In the Distant Past 21

 

   *

 

 ぎしゃああああああ、という耳障りな叫び声をあげて、03と通し番号を振られたキメラが飛びかかってくる――鋭利な爪で引っ掻く様な攻撃を躱し、アルカードは飛び込んできたアサルトの腕の外側に出た。そのまま肩のあたりを突き飛ばし、その反動で間合いを離す。

 突き飛ばされたアサルトが、そちらから突っ込んできていた別の個体に激突する――最初に胴を薙いでやった個体、02の通し番号でマークされたアサルトが振るった鈎爪を左手で押しのける様にして躱し、同時にSIGザウァーX-FIVE自動拳銃を引き抜いて、クチクラの外殻で鎧われていない箇所を狙って数発発砲。

 数発撃ち込めば馬でも斃せる銃弾にもかかわらず、銃弾を撃ち込まれたアサルトは激痛に苦鳴をあげながらもこちらの体を振り払う様にして腕を振り回した。

 その攻撃から逃れ、そのまま被弾箇所に爪先を捩じ込む様にして胴体に蹴りを叩き込む――アルカードは身をよじらせて後ずさった02に追撃をかけようと足を踏み出しかけ、03とナンバリングされたキメラの操り出してきた攻撃を躱して跳躍した。

 躱したが、跳躍したのは失敗だった――跳躍自体は足元に研究員が転がっていたために徒歩で後退出来なかったからだが、体が空中にある間は体勢を変えられない。

 初撃を躱された03が、こちらに向き直ること無く追撃を仕掛けてくる――視界の端をかすめる様にして肉薄してきた03の棘のある尻尾を身をよじって躱すも、躱しきれずに頬をかすめた逆棘によって皮膚が裂け、ひりつく様な痛みが神経を焼いた。

 ――ッこの!

 そのまま着地して手にした塵灰滅の剣Asher Dustを振るい、クチクラの外殻で蛇腹状に覆われた力強い尾を切断する――鏡の様に滑らかな切断面から一瞬遅れて血が噴き出し、尻尾を切断された03が激痛に悲鳴をあげながら身をよじってこちらに向き直った。

 手傷を負わされたことに苛立っているのか、03がぐるぐると低いうなり声をあげる。それはさして気に留めず、アルカードは頬の焼けつく様な痛みに顔を顰めた。

 傷そのものは、さほど問題になる様な損傷ではない――キメラの攻撃は魔力が通っていないので、放っておいてもものの数秒で完治する様なダメージでしかない。そのものの数秒で完治する様なかすり傷が数十秒たった今でも痛み続けていること、それが問題だった。

 傷が治らない……?

 そう、傷が治らない――なにをされたのかはわからないが、原因があるとしたら先ほどの受傷以外に考えられない。

 霊体にダメージは受けていない――それは疑い無い。霊体が肉体よりも上位にある高位吸血鬼の場合、霊的なダメージを伴わない外的損傷や毒薬劇物の影響は霊体に肉体が順応してすぐに治ってしまう。なのに今はそうならない。

 ――生物の代謝機能を一時的に狂わせる、毒の様なものだろうか。霊体のダメージを伴わない肉体のみの外傷は霊体に順応して高速で治癒するが、治癒自体はあくまで肉体の反応だ。を阻害する働きのある毒を体内に流し込まれたのだとしたら――

 長時間は無理でも、一時的になら治癒を阻害出来る、か……?

 こいつらの実験体番号――型式記号がPVとなってたな。

 吸血鬼の天敵プレデター・オブ・ヴァンパイアの略称か――明らかに代謝機能が人間よりもはるかに優れた生物、吸血鬼を対象にした毒を持つキメラだ。

 アルカードは顔を顰めて、頬を伝う血の感触に舌打ちを漏らした。

 ぐるぐるとうなり声をあげながら、アサルトたちがアルカードを包囲し始める。

「まいったな、出来れば生け捕りにしたいんだがな――ま、無理だけど」 その毒だけはどんなものか、一応調べておきたいんだよなぁ――胸中でだけそんなことを付け足して、アルカードは塵灰滅の剣Asher Dustを握り直した。もしその毒の効果が一時的なものじゃなかったら、解毒の方法を考えないといけないし。

 手にした曲刀がぎゃああ、ヒィィィ、と悲鳴をあげ、脳裏に直接響く絶叫に意識を保っている研究者たちがいぶかしげに周囲を見回す。

「ま、いいか――適当に磔にすれば、代謝機能のおかげでちょっとくらい切り刻んでも死にやしないだろ」 そんな言葉を漏らして、アルカードはすっと目を細めた。

 通常のカスタム・メイドのキメラと比較しても数十倍もの代謝速度による異様な生命力を誇るアサルトではあるが、高度視覚で透視してみた限り内臓は普通に存在している。心臓は人間と違って右胸、それも鳩尾に近い位置にあり、まるで馬かなにかの様に巨大だ。肺も大きく、心臓が下にずれたぶんの空きスペースが出来た胸郭内部のほとんどを肺が占めている。対して消化器官は痕跡程度しか存在していない。おそらくエネルギーと栄養の補給を食糧によって行うことを、最初から想定していないのだ。

