The Otherside of the Borderline 14

 

   †

 

 健治が教えてくれた裏道を抜けて、アルカードの駆るS2Rは市街地に入った――ろくに街中を走るまでもなく、高速道路のインターチェンジに到達する。さっきはずいぶんと遠回りをしていたらしい。

 すでに日付が変わっているので、高速道路ならともかく一般道を走っている車はそれほど多くない――ETCゲートを抜けて高速道路に上がっても事情は似た様なもので、ちらほらと長距離物流のトラックが走る程度で一般車はほとんど見かけなかった。

 となれば、月之瀬将也はそろそろ塒に戻ったころだろう。人の多い歓楽街で行われる吸血鬼の狩りというのは通常、日付が変わるころで終わりを告げる――人がいなくなって獲物を探しづらくなるからだ。

 小泉純一の件の様に、街の真ん中で吸血に及ぶ事例はさほど多くない。それは馬鹿のやることだ――死体が吸血鬼化せずにそのまま残ったり喰屍鬼グールになって好き放題に暴れたりすれば、大事件になって歓楽街から人が減り、獲物が探しづらくなる。

 一家皆殺しの様な事件もたまにはあるが――少し知恵の回る吸血鬼であれば、そういう人の話題にいつまでも残る様な真似はしない。

 つまるところ、人を攫って殺し、単なる行方不明に見せかけておくのが一番いいのだ――いい大人の行方不明なら警察が本腰を入れることはそんなにないし、単身赴任者や単身生活者ならそもそも捜索願を出す人間がいない。少なくとも発覚までに時間がかかる。

 高速道路の出口が見えてきたので、アルカードはウインカーのスイッチを押した――ここから例の魔力を感じた位置まではかなり遠いが、インターチェンジはここが一番近い。

 ウツシロヒビキといったか――桜は例の人間の魔殺しが人外の兵団を率いて、月之瀬を狩り出すと言っていた。

 モンスターの集団を人間が指揮する? それは妙な話だとは思ったが、まあそこは置いておこう。

 いずれにせよ、彼には空社陽響と交戦する意思は無い――ぶっちゃけた話、彼がやるべきことは月之瀬を把握して殺すことだけだ。

 あとはどうでもいい――すでに動いている者たちがいるのだから、わざわざあちこちと右往左往して探す必要も無い。彼らが月之瀬を発見したところで、横合いから漁夫の利を攫えばいいのだ。

 フィオレンティーナあたりが聞いたら根性が腐ってるとでも言いそうだが、アルカードは気にしていなかった――重要なのは目的を果たすことだし、余計な戦闘を行うことも本意ではない。

 空社陽響とその配下に被害が出なければ、それに越したことはない。彼らが動き始めたところで乱入し、月之瀬将也を瞬殺して離脱すればいい。

 弱い魔力が無数に展開しているのが感じられる――総勢八十程度。彼の能力で検索出来ないだけで、もっといる可能性はあるが。大部分は取るに足らない魔力だ――いくつか強力な魔力の持ち主もいるが、それだけだ。今の自分であっても、時間さえあれば壊滅させることは難しくない。

 だが問題は月之瀬の戦闘力がどの程度のものかということだ――自分が月之瀬に後れを取ることはありえないだろう。だが、空社陽響の従えた人外たちはそうもいくまい。

 月之瀬本人は、無論のことロイヤルクラシックではない――ただの主持たずヴァンパイヤントにすぎない。

 だがたとえ下級の噛まれ者ダンパイアを上位個体に持っただけの下級の吸血鬼だったとしても、噛まれた本人の本人の素質によってはそこらの野良神霊なんぞよりもはるかに強大な存在となる。実際のところ、桜と彼女の使用人程度の力しかない連中に生け捕られる程度の吸血鬼であればたいした力も無いだろうが、噛まれた被害者が人間ではないのなら話は別だ。まして専門の戦闘訓練を受けていたとなれば、月之瀬将也が霊体武装を獲得している可能性も否定出来ない。

