第45話 明かされる想い

 殺される。

 その時、リリアナは間違いなく自分の命がリズリーによって絶たれるものと覚悟する。

 咄嗟に目を閉じたその刹那、瞳の奥で見たのはレルムの姿だった。

 もう駄目だと言う思いと、まだ死にたくないと思う感情のせめぎ合いの中で固く目を閉じて息を殺し、雨のように降り注ぐであろう剣の衝撃を震えながら待っていた。

 しかし、振り上げられたはずの剣をこの身に受ける事はないまま、沈黙だけが過ぎていく。

 恐る恐る目を開くと、目の前には剣を振り上げた姿勢のまま微動だにしていないリズリーの姿が映る。

 リリアナは眉根を寄せ、何が起きているのか分からないまま目を瞬いた。

「……動くな」

 まるで低く唸る獣のような声が短くかかる。見れば、リズリーの喉元に陽の光を受けて瞬間的にキラリと光る何かが見て取れた。

 リズリーは汗を一筋流しながら、僅かに引きつったような笑みをこぼす。

「……久し振りね」

 ゆっくりと剣を下ろしながら、背後にいる人物を横目に見やりながらそう呟く。すると、リズリーの背後に立っていた人物がゆっくりと姿を現す。

「ペ、ペブリムさん……!」

 鋭くリズリーを睨み、剣を彼女の喉元に押し付けたままリリアナの前まで歩み出てくる。

 力の入れ難い手の側に握られた剣は、白い布で離れないように巻きつけられていた。

「大丈夫ですか?」

 こちらを振り返らず、身の安全を確認してくるペブリムにリリアナは大きく頷いた。

「はい……。大丈夫です。ペブリムさんが守ってくれると、信じてましたから」

 彼女の姿が見えただけでそれまで感じていた緊張も不安も恐怖も、全てが解けて行くような安心感が生まれる。

 ペブリムはちらりとこちらを背中越しに見やり、彼女もまたほっとしたように微笑んで見せた。そしてその視線は再びリズリーに注がれる。

 ミシェリア半島侵略以来に見る、かつての恋人の姿。昔の面影はこうして改めて見てもどこにもない。

そんなリズリーの姿を見てペブリムはきゅっと目を細めた。

 そんなペブリムに対し、リズリーもまたあざ笑うかのような笑みを浮かべて見つめてくる。

「随分と無用心なナイトの登場ね」

「……」

 リズリーは自分の喉元に当てられたままの剣を、まるで物ともしないまま余裕の笑みを浮かべている。

 ペブリムはジリッと足元をなじる様に踏みしめ直し、呟くように口を開いた。

「君は……」

 目を逸らせば隙が出来る。その隙を恐らくリズリーが見逃すはずはないと、ペブリムは目を逸らさずに話を続けた。

「自分が過ちを犯している事に、気付いてない訳じゃないんだろう?」

 その言葉に、リズリーはピクリと顔を俄かに強張らせた。

「何ですって……?」

「君のことが分からなくなってだいぶ経つ。こんな事を繰り返す君の意図する所を探る事が出来ないままだ」

 その言葉に、リズリーはクスリと笑った。

「あなたの全てを奪う為。ただ、それだけよ」

 挑むように睨むその瞳が、なぜか寂しそうに見えたのは気のせいだろうか。

 緊迫感の走る2人のやりとりを見ていたリリアナは、彼女の姿に思わず眉根を寄せる。

「……私の全てを奪って、どうしたいんだ」

 ペブリムの冷静な問いかけに、リズリーは俄かに気持ちを荒立て始める。

 リズリーはギュッと手にした剣を握り直した。

「もちろん、あなたが絶望に落ちる姿を見たいだけよ。あなたが私にそうしたように、あなたにも私と同じ絶望を味合わせる事。それが……私の本来の目的だわ!」

 リズリーは手にした剣を素早く振り上げ、喉元にあったペブリムの剣を弾き返すと素早い速さで切り込んでくる。

 ペブリムの懐近くまで踏み込むと手にした剣を下段から一気に上段へ切り上げた。

「!」

 ヒュンと言う空を切る鋭い音と、剣の切っ先が瞬間的に身を引いたペブリムの前を通り過ぎる。

 2、3歩後方へ退きながら背後にいるリリアナを庇うペブリムに、リズリーはすぐさま剣を構え直すと、横一文字に剣を振り払う。

 ペブリムは素早く剣を縦に構える事でその攻撃を受け止めた。

 ギン! と鈍い音が響き、ギリギリと刃と刃が擦れる耳障りな音が鳴る。

 凄まじい形相で睨み上げてくるリズリーに対し、ペブリムはその表情を崩す事無く冷静な眼差しを向けていた。そしてゆっくりとその口を開く。

「リズリー……。私はもう迷わない。デルフォスに忠誠を誓い、この命をもって護る事。それが今の私にある使命であり、また誇りだ。それを脅かす者であれば、たとえ誰であっても容赦はしない」

