Long Day Long Night 35
「てっ……てめえ、よくもオイラの兄弟を!」
耳慣れない声が聞こえ、アルカードが左手で保持した
「へー、
「おばはん……?」 びきっと青筋を立てて、女がそんなつぶやきを漏らす。そんな女の様子を尻目に、アルカードの捕まえた
「ざけんな! 誰がテメーなんかのために! 放せ、この馬鹿ヤロー!」 翼をバタバタさせて暴れる
剣の柄でもある首をダイヤモンドも握り潰せるほどの握力で握りしめられて、
「折るぞ」
「はーい、ボクはただの剣で――っす」
「結構、女も下級悪魔も、やっぱり素直でないとな」 保身に走った
それはともかく、周囲を旋回する
うなりをあげて飛来した
アルカードが足元に叩き落とした
二枚の翼のうち一枚は回転しながら飛んできた
それまでずっと
それでも今この空洞の内部で飛翔する
もしあれが一度に襲ってきたら――
フィオレンティーナの懸念を裏づける様に、数十体の
しっ――歯の間から息を吐き出しながら、アルカードが一歩前に出る。踏み込みながら、右肩に担いでいた
続いてアルカードはその場で転身して左手で保持した
「
「ぐぇぇぇぇぇぇ……」
アルカードの手にした
「うーん、昔マンドラゴラ集めのときにも使ったことがあるけど、やっぱり脆いな」 ぼろぼろに刃毀れした
「しかしまああれだ、
「馬鹿ね――のんびりしゃべってる場合!?」
女が嘲弄の声をあげると同時に、攻撃態勢に入った
「あいにくと――」
「それほど忙しい状況じゃないもんでな」 そう続けて、金髪の吸血鬼が前に出る。
しっ――歯の間から息を吐き出しながら、左手の
続いて繰り出した
一撃繰り出すごとに数体の
「だから馬鹿だというのよ、愚かな吸血鬼!」
知覚したのは、次の瞬間だった――振り返りざまに、手にした撃剣聖典で背後を薙ぎ払う。背後から肉薄しつつあった
今のは――
今のは明らかに、フィオレンティーナの知覚ではなかった――攻撃形態をとって背後から飛来する二体の
今一瞬ではあったが、間違い無くフィオレンティーナは自分たち三人、それに背後から肉薄する
その異常事態について考えをめぐらせているいとまは無い――再び頭上から見下ろしている光景が脳裏に閃き、今度は左右から一体ずつ、
右の
否――それは駄目だ。
一体目には対処出来るだろう。だが二体目の狙いはフィオレンティーナではなく、足元のリディアだ。
位置関係が悪い――フィオレンティーナは座り込んだパオラとリディアの間にいる。一体目は軌道が高い――パオラの頭越しに斬り払えるだろう。だが二体目は座り込んだリディアを狙っているために軌道が低い。リディアの体が邪魔になって、この場所から対処することは出来ない――二体目に対処するためには位置を変えなければならないが、それをしていたら一体目には対処出来ない。
一体目に対処すればリディアがやられ――二体目を先に対処すればフィオレンティーナかパオラがやられる。
焦燥が意識を焼く、が――
右手から来る
ごく自然にそう判断して、フィオレンティーナは地面に座り込んだままのパオラの頭越しに長剣を振るった。飛来してきた
だが、その旋回は長くは続かなかった――回転しながらうなりをあげて飛来した
「――はい、ご苦労さん」
「しどい……」 とぼやきながら、兄弟ともども血の湖に沈んでいった。
「さて、と――」
そのときにはもう、女が呼び出した
「人を捕まえて馬鹿呼ばわりしてくれたが――こんなもんけしかけた程度で時間稼ぎが出来ると思える様なめでたい頭で、よくもまあ偉そうに言えるもんだな」
あからさまな侮蔑と嘲弄を隠そうともせずに口にしたアルカードの言葉に、女が憎々しげに顔をゆがめる――アルカードは左手をポケットに突っ込んで皮肉げな気配を纏わりつかせながら、
「
その言葉に、女が顔を顰めて小さなうめき声を漏らす――どうやら
それがアルカードに対する攻撃なのか、追加の
「まさか、さっきから魔術式が片端から掻き消されてたのは――」
うめく様な口調で口にした女の言葉に、アルカードが肩をすくめる。
「その前にやってたんだから、同じことを出来ないと考える理由も無いだろうが――この程度の数は、まったく問題にならんのだからな」 そう続けて、アルカードは手にした
「ヌルいんだよ、雑魚が――あの程度の数、足止めにもならんわ」
その言葉に、女が唇をゆがめて笑う。
