第23話 気付いた感情
数え切れないほど大勢の人々から祝いの言葉が降り注ぐ。その度にリリアナはただニコニコと微笑んでいるばかりだった。
背筋を正したまま長時間、こうして微笑んだまま座っているのもなかなか厳しい。
もう微笑んでいる笑顔が仮面のようにさえ思えてしまって、すぐにでも捨ててしまいたいような衝動に駆られてしまう。
「ポルカ王妃様。ご息女がお戻りになられた事、心からお喜び申し上げます。これでこの国も安泰でございますね」
「えぇ。ありがとうございます」
隣をチラリと盗み見れば、ポルカは慣れた様子で平然と受け答えをして自然な笑みを浮かべている。
あんな優雅に余裕のある人間に果たして自分はなれるのかどうか、怪しいものだ。
ポルカに挨拶を終えた人々は、皆必ず自分の前に立ち止まり当然のことながら一言二言声をかけていく。
「リリアナ王女様。お会いできて光栄でございます」
「……っ」
うっかり返事を返したくなるも、リリアナはぐっと口を閉ざしてにこやかに会釈をすると、満足そうに立ち去っていく者達がほとんどだった。
それにしても、一体この挨拶はどれだけの時間かかると言うのだろうか。
挨拶を終えた人々は各々用意された食事に手を付け、談笑している。
朝早くから準備に追われて、軽食しか食べられていないリリアナは正直、お腹が空いてきていた。
(早く終わらないかな……。もしかして全員終わらないと食べられないとか? それともパーティが終わるまでとか?)
緊張に張り付いてばかりいた気持ちにも、何度も繰り返される挨拶の内に余裕が生まれて来ていた。
すると、リリアナの前に挨拶最後の二人の男性が立ち止まり会釈をしてくる。
「お初にお目にかかります、リリアナ王女様。この度はご無事のご帰還、大変喜ばしく思います」
「……」
「私は西大陸より参りましたアシュベルト王国が執事、ランバートと申します。そしてこちらがアシュベルト王国の第一王子であるロゼス様であらせられます」
ランバートに促されて、ロゼス王子はにこやかに笑みを浮かべながらその場に片膝を着いて頭を下げた。
「お初にお目にかかります。リリアナ王女。このように美しい王女を見た事がありません。どうか、私の事を覚えて置いて下さい」
オーバーなほどのその物言いに、リリアナはカーッと顔が赤らんだ。
褒められるような物は何一つ持ち合わせていないし、そんな褒め方はされた事がないためにむず痒い。
リリアナはそれでも笑顔を忘れずに小さく会釈をすると、ロゼス王子は嬉しそうに目を細める。
「あなたにお会いできて本当に光栄です。また、近いうちにお会いしましょう」
ロゼス王子はペコリと頭を下げ、ランバート共にリリアナの前から立ち去っていった。
あの褒め言葉は何なんだろう。何か意味深に言葉を残していったロゼスの事が妙に引っかかって仕方がない。
「ふふふ……。もうロゼス王子に見初められたのね」
「へ?」
隣に座っていたポルカが、そっと身を寄せてそう言葉を呟くと、リリアナは目を瞬いた。
見初められた……。
その意味が分かると、落ち着き始めた熱がこみ上げてまたしてもカーッと顔が赤らんでくる。
「み、み、みそ、見初められたって……!」
クスクスといたずらっ子のように笑うポルカを前に、リリアナは真っ赤になったまま口をパクパクさせていた。
立ち上がることもできず上手く喋れないまま固まっていると、大臣がすっと助け舟を出してくる。
「では、これで王妃様と王女様はご立席され、退場されます。皆様、この後はごゆるりとお過ごし下さい」
それを合図に、隣に再びペブリムが立った。
始めにポルカが席を離れて退場し、続けてリリアナがペブリムの補助を受けながら手を取り立ち上がると、来た時と同じように腕に手を絡ませる。
「とてもご立派でした」
そう言って微笑むペブリムをリリアナは見上げ、恥ずかしそうに僅かに視線を下げた。
「あ、ありがとうございます……」
再び階段を登りながら、リリアナは背中に視線を感じ肩越しにチラリと後ろを窺ってみると、こちらを見ていたロゼス王子とバッチリ視線が合ってしまう。
ロゼス王子はにこやかに微笑みながら手を振ってくるが、その瞬間リリアナは思わず前を向いてしまった。
「どうされましたか?」
「い、いえ、べ、別に……」
ペブリムに訊ねられて咄嗟にそう答えるが、心臓はバクバクと早鐘を打っている。そして、この時この事はペブリムには知られたくないと瞬間的に思ってしまった。
なぜ、ペブリムに知られたくないのか……。
自分でもふと疑問に思い、もう一度チラリと隣を歩くペブリムを見上げた。
整った横顔。精悍な顔立ちは、本当にレルムと良く似ている。仕事や王家に対してとても従順で何でもこなせる、まさに優秀と言う文字が良く似合う二人。
そんな彼女達が、自分に対して他の国の王子が好意を持ったと知ったとしても、別段何とも思わないに違いない。むしろ、おめでたい事だと喜ぶだろう。
そう考えると胸がズキリと痛んだ。
「……?」
リリアナは無意識に胸元に手を当て、首を傾げた。
大広間から戻ってくると、ほっと息を吐くのと同時にペブリムの腕が解かれて離れていく。
「王女。私はこれで失礼致します。あとはお部屋でゆっくりとお休み下さい」
「あ……」
ペブリムは微笑んで一礼した後、踵を返した。それが妙に名残惜しくなり、思わず声が漏れるとペブリムは不思議そうにこちらを振り返ってきた。
「はい?」
「あ……えと、ご、ごめんなさい、なんでもないです」
「いいえ」
ペブリムがクスリと笑いこちらに背を向けて歩き出した。
遠退いていく背中を見送りながら、先ほど痛んだ胸元を押さえてリリアナは考える。
なぜ、胸が痛むのだろう……?
そう思った瞬間、ふと勘付いた。
他の誰かが自分に対して好意を抱いた事。それを知られたくないと言う事は、もう出てくる答えは一つしかない。
「好き……なんだ……」
ポツリと呟いて、リリアナは一人カーッと顔を赤らめた。
レルムの事は問答無用で異性として好き。ペブリムは、とても頼りがいのあるお姉さんのようで好き。
そう自覚すると、胸の奥がムズムズとしてこそばゆくなり、同時にとても恥ずかしくなった。
「……っ」
仲間として好きだったことは幾らでもある。だが、特定の人物に特定の感情を持って好きだと思ったことはこれまでなかった。だからロゼスが自分に好意を抱いた事を知られるのが嫌だと感じたのだ。
それを自覚すると言いようのない恥ずかしさがこみ上げてきて仕方がない。
一人で赤くなりそわそわとしていると、ふと視界の先で一人の兵士がペブリムのもとに駆け寄ってくる姿が見えた。兵士は緊張感のある強張った表情で何事かペブリムに報告すると、彼女もまたそれまでとは違った険しい表情を浮かべ、兵士と共に足早に立ち去っていく。
不思議に思い彼女達を視線で見送っていると、ドリーが駆け足で近づいてきた。
「お疲れ様でしたわ。リリアナ様」
「あ、うん。ねぇ、ペブリムさんが兵士と一緒に走っていったけど、何かあったの?」
不思議に思い訊ねてみると、ドリーもまた緊張感のある表情でこちらを見つめてきた。
「とりあえず、一度部屋にお戻り下さい。お召し替えをしながらお話致しますわ」
「……?」
リリアナはわけも分からず、ドリーと共に一度部屋へと戻っていった。
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