第十章 修復
第104話 気まずい関係
顔に傷を作り、マーヴェラとの間に気まずい空気と溝を出鼻から作ってしまったリリアナは、こんな予定ではなかったのに、と自室へ戻ってからも酷く落ち込んでいた。つい、身体が動いてしまったわけではあるが、その行動ゆえにただでさえ遠い場所にいるマーヴェラとの関係が更に遠のいてしまっては、レルムに協力が出来る訳がない。
先程の一件で、マーヴェラはすっかり自分に対して警戒心を露わにし、何とか取り繕おうとしたが威嚇までされてしまった。人生とは上手く行かないものであると、この時ひしひしと感じていた。
実際問題、自分のことを人間だと認識しきれていない人間を相手取って何かしようとするのは、簡単な事じゃないのは分かっていたはずだ。何か他に対策を考えなければならないだろう。
その時、廊下を慌ただしくバタバタと走る足音が聞こえ、同時に扉が勢いよく開いた。
「リリアナ様! 大丈夫ですの!?」
血相を変えて入って来たのはドリーだった。一瞬驚いた顔を浮かべたリリアナはそんなドリーを見て、力なく笑いかける。
「あ、うん。大丈夫だよ」
「レルム様にお聞きして、急ぎ薬箱をお持ちしましたわ! お顔に傷を作るだなんて!」
取り乱したドリーは、リリアナの顔の傷を見てショックを隠しきれないかのような顔を浮かべる。
「うん、でもこれはマーヴェラが悪いんじゃないんだ」
「いいえ。いくら物事がよく分からない状態だとは言え、これは一大事ですわ!」
リリアナを椅子に座らせて薬箱を開いたドリーはプリプリと怒りながらも手際よく傷の手当を始める。
大変な事件だと憤りを感じている様子のドリーに、リリアナは慌てて首を横に振った。
何もマーヴェラの事をそこまで嫌悪する必要はどこにもない。
この時、リリアナは咄嗟に彼女の事を庇おうと動いた。
「い、一大事なんて大袈裟だよ。とにかく、これは自業自得なの。あの子は悪くない」
「ですが……」
「大丈夫だって! 大した傷じゃないし。だからこの事はお母さんやお父さんには報告しないで。ね?」
バレては拙い事を隠蔽しようとするのは、まるで小さな子供のようだと思いながらも、念を押すようにそう言うと、ドリーは消毒綿を持ったまま納得いかないような顔を浮かべていた。
「しかし、私が話さなかったとしても、レルム様からご連絡が入るかと……」
「レルムさんにはもうその事は伝えてあるの。だからドリーも黙ってて。何か聞かれたら、これはうっかり転んで出来た傷だって事にしてほしいの」
レルムには、部屋から帰る間際に傷の件は話さないようあらかじめ話をしてきていたのだが、彼もやはり今のドリーと同じような、納得出来ない表情を浮かべていたのを思い出す。
リリアナにしてみれば、この程度の傷を負ったぐらいでマーヴェラとの関係が修復出来ない事はしかり、報告をされる事でレルムがリズリーの意思を継いで面倒をみたいと決めた事が無碍になってしまうのではないかと言う事と、下手をすればマーヴェラがここから追い出されるのではないかと言う事を懸念していたのだ。
不服そうに顔を顰めていたドリーに、リリアナは素直に自分の気持ちを伝える。
「報告をする事で、あの子がどうにかなっちゃったり、レルムさんの助けたいって気持ちが無碍にされるのが嫌なの。だからお願い。お母さんやお父さんに聞かれても、これはあたしのミスであたしが自分で付けた傷だって事にしておいて? それに、あたし自身、自分で広げてしまったマーヴェラとの距離を埋めなきゃ、それこそ納得出来ないし嫌なの」
必死の口調でそう伝えると、ドリーは渋々頷いた。
「リリアナ様がそこまで言うのでしたら……」
「ありがとう、ドリー。無茶言ってごめんね?」
謝るリリアナに、ドリーは小さくため息を吐きながらもゆるゆと首を横に振った。
「主の言う事に従うのは当然ですもの。それに、レルム様のお気持ちだけじゃなく、マーヴェラの事までちゃんと考えているリリアナ様に、ノーと言える訳がありませんわ」
「あたしは別に、そんなたいそれた事をしてるつもりはないよ。だってこれは、あたしのワガママだもの」
「ワガママではありませんわ。しっかり周りを見据えた了見です」
ニッコリ微笑むドリーに、リリアナは僅かに頬を染める。褒められるのは嫌いじゃないが、しかし実際、普通の事と思っていたのも嘘じゃない。
「……ありがとう。そんな風に捉えてくれて」
「いいえ。お礼を言われるような事ではありませんわ。リリアナ様がそう思っているように、私も本心でそう思っているんですもの」
「……うん、そっか。じゃあやっぱり、ありがとうだ」
照れ笑いを浮かべるリリアナとドリーはクスクスと笑い合った。
「さ、では手当の続きをしますわ」
「うん……いたたっ」
マーヴェラとの関係を良い物に変えて行く為に、そしてレルムとの約束を守る為に、これからしばらく大変だろう。それでも、今なら彼女にしっかりとした人生を歩んでもらいたいと言うレルムの思いも分かる気がした。
「はい、これで終わりですわ」
ぼんやりと考えている間に、ドリーはペタリと傷を覆う布を当てて貼り付けた。
「そう言えば、一つご連絡がありますわ」
「ん?」
「ヴァレンティア王国のプリシラ王女様から、近日中にお会いしたいと言うお手紙が届いていたとの事です」
そう言いながらポケットに閉まってあった手紙を差し出し、それを受け取って中を見ると確かにプリシラ自身の筆跡で会いたいと書いてある。
あれからしばらくまた会えていないし、それもいいかもしれない。
そう思ったリリアナはニッコリと頷き返した。
「うん。じゃあ、そういう方向で話を進めもらえるようお願いしてもいい?」
「かしこまりましたわ。そうご報告させていただきます」
ドリーは片付けた薬箱を抱えて頭を下げると、部屋を後にした。
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