第22話 お披露目パーティ

「ごめん、無理。これもう絶対無理なやつだわ」

 お披露目パーティ当日。

 たっぷりとしたドレープカーテンの隙間からこっそり大広間を見下ろすと、リリアナの帰還祝いに駆けつけた大勢の人間達が談笑している姿が見える。そんな姿を見ているだけで、例えようのない緊張感と吐き気を覚える。

 想像を超える沢山の人間達の波を見ていると目が回りそうで、蒼ざめた真顔でしきりに首を横に振った。

「もうここまで来てしまった以上、覚悟を決めるしかありませんわ」

 すぐ後ろで励ますようにドリーが言うと、リリアナは今にも泣き出しそうな顔で彼女を振り返った。

「だって、こんなに沢山人が来るだなんて聞いてない」

「ですがリリアナ様。もう準備は万端ですわ」

 困ったように頬に手を当てるドリー目は、じっとリリアナを見つめている。

 今朝早くセバスチャンに起こされ、まだ完全に目覚めてもいない内から始まった準備。うつらうつらとしている間に、ドリーを筆頭に数人の召使達によって夜着を脱がされ、ペチコートやコルセットをこれでもかと言わんばかりにギュウギュウ締められ、これまでとは格段に違うゴージャスなドレスを着させられていたのだ。

 息苦しさは、コルセットのせいだけじゃない。これから始まろうとしているパーティと見た事もない人口密度のせいだ。

「いや、やっぱり無理だよ。無理無理。そもそもあたし、王女様って器じゃないし」

 蒼ざめたままの顔をひたすらに振り、ついでに手も横に振る。

「そうは仰られても、もう後には引けないところまで来ていますわ」

「だけど……」

 往生際が悪い。それは十分に分かっているつもりだった。

 一度は覚悟を決めてここへ来た以上、ここに乗っ取ったやり方でやると決めた。それでも、大広間に集まった人々の声の多さを聞くとやっぱりどうしても尻込みしてしまう。

「ダメダメ、無理だってば。だってもう、習った事全然思い出せないし頭真っ白だし……」

 両手を固く組んでぎゅっと目を閉じ、半べそ状態になる。

「体調不良とでも言って、出ないって事に出来ないかな」

「あらまぁ……。具合が悪いの?」

 ふいに後ろから声がかかり、リリアナは飛び上がった。

 咄嗟に背後を振り返ると、そこにはやはり綺麗なドレスをきちんと着こなして威厳を感じさせるポルカが立っている。

「お、王妃、様……」

 緊張と不安のあまり口走ったドタキャン宣言に、リリアナの顔が思わず引きつってしまった。

 ポルカはそんなリリアナを責める訳でもなくにこやかに微笑みながら、そっと頭を撫でて来る。

「何も心配はいりませんよ。あなたはニコニコと微笑んで座っているだけでいいのです」

 そう言いながら頭を撫でられる感触に、リリアナは胸の奥がじんわりと暖かく感じられた。

 こうして触れられるのは、とても懐かしい。

 そのおかげで少しだけ緊張感が緩んだ。だが不安は拭いきれず、ポルカを見上げた。

「で、でも……」

「大丈夫。全部私に任せて。何かあっても、私やドリーたちもうまく立ち回ってくれますから」

 ポルカはにこやかにそう言うと、ポンポンと肩を叩いた。

 もうこれ以上何も言えず、腹を括るしかない。リリアナはもう一度チラリと大広間を見下ろした。

 これだけ沢山の人が、自分の為に集まって来てくれた。ただのしがない村医者の娘だったはずなのに、そんな小娘一人を見る為に集まってくれたのだと思えば、何となく頑張れるような気になる。

 ここで下手を打てば自分はもちろん、ポルカや他の人にも迷惑になるだろう。それに、付きっ切りで教えてくれたモーデルにも恥をかかせる事になってしまう。

「……っ」

「リリアナ様。深呼吸、深呼吸ですわ」

「う、うん」

 ドリーが緊張を落ち着かせるように促し、リリアナは言われるままに深呼吸をした。

 締め付けられている苦しさはあるが、何度か深呼吸を繰り返すうちに少しだけ落ち着いてきた。

「……よし、頑張る」

 ぐっと拳を握り締めて覚悟を決めたリリアナの姿を見たポルカは、ニッコリと笑みを浮かべて見守っている。

 その時、大広間からファンファーレが鳴り響く。その音に、それまで談笑していた全員が口を閉ざし静けさを取り戻す。

「お集まり頂きました紳士淑女の皆様。お待たせいたしました。ポルカ王妃と、この度無事にご帰還を果たされましたリリアナ王女の登場です」

 大臣の声が大広間全体に響き渡る。

 ポルカはもう一度リリアナを振り返ると、いたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「私から行きますよ。あなたはペブリムに付き添って貰って来て下さい」

「はい! ……は、え?」

 元気よく返事を返してから、間の抜けた声を上げて聞き返すもポルカは先に歩いて行ってしまった。

 大きな歓声があがる中、目を瞬いているリリアナの横にそっとペブリムがつく。

「では、参りましょう」

「え? ちょ……っ、ええええ?!」

「手をこちらに……」

 差し出された腕に戸惑っていると、ペブリム自らがリリアナの腕を取りそこに絡ませてくる。

 途端に顔が真っ赤になってしまう自分が、もう訳がわからない。

「ご、ごめんなさい。こう言うの慣れてなくて、凄い、恥ずかしい……です」

「時期に慣れますよ。さぁ、参りましょう」

 ペブリムに誘われ、リリアナはぎくしゃくしながら歩き出した。

 赤紫色のドレープカーテンをくぐると、すぐに眩しい光が目の前に飛び込んでくる。

 ペブリムにエスコートされて階段の上からリリアナが姿を見せると、ポルカの時以上に大きな歓声と拍手が沸きあがった。

「お席までご案内します」

 そっと囁かれ、ペブリムと共に階段を降り始める。足を踏み外さないよう細心の注意を払いながら、一歩ずつ階段を下りていくとロープに囲まれた玉座まで連れてこられた。

 二つ並んだ玉座の一つにはすでにポルカが腰を下ろしている。

 リリアナはペブリムに手を取られたまま、そっと指定されていたもう一つの玉座に腰を下ろした。

「……笑顔を忘れないで下さい」

 完全に腰を落ち着かせるのを待っていたペブリムは、傍を離れる間際にリリアナにそう耳打ちをする。

 ぞくっとするような感覚を感じながらも、リリアナは緊張感のある引きつり気味の笑みを何とか浮かべた。

 目の前にいる大勢の人、人、人……。上から見るよりも遥かに多い。王族の方々はもちろんのこと、公爵や伯爵と呼ばれる位の高い貴族達の姿も大勢見られた。

 このパーティが終わるまで、何事も無くずっと笑顔を浮かべているだけで本当に終われるのだろうか。

 言いようのない不安感がリリアナを包み、無事に終わる事だけを必死に願わずにはいられなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る