Ogre Battle 37

「お祖父さんは、どちらに?」 興味本位で尋ねてみるとアルカードは肩をすくめ、

「静岡だ。イノブタの繁殖から飼育まで手掛ける農場と、あと猪や鹿をターゲットにした狩猟もやる。恭介君は仕事で名古屋のほうに行ってたから、途中で拾って帰ってきたんだろう」 ということは、まだ仕事は終わってないんだな――アルカードがそんな言葉を口にする。

 どういう意味なのかと尋ねるより早くあらためて玄関のチャイムが鳴らされ、アルカードは妙にそわそわした変な動きで彼らを出迎えに玄関に出ていった――ふたりの男たちが、犬の歓待を受けながらリビングに入ってくる。アルカードは忠信が肩からぶら下げていたクーラーボックスを肩にかけ、一番あとから入ってきた。彼はクーラーボックスをダイニングテーブルの上に置いてリディアを手で示し、

「さて、あらためて――ふたりのことはさっき簡単ながら説明したから、リディアには紹介はいらないな。恭輔君、忠信さんも。彼女はうちの店に最近入ったリディア・ベレッタです」

「はじめまして」

「よろしく」 ふたりがそんなことを言ってくる。はじめて見る客に三匹の仔犬たちが尻尾を振りながら足元に近づいていくと、恭輔はかがみこんで仔犬たちの頭を撫でてやりながらアルカードに視線を向け、

「なんだ、アルカードの部屋にいるからてっきり彼女かなにかだと思ったら、ただの店員の子か。だったらこの部屋に女の子がいても珍しくもないな。つまらない」 最後に不穏当な言葉をつぶやく恭輔に、アルカードは適当に肩をすくめ、

「別に君の娯楽のために生きてるわけじゃねえよ。ところで、デルチャは?」

「駐車場の前で降ろした。義父さんの家に直接行ったよ」 親父は自分の荷物があるから――恭輔がそう付け加えると、アルカードはそうかと返事をして小さくうなずいた。

 また知らない人名を口にする――まあ、話の流れから簡単に想像はついた。おそらくデルチャというのは蘭と凛の母親、アレクサンドルとイレアナの娘なのだろう。

 アルカードは聞かれる前に説明しようと思ったのかこちらを振り返り、

「デルチャはアレクサンドルのところの娘さんだ。で、そこの一言多い男の嫁さんでもある。つまり蘭ちゃんたちの母さんだな」 一言多いの部分に関しては、アルカードに言われるのはさぞかし心外だろう――と思ったが、リディアはなにも言わなかった。言ってしまったらリディアも一言多い人たちの仲間入りだ。

「デルチャは家の鍵持ってるのか? 持ってなかったら締め出されてるかも」

「持ってるはずだよ。どうして締め出されるんだ?」

「爺さんたち、今日家にいないんでな――人はいるが、鍵をかけてるかもしれん」

「どうして?」

 午前中に連絡したけど、なにも言ってなかったぜ――という恭輔の言葉に、アルカードは肩をすくめた。

「爺さんたちのほうから、電話が行ってないのか?」

「知らない――渋滞に巻き込まれて暇潰しに携帯電話でゲームやってたせいで、三人とも電話の電池切れた」

「ええい、これだから携帯中毒は。車載充電器くらい買えばいいじゃないか」 そりゃ電話しようとしても通じねえよ――腕組みしてそんなことを言ってから、アルカードは深々と嘆息した。

「老人会の日帰り旅行に行ったんだが――まあそれは知ってるだろうが、道路が地滑りで通れなくなって、かなり遠回りをしないといけなくなったらしくてな。今日帰ってくると日付が変わるから、今日は温泉宿に泊まって明日帰ることになった」

「じゃあ、今は蘭と凛がふたりだけで家にいるのか?」

「否、ふたりともここにいたよ」 アルカードはそこで言葉を切ってから、リディアを視線で示し、

「今彼女の姉さんと、別な女の子が向こうで風呂に入れてる――今日はこっちに泊める予定だったが、君らが帰ってきたんなら予定が変わるな」

 そう答えてから、アルカードはとりあえずクーラーボックスを開けた。

 これだけ遠慮無く扱っているということは、クーラーボックスの中身はアルカードあてのものなのだろう。リディアも横から覗き込んでみる――中に入っているのは解けかけた氷とドライアイスで冷却された、解体された肉の塊だった。燻製も混じっているらしく、スライス前のベーコンもあった。

「今回多いですね。いいんですか、こんなにたくさん?」

「おうよ」 忠信の返事に、アルカードがどことなくうれしそうに中身の半分くらいを自分の冷蔵庫に移し始めた――残りはチャウシェスク家に持っていくということなのだろう。

「これ、なんの肉なんですか?」 リディアが尋ねると、

「イノブタの肉」 クーラーボックスの蓋を閉めながらどことなく上機嫌そうに、アルカードが答えてくる。

「イノブタ?」 さっきも耳にした聞き慣れない単語にそう尋ね返すと、アルカードは肩をすくめて、

向こうローマには無いのかな? 猪と豚の交配種だ――まあ、野生の猪の八割以上が純粋種の猪じゃなく豚との雑種だって話も聞いたことがあるが」 まあイノシシを家畜化したのがブタだから、結局イノシシに近い生き物なんだろうけどな――アルカードはそんなことを続けてから、アルカードはコンロのほうに視線を向けた。