「一応聞いておこうかしら――わたしと手を組む気は無い? もちろん、わたしが主人」
「あの育ち過ぎの烏賊に尻に敷かれてる様な雑魚を相手に、か? 俺がせっせと尻拭いするだけの結果に終わるのが目に見えてるから、遠慮しとくぜ」
鼻で笑って、アルカードは
「こっちがご主人様でも、お断りだ――小間使いにもならねえよ」
「あら、残念ね――奴隷として誠心誠意尽くしてくれれば、たまには褒美を与えてあげてもいいのに」
「どんなご褒美だか知らねえが、ろくなもんがもらえないことだけは容易に想像がつくな」
「そうかしら? 貴方の容姿は、わたしは嫌いじゃないんだけれど」 そんな言葉を口にしながら、攻撃の準備を整えているのか女の魔力が膨れ上がっていく。
「俺は顔色が悪いのは趣味じゃないね――眉毛が無いのと、瞳が無いのもな」 アルカードは女の言葉を鼻先で笑い飛ばし、
「だいたいおまえのご褒美なんぞ要らねえよ、悪趣味な――この案件が片づいたら、もっといいものをもらえる予定なんでな、ご免こうむる」 そう言って、アルカードは地面を蹴った。
「それは残念――!」 なにを企んでいるのかはわからない、が――自分の作戦の成功を確信した笑みの含まれた声をあげて、女が両手をアルカードに向けて突き出す。それがどんな行動なのかはわからない――わからない。
なにも起こらなかったからだ。あの挙動からすると、おそらく攻撃――それもおそらくは会話で時間を稼ぎ、十分に魔力を練り上げ増幅して解き放った全力攻撃だったのだろうが、なにも起こらない。
「な――」 女の重ねた左右の掌をまとめて握る様にして、アルカードが女の両手を掴んでいる――それだけで女の攻撃は、発動を完全に抑え込まれていた。
「どうした?」 アルカードが嘲弄の混じった声をかけ――同時に
「攻撃を仕掛けて、着弾を煙幕代わりにほかの『層』に逃れるつもりだった様だがな――」 手にした魔具の柄を軽く捩りながら、アルカードがそんな言葉を口にする。アルカードは手元まで突き込んだ
「――そんな子供騙しが、通用するとでも思ったのか?」
「――っギャァアァアアァァアァァア!」 その場に膝を折って聞くに堪えない凄絶な絶叫をあげる女の体を肩を押す様にして軽く突き飛ばし、さらに胸元に足をかけて蹴り剥がして、アルカードはその動きで女の胴体に手元まで突き刺さっていた
「あいにくだがな――俺は年下が好みなんだ」
足元で細かな痙攣を繰り返している女にそう告げてから、アルカードは踵を返した。
「残念――カップル不成立だな」
彼はそのままフィオレンティーナたちのそばまで歩いてくると、間断無く降り注いでくる血で汚れたパオラとリディア、フィオレンティーナを見比べて顔を顰めた――無論、アルカードも似た様な有様ではあるのだが。彼は自分のレザージャケットを見下ろしてからパオラとリディアのそばにかがみこみ、
「怪我は?」
「大丈夫です、怪我はありません」 外傷は無いもののよほど消耗しているらしく、精彩を欠いた表情でパオラがそう返事をする。
「ありがとうございました」
「なに、気にするな。無事でよかった」 そう言って、アルカードは巨樹の幹に貼りついた無数の瘤のほうに視線を向けた。そのうちみっつだけ、生きた人間の顔がへばりついている。
「あれがいなくなった三人かな」
「みたいなことを、言ってましたけど」 アルカードの口にした疑問に、リディアがそう返事をする。
「ふん――取り込んだ人間の体から、徐々に魔力を吸い上げてるのか。で、空になると瘤みたいになって、肉体そのものは不要になるから排出するのかな? この地面の骨片は、吐き出された死体の痕跡か」 そんなことを独り語ちながら、アルカードは巨樹に向かって歩き出した――彼は手にした
「とりあえず伐採してみるか?」
「それは困る、わね」 横手から声がして、アルカードがそちらに視線を向ける。その視線の先で、地面に倒れ伏して痙攣を繰り返していた女がゆらりと立ち上がった。
「その木はわたしの力の源だもの」
「困るのは勝手だが、じゃあどうするんだ?」
挑発する様な口調で返したアルカードの返答に、
「こうするの、よ――」 そう返事をすると同時に、女の体がどろりと崩れ溶け落ちた。
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