 その言葉にリズリーはクッと短く笑う。そして冷ややかな眼差しを向け口を開いた。

「それはどうかしら……」

「……何?」

「あなたの剣、まだ何かに迷ってるようよ。そうね、さしずめあなたの背後にいる王女様……」

 リズリーは目を細め、ペブリムとリリアナの二人を見据えた。そして口の端を引き上げながら、二人の間にある微妙な空気を感じるがままに口にした。

「……あなた、彼女を愛しているんじゃなくて?」

「……!」

「え……」

 瞬間的に走った動揺の色を、リズリーは見逃さなかった。交えた剣を力いっぱい押し戻しギン! と音を立てペブリムの剣を薙ぎ払う。

 攻撃態勢を崩し、間合いを取った二人は剣を構えたまま再び睨みあった。

「あら、どうしたの? 動揺の色が見えたようだけれど?」

 これはリズリーのカマ賭けだ。そのリズリーの言葉にあからさまな動揺を見せたペブリムに、そのカマ賭けが当たっていたと分かると、リズリーはもう笑うしかなかった。

 そんなペブリムの様子を見たリリアナは、何が起こっているのか分からずに困惑の眼差しで彼女を見つめた。

 しかしペブリムはその問いかけに対して言葉を返さない。いや、正確には返せないと言った方が正しかった。

 リズリーに指摘され、自覚していながらも目を背けて来た感情。

 いつの間にか芽生えたその感情はあってはならないものと心を頑なに縛り、この公務が終わったら間違いなくただの気の迷いだと伝えようと思っていた。

 自分から逃げ、そして一途に慕うリリアナの気持ちに目を背ける。どれだけ心が痛んでも、事実あってはならないこと。それならば嘘の言葉で距離を取る事も必要だと思っていたのに。

「ペブリムさん……」

 背後にいたリリアナが、困惑の色を露にしたままこちらを見つめている視線には気付いている。

 下手な期待を持たせるわけにはいかない。

 ペブリムは手にした剣をギュッと力強く握り締めると、自分の想いを振り払うかのように構えた。

「……この方は一国の王女だ。私の感情などどうでもいい」

「どうでもいいですって?」

 リズリーは目を伏せて身体を揺らし笑い出す。その姿に、ペブリムは眉を顰めた。

 ひとしきり笑った後、リズリーはペブリムを鋭い眼差しで睨み付けた。そこには深い憎しみが色濃く出ている。

「……私と別れてから多少は変わったかと思ったけれど、あなたは何も変わっていない。いつも自分から逃げて本来あるべき物を見ようとしないのよ。あなたは不器用で、いつも何かに怯えてる。だから、大事なものをその手から逃がしてしまうのよ!」

 リズリーは再び剣を振り上げた。先ほどとはまるで違う動きを見せるリズリーに、ペブリムは繰り出される攻撃をかわす事が精一杯だった。

 心の動揺もあったのかもしれない。本来のキレが見れなかった。

 やや押され気味のペブリムに、再び双方の顔の前で交わる剣がギリギリと音を当て、時折火花を散らす。

「私はあなたを許した事はないわ……。私の人生はあなたの手でめちゃくちゃにされたのだからっ!」

 渾身の力を込め、リズリーは交えた剣を思い切り払い上げた。その払い上げに、剣と自らの手を縛っていた紐が切り取られペブリムの手から剣が離れた。

 剣はクルクルと宙を舞い、3人のいる場所から少し離れた場所に突き刺さる。

 思わず弾かれた剣の方を見たペブリムだったが、すぐに視線をリズリーに戻すとハッと目を見開いた。

 こちらを睨みつけ、肩で荒く息を突きながらまっすぐに剣を突きつけているリズリーの目に涙が伝い落ちていた。

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