「どうしよう、恭輔君。なにか飲んでいく? それともすぐ家に戻るか?」

 恭輔はキッチン側の部屋の隅、掃き出し窓の前で壁にもたれかかると、

「あー、否、やめとくよ。デルチャが家に行ってるし、すぐに――」

 そこで恭輔が窓の外、塀の扉のほうを見遣りつつ言葉を切った――塀の扉はちょうどフィオレンティーナの部屋の前にあり、したがって掃き出し窓にくっつく様な位置関係にならないと部屋の中からは様子を窺えない。

「どうした?」 アルカードが掃き出し窓の前まで歩いていって、窓から外に視線を向ける。

「――待てこら、そこ」 手癖の悪い子供を叱るときの様に片手を腰に当てて、アルカードが窓を開けて網戸越しに声をかける――塀の扉から入ってきたのだろう、悪びれた様子も無くやっほうと片手を挙げる本条亮輔に、

「やっほうじゃねーよ――君らその扉を通用口かなにかと勘違いしてないか」

 否、むしろ通用口そのものじゃないか?という恭輔の言葉を黙殺して、アルカードが腕組みする。その様子を注視していると、本条亮輔に続いて幼い子供を抱いた男女と、それとは別に若い男女ふたり連れ、本条亮輔の妻だという女性――ミサキとかいったか――が掃き出し窓の向こうに姿を見せた。

「いいじゃん、別に」 亮輔の返した気楽な返事に、

「若者風に軽く言うな。ていうかなんでいきなり、全員そろって来てるんだよ」

「親父がこっちに来てるって聞いたから」 と答えたのは、男性三人の中で一番若い――リディアよりもいくつか年上、二十歳くらいか――青年だった。

「兄貴から電話があったんだよ。公衆電話で」

「そうか」 アルカードは恭輔が手にした携帯電話の充電器――乾電池が四本入った、コンビニでよく売っているやつだ――に視線を向け、そう返事を返した。

「これか? ゲームばっかりやってたらこれも電池切れた」

「ああ、さよけ」 アルカードはこめかみを指で揉みながら、

「それはともかく、それはその扉を通る理由にはなってないわけだが」

「そう? 兄貴と親父なら、とりあえずアルカードさんに駐車場の使用の許可をもらいに行くだろうと思ってさ」 その返事に、アルカードはこめかみを軽く揉んだ。

「まあいいや。とりあえずそこにいるとヤブ蚊に喰われるぞ」

「お、そいつは困るな」

 タイミング良く電撃殺虫燈がバチッと音を立てるのを見て、亮輔が残りの連れを促して窓の視界から消える――恭輔と同じ様に建物を廻り込むつもりなのだろう。

「さて、俺たちも義父さんの家に行くかな――アルカードも来ないか」 恭輔の言葉に、アルカードもうなずいた。

「そうだな、そうさせてもらうか」 アルカードはそう返事をしてからリディアに視線を向けて、

「君も一緒に来てくれよ――今のは恭輔君の兄弟なんだが、向こうにいるパオラやお嬢さんも一緒に、紹介しておきたいからな」

 どうやら話は中断することになりそうだ――胸中でつぶやいて、リディアは承諾したしるしにうなずいてみせた。

「お父さんのご兄弟ですよね?」

「ああ。まあ詳しくはじかに会ったときに話すよ」 アルカードはそう言ってガスコンロの火を止めてから、窓を閉めるために窓際に歩み寄った。

 

   *

 

「シャァァァァッ!」 巨漢の騎兵が手にした戦斧が、うなりをあげて殺到してくる。

Aaaaaaraaaaaaaaaaaaアァァァァァラァァァァァァッ!」

 咆哮とともに――ヴィルトールの振るった曲刀が、その大戦斧の刃と衝突した。

 柄を通して伝わってくる衝撃に、骨がきしむ――小さく舌打ちを漏らして、ヴィルトールは剣の噛み合いをはずし、いったん肩口に巻き込んだ剣を振るった。

 首を刈る軌道でうなりとともに空気を裂いたその一撃を、巨漢の騎兵が翳した戦斧で受け止める。

 獣の頭部に似せたものらしい冑の隙間から覗く騎兵の目が、すっと細くなる。

「やるな、若者」 錆びた鋼のこすれあう様な声で、巨漢の騎兵は称賛の言葉を口にした。ワラキアの言葉を使わなかったのは、おそらくヴィルトールがトルコ語でルステム・スィナンと会話するのを目にしていたからだろう。あるいはワラキアの言葉など、最初から話せないだけかもしれないが。