「警報装置も監視装置も殺してあるから、多少の騒ぎで露顕する可能性は低いしな――そういうわけで、そろそろ始めるか?」 聞く相手もいない言葉を口にして、手にした塵灰滅の剣Asher Dustを軽く旋廻させる。

 次の瞬間、アルカードはグレーチングの床を蹴った。

 ひぅ、という軽い風斬り音とともに、アルカードは正面にいた03に殺到した。別にことさらに03を選んだ理由は無い――、それだけのことだ。

 迎撃のつもりか振り回した右腕の鈎爪を躱して踏み込み、低い軌道の斬撃でアサルトの膝を刈る――距離を取り直そうと後傾しかけていたアサルトが仰向けに転倒したところで、アルカードはそのまま塵灰滅の剣Asher Dustを頭上で旋廻させ、真直の一撃でアサルトの右肩を叩き割った。その一撃で心臓を破壊され、肺を切断されて、アサルトが蟻のそれを思わせる口から動脈血と静脈血が混じってまだら色になった血を吐き散らかしながらグレーチングの上でのたうちまわる。

 ――? 

 ――

 胸中でつぶやいて、アルカードは殺到してきた01の攻撃を躱した。続いて繰り出されてきた力強い尾の一撃を塵灰滅の剣Asher Dustで叩き落とし、先端の逆棘をブーツの踵で踏み砕く。そのまま踏み込んで、首を刈る軌道の一撃――邪魔が入らなければ、その一撃で頭蓋の上半分を削り取っていただろう。

 だが04とマークされたアサルトが横合いから攻撃を仕掛けてきたので、その一撃で仕留めるのは断念して後退する――下がりきる前に顔をかすめた一撃で両目を引き裂かれ、04が耳障りな絶叫をあげながらぞっとするほど人間じみた仕草でその場で膝を突いた。

 同時に左手で抜き放った儀式用短剣セレモニアルダガーの二又の鋒を、04の脇腹に突き立てる。アルカードはそのまま短剣の柄から手を離し、04の体を手加減無しで突き飛ばした。吹き飛ばされたキメラの体が手近にあった調製槽に激突し、硝子製のシールドが砕け散って中から培養液と一緒に調製に失敗した肉の塊が転がり出てくる。

 ぎしゃあああああッ! 錆びた金属のこすれ合う様な耳障りな叫び声をあげながら、05のナンバーがつけられた個体が飛びかかってきた。

 右腕で繰り出してきた鈎爪を顔に突き立てる様な一撃を、左手で掴み止める――オルガノンに比べるとかなり俊敏で筋力増幅度も高いものの、それでも基底状態での筋力が生身のときの百倍に達するアルカードと拮抗出来るほどではない。右手を握り潰されそうになっているのを理解したのだろう、アサルトは焦燥の叫び声をあげながら今度は左手で一撃を繰り出し――アルカードが掴み止めた右手を右側に押しのけたために強引に上体を捩り込まれ、左肩が下がって攻撃はこちらに届かない。

 その攻撃動作中にコートの下から抜き放った三爪刀トライエッジの鋒が、05の鳩尾にある巨大な心臓を貫いた。

 手放した塵灰滅の剣Asher Dustが、床の上でからんと音を立てる――アルカードはそのまま05の体を掴んで引き廻し、押し出す様にして楯にした。

 飛びかかってきていた02が突き込んできた鈎爪の刺突が05の背中を鎧うクチクラの装甲外殻を難無く貫き、05が断末魔の絶叫をあげる。

 仲間を斃されたこと、それにとどめの一撃が仲間の手による同士討ちブルー・オン・ブルーであったことで、アサルトたちの動揺の気配が伝わってきた――それにはかまわず先ほど投げ棄てた塵灰滅の剣Asher Dustを再構築、口蓋から赤い血を吐き散らして断末魔の痙攣を繰り返している05の体に鋒を当てがって、重層視覚と高度視覚を頼りに狙いを定めてそのまま一気に刃をぶち込む。

 ギャァァァァァ――!

