第39話 ロゼス王子との再会
ランバートに誘われて乗り込んだ馬車に揺られながら、賑やかな港町を通り過ぎていく。街の住民達は、これまでこんなに沢山の騎士や兵士達が護衛するような行列を見ないせいだろう。皆が一様に足を止めて馬車を見てきた。
リリアナはドレープ状になっているカーテンの影からこっそり外の様子を窺いながら緊張感を高めていた。
目の前にはランバートと、隣にはドリーが同席している。ペブリムはこの時は同席せず、アシュベルトの騎士に願い出て馬を手配してもらい、馬車のすぐ傍をゆっくりと闊歩している。
傷を負った方の手は、握ってはいるもののやはりしっかり握りこめては居ない。器用に片手で手綱を操りながら馬を歩かせていた。
「街の皆さんは、そんなに私の事が珍しいのでしょうか……」
流れ行く街並みを見つめながらリリアナが何気なくそう呟くと、ランバートはニコリと微笑み首を横に振った。
「いいえ、そうではございません。むしろ、ロゼス王子が花嫁として迎える方を歓迎しているのですよ」
その言葉に、リリアナは咄嗟に首を横に振った。
「あたし……じゃなくて、私はまだ、ロゼス王子の花嫁になると決めたわけじゃ……」
「えぇ、分かっております。ですがきっと、ここで過ごす内にあなた様もロゼス王子の事を気に入って頂けると思いますよ。あの方はとても素晴らしいお方です」
ランバートが自慢げに話しだす。自分の主の事だ。当然悪く言うはずはない。むしろオーバーなほど褒め称えるのは当たり前だ。
リリアナも、ロゼスが別段悪い人間だとは思わない。初めて会った時も悪い人間には見えなかった。人の良さそうな、優しそうな人物だと言う事は何となくだが分かる気がする。
一度主の話を始めたアルバートは、更にロゼスを褒めちぎり出す。
「ロゼス王子はとても真っ直ぐで、そして紳士でございます。国を束ねる力は然り、軍の執り仕切るお力もとても素晴らしいです。そして女性の方をとても大切にされます」
尽きる事のない主の賞賛に、リリアナは半ば呆れたように張り付いた笑みを浮かべながらただただ頷き返す事しかできなかった。
一体いつまでこの話は続くのだろう……。
そう思いながら何気なく窓の外へ目を向ける。すると偶然にも、こちらの様子を窺っているペブリムと視線がかち合った。
「!」
ドキリとしたリリアナは、まさか視線が合うとは思わなかった為、つい視線をそらしてしまった。
僅かに赤らんだ顔をしながら視線を逸らされたペブリムは、ふっと息を吐きどこか残念そうに前を向く。
目が合った事で、リリアナはランバートの話す言葉が一気に聞こえなくなった。聞こえるのはただ、自分の胸を打つ鼓動だけ。
思わず目を逸らしてしまった……。もしかしたら嫌な思いをしただろうか?