「その年齢としで私の一撃を受け止めた者ははじめてだ」

「そいつはどうも、御褒めに与り光栄だ」 手にした大戦斧をギシギシと押し込んでくる巨漢の騎兵に全力で長剣を押し返しながら、ヴィルトールはそう答えた。

「ついでだ、おっさん――あんたの首をはじめて獲った男にさせてくれねえか」

「悪いが私の首はひとつしか無いのでな」

「そりゃそうだ」 唇をゆがめ、ヴィルトールは長剣を振り回す様にして大戦斧を押しのけ、刃の噛み合いをはずした。

「だが、まあ――」 答えを返しながら、再び振りかぶった剣を振るう。

「――そいつはこっちも同じでな!」 衝突たたきつけた長剣の物撃ちが、巨漢の騎兵の振るった大戦斧と衝突して火花を撒き散らす――大戦斧と長剣が衝突するたびに互いの手にした得物の刃が欠けて鋼の砕片が飛び散り、陽光を複雑に反射してキラキラと輝いた。

 金属同士の苛烈な衝突音が周囲に響き渡り、耳障りな残響音が鼓膜を震わせる。

 たまたま鋒の届く範囲に接近し、あるいは背後から彼を斬り斃そうとした者が攻撃に巻き込まれて腕を切断され、あるいは頭蓋を削り取られて崩れ落ちた。

 ギィンと音を立てて、何十回目になるか、長剣の鋒が大戦斧の物撃ちと衝突する――翳した長剣で大戦斧の一撃を受け止め、渾身の力を込めた一撃を巨漢の騎兵が大戦斧で受け止める。騎兵の甲冑の装飾的な突起が斬り飛ばされ、ヴィルトールの軽装甲冑の肩の装甲がぎりぎりのところをかすめた一撃で弾け飛んだ。

「シィッ――」 歯の間から息を吐き出す様な声をあげ、巨漢の騎兵が大戦斧を振るう。

 だが彼は戦法を誤った――かなり致命的に。

 百数十合にも及ぶ撃ち合いの中で、巨漢の騎兵は勝負を焦りすぎたのだ――だから、ヴィルトールが左肩に巻き込んで繰り出した角度の浅い袈裟掛けの一撃の振り出しを一瞬止め、初動を遅らせたのに気づかなかった。

 馬上で上体をそらして巨漢の騎兵が繰り出した首を刈る軌道の一撃から身を躱しながら、一瞬遅れて斬撃を繰り出す――わざと初動を遅らせたその一撃は、巨漢の騎兵の手にした大戦斧の峰側を撃ち据えた。

 その一撃で加速され、巨漢の騎兵の手にした大戦斧が大きくぶれる――勢いを殺して止めるか、うまく剣を旋廻させて次の一撃につなぐことが出来なければ体が得物に振り回されてしまうため、巨漢の騎兵は当然速度を加減していたはずだ。長く重く慣性のつきやすい大戦斧を全力で振るえば、下手をすれば馬上から転落することになる――本来ならば上体の捻りと肩と腕の回転で作る速度を一瞬殺したために初速の遅かったヴィルトールの一撃は若干遅すぎ、大戦斧を十分加速させるには至らなかった――大戦斧の制動を止めることで武器を引き戻させずに隙を作り、あわよくばそのまま叩き落とす目的は果たせなかったが、それで十分だ。

 ヴィルトールの一撃で加速された大戦斧を制止して引き戻すために、彼はそれでも体勢を若干崩さなければならなかった――大きな隙ではなかったが、それで十分事足りる。

 大戦斧の峰に叩きつけた反動を利用して、ヴィルトールは長剣を引き戻し――すぐそばまで肉薄してきていた別の騎兵の繰り出してきた騎兵用の長剣の斬撃を、ギリギリのところでなんとか受け止める。

 受け止めたときの体勢が悪く、衝撃に負けて上体が傾いだ――失策を悟って、舌打ちを漏らす。こいつが余計な茶々を入れてきたせいで、せっかく稼いだ貯金が台無しだ。

 ヴィルトールは小さく毒づいて、敵兵の跨った馬の脇腹を脚甲の爪先で思いきり蹴飛ばした――びひぃ、と声をあげて、馬が前脚を振り上げて大きく体をのけぞらせる。

 いきなり馬が跳ねたために鞍上で体勢を崩し転げ落ちる様にして落馬した敵兵にそれ以上一瞥もくれず、ヴィルトールは再び巨漢の騎兵に注意を戻した。

 案の定そのときには巨漢の騎兵は体勢を立て直しており、こちらの注意がそれた隙に思いきり大戦斧を振りかぶっている――くそが!

「ぬあッ!」 声をあげて――巨漢の騎兵が大戦斧を振るう。

 小さく毒づいて、ヴィルトールは長剣を振るい、その一撃を受け止めた。

 だが――

 刃の角度とタイミングが悪かったのだろう。酷使していた上に手入れもろくに出来ないままの先ほどまでの苛烈な撃ち合いで、刃が傷んでいたこともあろう。

 巨漢の騎兵の振るった大戦斧と衝突した瞬間にとうとう刃が限界にきたのか、手にした騎兵用の長剣が半ばから音を立てて折れた。

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