 05の体を貫いて飛び出し塵灰滅の剣Asher Dustの鋒が向こう側にいた02の鳩尾を貫き、心臓を貫かれた02が電撃に撃たれた様に体を仰け反らせながら絶叫をあげる。

 二体のアサルトを田楽刺しにしたままいったん魔力供給を打ち切って塵灰滅の剣Asher Dustを消すと、それまで体を縫い止めていた刃が無くなって二体のキメラが床の上に崩れ落ちた。

 先ほど両目を引き裂いてやったアサルトの一体――01は、さすがにこの短時間では治癒しないのかまだ動きを見せていない。アルカードは再構築した塵灰滅の剣Asher Dustを手に01に歩み寄ると、そのまま背中から剣の鋒を突き込んでキメラの体を床に縫い止めた。

 グレーチングの下の鉄骨に縫い止められ、肺を貫かれたアサルトがまだら色の血を吐き散らしながら絶叫をあげる――アルカードはそれを無視して、周りを見回した。

 最初に斬り斃した03は、心臓を破壊することで斃せるか否かを確認するつもりだったのだが――まあ、そのまま残りの個体も流れで仕留めてしまったので、さほど意味は無かった。酸素供給のための血液循環が出来なくなったアサルトは自慢の代謝速度も発揮出来ずに、そのまま緩慢につつある。

 02――それに05は二体まとめて田楽刺しにしてやったのが致命傷になったのかすでに絶息しており、04は調製槽に叩きつけられたときに背骨が折れたらしく、折れた脊柱が背中の筋肉と皮膚を突き破って飛び出していた。分解酵素の働きかすでに体組織の崩壊が始まっており、獣毛が密生した皮膚がべろりと剥がれて肉が剥き出しになっている。放っておいても問題は無いだろう。

 アルカードは01を見下ろしてわずかに目を細め、コートのポケットの内側から小さな箱を取り出した。内部にはプラスティック製の注射器といくつかのバイアルが納められ、バイアルには『自白剤』とシールが貼られている。

 アルカードは注射器だけを手に取ると、01に視線を落とし――おもむろに01の左腕を片手で掴んで固定し、肘に注射器の針を突き刺した。

 高度視覚で透視した限り、アサルトの肘の関節の外側に小さな嚢状の器官がある。アルカードが注射針を突き刺したのは、そこだった――おそらく嚢は爪の分泌腺にくだんの毒を送り出すための一時的な貯蔵器官で、体内の毒の生成器官から直接分泌腺に毒を送る時間差を解消するためのものだ。

 嚢に針が刺さったところで注射器のピストンを引くと、注射器の中に紫がかった液体が吸い出されてきた。透明度の低い紫色の液体を矯めつ眇めつして、注射器ごとケースの中に戻す。

 ケースごとコートの内ポケットに戻して、アルカードはその場で立ち上がり、頭上に右手を翳して――次の瞬間、アサルトを床下の鉄骨に縫い止めていた塵灰滅の剣Asher Dustが消滅し、ついで翳したアルカードの手の中で再度実体化する。自由になったアサルトが再び行動を起こすよりも早く、アルカードは手にした塵灰滅の剣Asher Dustを振り下ろしてアサルトの頭蓋を半分削り取った。

 ドチャリという厭な音とともにキメラの頭蓋がグレーチングの上に落下し、あふれ出した脳髄液と脳がグレーチングの上で潰れ、床下へとしたたり落ちてゆく。力無く崩れ落ちたキメラの体も分解酵素の働きによって溶け崩れ、そのまま床下に這わされた配管や配線の上にしたたり落ちていった。

「さてと――」 つぶやきを漏らして、アルカードは送信ボタンのホールドを解除した。あらためてボタンを押し込み、

「ドラゴンよりデン――接敵コンタクトがあった。キメラ五匹と遭遇戦。妙な毒を仕込まれてる個体だったから、仕留める前に毒だけ採取した。分析用に持って帰るよ」

「承知しました、師よ――調製実験のデータの奪取は可能でしょうか?」 神田がそんな質問を口にする。

「ちょっと待ってくれ。なにしろスパコン十台ぶんだからな」 アルカードはそんな返事をしながら、スーパーコンピュータのほうに向き直った。

 コンピュータを囲むフェンスを片手で引きちぎり、筺体を調べにかかる――ハードディスクはすぐに見つかった。

 どうやらコンピュータ自体はデータサーバーとしての機能は持っていないらしく、データの読み書きは別に用意されたサーバーで行っているらしい。

 おそらく内部の記録媒体の空き容量を可能な限り増やすことで、処理の高速化を図っているのだろう――それに、ノード間でのデータの共有を簡易にする意味もある。

 スーパーコンピュータ自体がノードと呼ばれるコンピュータを複数組み合わせて並列処理するものだが、それがさらに十台となると――

 一回サーバーだけ持ち出したほうがいいかもしれないな。胸中でつぶやいて、アルカードはデータサーバーを調べにかかった。

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