅でオカズにした……】


「な、なぬ……ブヒれる少女の魔法かぬ! 江戸川意味がわか乱歩……メンブレなんだが。鬱汁が止まらん。ありえんエグみが広すぎて死にたみ募る!」

『も、もしかして……貴様の仕業か! 何だこれ、意味が解らねえ……頭が割れる。精神がどうにかなってしまう。気分が悪くて死にそうだ!』


 大丈夫、殺さない。

 そんな程度じゃ済まさない。

 それにアナタの精神は最初からかなり壊れてるじゃない。


【大学1年の時、母親を襲って初体験を済ませた。最初は嫌がっていた母親だが何度も襲うと逆に俺を求め出した。俺は母親を愛し続けたが、ある日大学から戻ると別の男と母親が絡んでいる現場に出くわした。男は笑った。母親も笑った。二人してあざけるように俺を指差して笑った】


「や、やめろ、これ以上やめろ! これ以上見せるなぁぁぁぁ!」


【大学3年の時、単位が足りなかった俺は教授に呼ばれて自分のモノをしゃぶるように言われた。教授はガチホモで有名だったが、俺は単位が欲しかったので何も考えず求めに応じた。何度も何度も求めに応じてしゃぶったが、何故か単位は貰えなかった。教授は笑った。笑い続けた。肉奴隷になった俺を嘲笑し続け――】


「うがぁぁぁ、うがぁぁぁ……」


 三木が私から腕を外し、頭を抱えてうずくまった事でフィードバックが止まった。身体を小刻みに震わせながら、意味不明な雄叫びを上げ続けている。


 そんな三木の背中に手を伸ばし、再度フィードバックを開始する。


【大学を出て就職したが、そこでタクミとミキの父親に再会した。それも嫌だったが新入社員歓迎会に呼ばれなかった事が辛かった。タクミの父親達が情報操作したのだ。アイツは露出狂だ、アイツはガチホモだ、アイツはマザーファッカーだ。いわれのない噂が社内を飛び交い、何とかギリギリのラインで保っていた俺の精神が崩れていった。奴等は笑った。全員で笑った。俺の事を指差してゲラゲラと笑い続けた】


「うがああぁぁぁ、うがああぁぁぁ、ぎゃあああああぁぁぁぁぁ……」


 三木の口から獣のような涎が床に滴り落ちる。

 元々可怪しかったが、完全に精神崩壊してしまったようだ。


【そんな中、俺に優しくしてくれる先輩がいた。先輩はブス専のバイセクシャルだった。俺は毎日毎日、昼休憩になると便所で先輩に穿たれた。しかしそれが会社にバレてクビになった。先輩はクビにならなかった。俺だけがクビになった。きっとタクミの父親達の仕業だ。先輩は笑った。タクミの父親も笑った。ミキの父親も笑った。世界中全ての人間が俺を見て侮蔑の表情で笑い続けた。次に就職した会社で――】


 ふっと三木が床に崩折れ、背中から私の手が離れた。


 奴の顔を見ると、白目を剥いて口から泡を噴きながら気絶していた。


 私は気絶している三木の腹をおもいっきり蹴り飛ばした後、たっくんの元へと駆けつけた。


 ・


「たっくん、しっかりして! たっくんたっくん!」


 たっくんに呼び掛けたが、彼は目を覚まさない。


「どうしよう、たっくんが……」

「大丈夫だミキ。タクミの心臓は動いている」


 恐る恐る、たっくんの胸に手を当てると弱々しい彼の心音が伝わってきた。


「良かった……」

「良くはない。波長の乱れが異常だ。後頭部に打撃を受けた時、なにがしかかの神経が圧迫されたのだろう。直ぐに手当をしないとまずい事になる」


「そんな……!」

「動揺するな。それより応援を呼んで来てくれ。その間、俺が何とかしてみる」


「え、ええ! 呼んで来る! 直ぐに呼んで来るっ!」


「服ぐらい着たほうが……」ととがめるグーターの声を無視して一目散に駆け出した。


 大丈夫、靴は履いている。


 ママ達に知らせるんだ。


 早くたっくんを運び出してもらうんだ。


 それだけを想い、私は廃院から飛び出した。







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