待ち望んだ主(ドリー編)
デルフォスに召使としてお城に仕える事になってから、今年で6年になる。
まだギリング大戦の渦中にあるデルフォスでの勤務に、両親はあまり賛成はしなかったが、それでも自分がなりたかったものにようやくなれた事に、私は喜びを隠し切れなかった。
――いつかは、お戻りになられた王女様のお世話をさせて頂きたい。
そう思って自ら志願したこの選択を間違いだとは思わなかった。
国中の人々が尊敬し、敬い、愛して止まない両陛下。その両陛下の人の良さは誰もが知って然るべきだった。その両陛下の娘である王女様が行方不明になってから11年。
私は陛下同様に王女様の帰りを信じて、自分の夢を叶えるために大変な仕事も、文句やグチを一つも零す事無く毎日仕事に励んでいた。何よりも、この仕事が嫌いではなかったから、文句やグチを言うつもりも端からない。
「ドリー。この洗濯物、お願いね」
「はーい!」
そう言いながら、先輩方が持ってきた籠いっぱいの白いシーツを相手に悪戦苦闘していると、友人がそれを手伝いに来てくれる。
「大丈夫? こんなに沢山……」
「うん、平気」
「平気って……。これ、イジメじゃないかと思える量だと思うけど?」
呆れたように呟く友人の視線を追って、背後に積み上げられた汚れ物に目を向ける。
確かに、時間はかかるかもしれない。それでも、こうして仕事を任されるだけ私には有難かった。
「大丈夫。夕方までには何とか終わらせるから」
「何言ってんの。そんなアカギレまみれの手して。見てらんないわ」
友人はそう言うと私の隣に座り込み、大きな桶の中の洗濯物を手伝い始める。
「ありがとう」
「いいのよ。どう見たって一人で終わらせらんないでしょ」
何を言うでもなく、黙っていてもこうして手伝ってくれる友人がいてくれる事がとても嬉しかった。
一度は止めた手を再び動かしながら、洗濯物を洗い始めてからしばらく経ち、他に手の空いた同僚達にも手伝ってもらってようやく全てが終わったのは、夕日が傾く頃だった。
「ふ~、やっと終わったぁ~!」
大きく伸びをしながら首を動かす友人の隣で、私は真っ白になったシーツを見つめて満足そうに笑みを浮かべる。
そんな私を不思議そうに友人が見つめてきた。
「ねぇ、ドリー。何でこんなハードな仕事が好きなの? 私はさ、家族が食べていく為に仕方なく、巷で開かれている露店なんかの店よりも賃金のいいこの仕事を選んだってだけだけど、ドリーは違うよね?」
その問いかけに、私は彼女を振り返る事もなく、夕日を見つめながら口を開く。
「私、人に喜ばれる仕事がしたかったの。どんなに苦しくても辛くても大変でも、相手が喜んでくれるならそれが私にとって一番嬉しい事なんだ。“ありがとう”って、たったその一言で、それまで頑張ってきた事が全部報われる」
「ふ~ん……。でも、何もこの仕事でなくたっていいじゃない」
「おこがましいと思われるかもしれないけど……。戦争がまだ終わらなくて、大変な思いをされている両陛下のお力になりたい。直接でなくても、関われる位置でお力になれたらいいなって思ってる。それに、私の夢は、いつか王女様がこの国にお戻りになられたら、王女様のお世話をさせて頂きたいんだ」
王族のお抱え召使になると言うのは、余程の事がなければ認められることがない。それでもその夢を諦めきれずに、努めて明るくそう言うと、友人は呆れたように軽く肩を竦めるも、小さく微笑んだ。
「そっか。その夢、叶うと良いね」
「うん。ありがとう」
すぐ近くで励まし、応援してくれたその友人はその後、時折仕掛けられる奇襲攻撃に逃げ遅れて無残にも亡くなってしまった。
こういう事も起こり得るからと、両親は今すぐに仕事をやめて戻ってくるよう、何度も催促の連絡を寄越してきたが、応援してくれた友人の為にも、私は夢をかなえなくてはならない。その思いで頑としてそれを断り続けた。
やがて更に年月が過ぎ、私はとうとうその瞬間を手に入れる事になる。
王女様が発見され、国に帰還される旨を知ったのはあれからしばらく経ってからだった。
「王女様と年齢の近く、勤勉で真面目なドリーに、王女様の専属召使を任せる事になった」
その話を聞いた時、私の気持ちは舞い上がる。
王女様と年齢の近いと言う理由で選ばれたのには、不安を抱えて戻られるであろう王女様の良き話し相手になるのではないか、と言う事だった。
年が近ければ王女様も話しやすいだろうと。
「はい! 喜んでお仕えさせて頂きます!」
夢にまで見たこの瞬間を私は心から喜び、そして今は亡き友人に感謝する。
了
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