第127話 結婚報告

 一ヶ月前……。

 届いた手紙を見た瞬間、ポルカは我が目を疑った。

 花嫁修業に出てまださほど日数も経たない内に寄越してきたリリアナの手紙。こんなにも早く覚悟が決まるものなのかと不思議に思ったものの、何か違う事での報告なのかもしれない。

 そう思いながら手紙に綴られた文字の羅列を読み進めるうちに、眉間に深い皺が寄り呆然としてしまう。

「……リリアナ……あなた、何を考えているの……?」

 呟いた言葉が言い終わるか否か、部屋のドアがノックもないまま勢いよく開かれた。

 ポルカは咄嗟に手にしていた手紙を引き出しの中に仕舞い込んで入り口の方を見やれば、いつになく上機嫌な様子のガーランドが近づいてきた。

「ポルカ! これは素晴らしい話だ!」

「な、何の話ですか?」

 僅かに取り乱した様子を何とか隠そうとしながら、少しばかり強張ったような笑みを浮かべて問い返すと、ガーランドはポルカのついていた職務机の上に数枚の手紙を叩きつけるように置いた。

「リリアナがアシュベルト王国のロゼス王子との結婚を正式に決めたそうじゃないか。ロゼス王子は王位継承権を持つ王子ではあるが、弟君へその権利を譲渡すると公言しているようだし、これは忙しくなるぞ」

 実に愉快だ。

 そう言わんばかりに笑っているガーランドを見つめ、ポルカはぎゅっと眉根を寄せる。

 なぜ、同じ時期に彼がその話を知ったのか。それが気になって仕方がない。

「……これは、ロゼス王子からの書状ですか?」

「いや。違う。この手紙はバッファの娘のパティからだ」

「パティ?」

 訝しい表情でガーランドを見上げると、彼は口元に笑みを浮かべたまま腕を組みポルカを見下ろしてくる。

「お前には言わなかったんだが実を言うとな……、わしはリリアナとレルムが恋仲ではないのかと疑っていたんだ」

 深いため息を吐きながら、そう告白したバッファにポルカは涼しげな態度で頷いた。

「えぇ。存じておりましたわ」

「なんと、気付いていたのか?」

「もちろんです。あなたの態度を見ていれば分かります。私はあなたの妻ですよ? そのぐらいの事は当然ですわ」

 こんな時、隠し事が得意なのはやはり女性の方だとポルカは実感する。

 男性は隠そうとすればするほど目や態度に表れる。実に素直だと言ってもいい。

 バッファは「そうか……」と、やや不満そうに顔を顰めるが、そのまま話を進めた。

「まぁ、ひとまずだな。二人の仲が潔白なのか不純なのかを知るために、あえてパティのいるレビウス修道院を花嫁修業の先に選び、彼女に娘の様子を逐一報告するよう申し付けてあったのだ。まぁしかし何だ。どうやらわしの思い違いであったのだな」

 ガーランドは豪快に笑いながら、これまで隠していた事を暴露する。

 ポルカは彼が机に置いた手紙を拾い上げ、さらりと文面に目を通してみる。

 その手紙には、リリアナの一日の生活や求婚者面談での様子、誰と面談をし、手ごたえはどうであったか等、事細やかに報告されていた。そしてどの手紙にもレルムとの仲を疑うようなものは何一つないと匂わせている。

 ポルカは何通にもなる手紙全てに目を通し、ここまで徹底してレルムの事に触れていないところをみると、パティは少なくともリリアナの味方側にいるのだと察しがついた。

 かつては細部にわたって疑いの目で見てばかりいたガーランドが、表面上の文章だけを見てその裏を疑おうとしないのは正直言って珍しい。

 病床に伏している間にその辺りの勘が鈍ってしまったのだろうか。

「……実は私のところにも、あの子から手紙が届いたんです。内容はあなたの知る通り、ロゼス王子との婚姻決定の旨でしたわ」

「おおそうか。お前のところにも手紙が来ていたか。ロゼス王子であればこちら側としては申し分ないだろう。良い相手を選んだものだ」

「えぇ……本当に」

「挙式はあの子の花嫁修業が明けた次の日にしよう。これからは何かと準備が忙しくなるぞ!」

 ガーランドは笑いながら部屋を後にする。

 上機嫌な彼を見送りながら、ポルカは長く深いため息を吐いた。

 レルムの帰還は一ヵ月後。今すぐこの事を知らせる為に手紙を出しても行き違いになる可能性は高い。ならばこのまま何の報告もしない方が早いだろう。

 そう判断したポルカは、もう一度仕舞い込んだリリアナからの手紙を取り出して目を通した。


『ロゼス王子と結婚する事に決めました』


 そう書かれた文面の紙の筆圧の跡に何度も悩んで書き直した痕跡が見られることから、彼女は相当悩んで何度も書き直したのだろう。

 その後の文面には、ロゼス王子とのやりとりは元より、彼が持ちかけてきた大きな賭けに出ている事も抜けなく書かれている。

 迷いのある僅かに震えた文字。そして手紙の最後に落ちたのであろう涙の跡……。


『あたしは何があっても、レルムさんが大好きです……』


 最後の最後に書かれた文面が、ぎゅっと胸を切なくさせた。

 ポルカはきゅっとその手紙を握り締め、何気なく窓の外へ視線をめぐらせる。

 外は曇りがちな天気で、今にも雨が降り出しそうな様子だった。

「レルム……あなたは一体どう出るつもりなの?」

 帰還を一ヶ月後に控えたレルムに向かい、ポルカはそう問いかける。

 王座も何もかもを捨ててまでリリアナを選ぶと宣言したロゼス。彼の本気はこうして文面を見ているポルカにも伝わった。

 全てを投げ捨てる覚悟を持ったロゼスの前に、レルムが勝負に出られるのはほんの一瞬しかない。

 ロゼス王子と同じように自分の持てる全てを投げ捨てたとしても、レルムには勝ち目がほとんどないのではないだろうか……。

 ポルカはこの時ほど、身分差と言う壁の大きさを実感した事はなかった。

「……この壁は、やはり越えられないという事なのかしら……」

 自分で成し得なかった想いを、リリアナに託したい……。

 ポルカはその一心で、今にも泣き出しそうな表情のままじっと外を見つめていた。

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