そう思いながら、もう一度チラリとペブリムの様子を窺ってみると、彼女はもうこちらを見ずに真っ直ぐ前を向いて馬を闊歩させている。すると今度は、リリアナの方が妙に寂しい気持ちになった。
やはり自分の事など、たいして興味はないのだろう。
相手の気持ちを聞いたわけでもないのに結論付けてしまうのは間違っているのだが、どうしてもそう感じてしまう。
そもそも、興味云々以前に、本来自分は既にその領域にすら入らない立場の人間だ。一人の人間としてじゃなく、それこそランバートと同じように主に対する敬愛しか持たれないだろう。
瞬間的に高鳴った鼓動は落ち着きを取り戻し始め、リリアナは僅かに寂しげに視線を下げた。
街から城へ到着すると、デルフォス以上かと思わせるほど荘厳な造りの城と豪華さに目を奪われる。
城内はとても広く開放的で、緑を多く取り入れているデルフォスとは違い、水を扱うオブジェなどが多く見受けられる。
大勢の兵士や召使達に出迎えられて、大所帯でロゼスの待つ謁見の間へと向かう中で見受けられた中庭には、人工的に作られた滝や池が備わっていた。
どこを歩いても水の流れる音が聞こえ、とても癒されるような気持ちだ。
「こちらでございます」
周りの景色に気をとられて歩いていたリリアナは、アルバートに声を掛けられ慌てて足を止めた。
目の前には細やかに装飾された、汚れ一つ見受けられない真っ白な両開きの扉がある。ランバートがコンコンとその扉をノックすると声がかかった。
「誰だ?」
「ランバートでございます。リリアナ王女様をお連れ致しました」
「そうか。入れ」
短いやり取りが済むと、ランバートはそっと扉を押し開く。すると中には真っ青なカーペットが一直線に玉座へと向かって伸びているのが目に入る。そしてその玉座に座っているロゼスの姿が見えた。
ランバートはリリアナに対し恭しく頭を下げると、中へ入るよう手で促してくる。
リリアナは緊張しながらゆっくりと足を踏み出すと、その後ろからドリーとペブリムも付いてきた。
玉座の前まで歩いてくると、ロゼスはもどかしそうに立ち上がりリリアナのすぐ傍まで歩み寄ってくる。
まさか近づいてくると思ってもいなかったリリアナは驚き、思わず身を固くしてしまう。
「リリアナ王女。遠路はるばるようこそおいで下さいましたね」
「……え、あ、はい……。あの、お、お招き頂いて、大変光栄です、わ」
ガチガチに緊張してしまっていたリリアナは、言葉も先ほど以上に固くなってしまう。するとロゼスはそんなリリアナに不思議そうな表情を見せるも、すぐに愛嬌のある笑みを浮かべ、リリアナの手を取った。
「自国へ戻られてからしばらく経ったとは言え、まだ慣れない部分があるのは無理もありません。でも、緊張せずとも大丈夫ですよ?」
「え、えぇ……」
リリアナは苦笑いに近い笑みを浮かべて頷き返すと、ロゼスは握っていたリリアナの手にそっと唇を寄せる。
その瞬間、ペブリムは無意識にもピクリと顔が反応してしまった。
乱されそうになる心情を落ち着かせるために、さりげなく視線を逸らしながら小さく息を吸い込む。
リリアナは心の中で悲鳴を上げながらも、カーッと赤くなる自分を止められずにいた。
唇を離し、それでも愛しそうに手を握り締めたまま離そうとしないロゼスは、真っ直ぐにリリアナを見つめてきた。
「あなたに早くお会いしたかった。ようやくこちらに来ていただけると分かった日から、あなたに会う事が嬉しくて毎夜眠れませんでした」
「え、ええええっと……」
もはやどう返事をして良いのか分からない。頭の中は完全にパニック状態だ。
せめて手を離して欲しい。そう思いはするものの振り払うわけにもいかず、その場に固まってしまっていた。
そこへ、ペブリムが軽い咳払いをすると口を開いた。
「私如きが大変恐縮ではありますが、王子。王女は渡航後すぐのため少々お疲れでいらっしゃいます。お話はまた後ほどと言うわけには参りませんでしょうか?」
ペブリムの言葉に、ロゼスはあっと声を上げるとにこやかに微笑んだ。
「それもそうだな。では、まず部屋を案内させましょう」
ロゼスはリリアナから手を離すと、パンパン、と両手を打ち鳴らした。すると控えていた召使が数人入り口に現れる。そんな中、リリアナは思わずホッとため息を吐いた。
「王女と、騎士殿たちにお部屋を案内してくれ。それから、茶会の準備も出来るだけ早く頼む」
「かしこまりました」
よほどリリアナに会いたかったのだろう。茶会の席を早急に準備させようとするあたり、その想いが滲み出ている。
「リリアナ王女。では、また後ほど」
「は、はい……」
名残惜しそうに見つめてくるロゼスにリリアナはぎこちなく会釈をすると、召使に連れられて謁見の間を後にした。
案内された部屋は、リリアナの隣にドリー、そしてその向かいにペブリムの部屋があてがわれていた。
ペブリムと別れ、ドリーと共にリリアナは部屋へなだれ込むと盛大な溜息を一つ吐く。
「あぁああぁ~……。どうなるかと思ったぁあぁ……」
手近にあったソファに腰を下ろし、ガックリと頭を垂れた。
ドリーは手荷物を解きながらクスクスと笑っている。
「ロゼス様はよほどリリアナ様の事がお好きなようですわね」
「……そんなの、困るよ。お互いの事を知ってるわけじゃないのにさ。それに、ロゼス王子のあのグイグイ来る感じが何だか苦手で……」
「あら、そうなんですの? 私には普通に思えましたけれど。それが意中の相手なら当然だと思いますわ」
手の動きを止め、目を瞬きながら不思議そうにそう呟いたドリーに、リリアナは思わず眉根を寄せてしまった。
意中の相手なら当然の対応……?
「え……あれって、普通の事なの?」
「そうですわね……。人それぞれだとは思いますけれど、ロゼス王子のようにストレートに気持ちを伝えてくるような方でしたら、普通だと思いますわ。何て言ったって、意中の相手を射止める為には誰でも必死になるものですわ」
ドリーの口ぶりから、明らかに恋愛経験は自分よりも豊富だと言う事が分かる。
恋愛初めての自分には知らない事ばかりで、あれが普通だと言われたらどう対処してよいのか分からなくなってしまう。
もしもレルムがロゼス王子のような人間だったら、自分はどうするのだろう?
そう考えると妙に怖いような気持ちにさえなる。もしそうだったとしたら、断る事はしないかもしれないが、戸惑いはする。
「……」
そこまで考えて、リリアナははたと動きを止めた。
いやいや、それはあり得ない。あり得て欲しい気もするが、まずあり得ないだろう。
「……レルムさんは、どんなタイプだと思う?」
何気なくそう訊ね返すとドリーは目を瞬きながら小首を傾げ、人差し指を顎に当てながら明後日の方を見つめて考え込む。
「レルム様はとても紳士的な大人でいらっしゃいますから、ロゼス様のような荒削りな感じではなさそうですわね。もっと、相手の事を考えてくださると言うか……」
「そう、そうだよね! そんな感じだよね!」
やはり良く分かっていると言わんばかりに大きく頷き返すリリアナに、ドリーは困ったように微笑んだ。
「……リリアナ様のお心は、レルム様にあるんですのよね。難しい問題ですわ」
「う、うん……。ねぇドリー、ドリーはあたしなんかより沢山恋愛してきてるんでしょ? だったら、これから先あたしはどうやって帰るまでの二日間を過ごしたらいいかな」
困ったように詰め寄るリリアナに、ドリーもまた困惑したように笑みを返してくる。
「そんなに言うほど豊富ではありませんけれど……。でも、ここはロゼス様の好きになれるところを探されると言うのは如何ですか?」
「好きになれるところ?」
「えぇ。やはり一国の王女であるリリアナ様が、従者に想いを寄せていると知られては何かと問題もありますもの。ですから、あえてロゼス様の好きになれそうな部分を探してみて、それからどうするか考えてみても良いのではないでしょうか」
そうアドバイスを受けて、リリアナはふと視線を下げた。
好きになれそうな所をさがして、もしもロゼスに気持ちが傾けばそれはそれで良しと、そう言いたいのだろう。
リリアナはぎゅっと膝の上に置いていた手に拳を作った。
ロゼスに気持ちが傾く事なんて絶対にあり得ない。人としては好きになれるかもしれないが、恋愛対象として見れる事はない。
そう断言できるほど、リリアナの気持ちは純粋にレルムだけに向いていた。
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