 だが空社陽響ひとりに関して言えば、おそらくはその人外の兵団の構成員たちよりもそれなりに強いのだろう――人間などよりはるかに強靭な肉体を持つ人外の魔物たちを、支配下に置いているのがいい証拠だ。

 だが吸血鬼を相手に、いかに強くても人間の彼(だろう、たぶん。最近は子供に変な名前をつける日本人が多いから断定は出来ないが。もしかしたらヒビキちゃんかもしれない)がどの程度拮抗出来るかは怪しいところだ。問題はそのヒビキ君にどの程度期待出来るかだが――

 胸中でつぶやいて、アルカードは高速道路を下りた。ETCゲートを抜けて、一般車線に合流する。この時間だと車は少ないが、それだけに無謀運転も多い。アルカードは後方を確認してからスロットルを開き、S2Rを加速させた。

 走ること十数分、再開発地区に入ったところで、アルカードは近くにあったビジネスホテルに入った――別にここで寝泊まりするつもりは無いのだが、オートバイに乗ったまま現場近くまで接近したくなかったのだ。

 地下駐車場があったので、S2Rを乗り入れる――入った正面の一番目立つ、つまり盗難の危険は増大するが車のドライバーに気づかれずに車に轢かれる危険性の無い位置にS2Rを止め、フロントホイールのブレーキディスクにロックをかけた。ついでにA字型のアンカーの横木になっている太い鋼管に、チェーンロックを掛けておく――チェーンロックをかけるコツはチェーン自体を地面に接触させないことと、車体やアンカーに巻きつけたチェーンに隙間を作らないことだ。これをするだけで、チェーンカッターを使った切断の難易度は格段に上がる。

 さらに盗難を考える者にとっては一番目立って見つけやすい位置ではあるが、それはつまり目撃されやすい位置だということでもある。ついでに言えばホテルの防犯カメラの視界にもろに入り、カメラにナンバープレートが間違い無く映る位置だ――かつ、防犯用品を複数取りつけている。この条件で盗難を考える者は、まずいないだろう。

 エンジンが冷えるときの音を聞きながらトランクをはずし、ビジネスホテルの地下駐車場にモンスターを置いて歩きだす――そのまま周囲を見回して、アルカードはホテルのフロアに上がるための階段かエレベーターを探した。

 どこかに階段かエレベーター、おそらくはその両方があるはずだ――でないと地下駐車場から出てホテルに入るのに、一回外に出なければならない。もし雨が降っていたらそれだけで濡れ鼠になってしまうし、地下駐車場の一番奥から入り口までは結構遠い。客が入っても、そんな面倒を強いられたらチェックインする前に出て行ってしまうだろう。

 時間から考えると、そろそろ空社陽響が動き出してもおかしくない。バイクの置き場所もそうだが、銃の入ったトランクを放置しておくわけにはいかない。トランクには整備用工具と交換用の銃身が入っているのだ。もしまかり間違って警察にでも確保されたら、かなり面倒なことになる。

 手近な壁に貼りつけられた階段の方向を示す表示板を見つけ、それに従ってトランクを手に一階へ上がると、フロントに立っていた男性従業員が声をかけてきた。

「いらっしゃいませ、お泊まりですか?」

 実際には物置代わりに使うだけなのだが、アルカードはうなずいた。男性従業員がいくつか説明してくるのを聞き流し、キーを受け取る。

「あ、それと朝食に関してですが――」

 一応出るらしい。呼び止めてきた男性従業員にアルカードは首を振って、

「要りません。仮眠場所に使うだけですから。夜明け前にはチェックアウトします」

 そう言って、彼はエレベーターに乗り込んだ。

 片手でボタンを操作しながら、ジャケットのポケットからKENWOODのポータブル音楽プレイヤーを取り出す――結構前に購入した、乾電池駆動のフラッシュメモリー型音楽プレイヤーだ。

 ハードディスク式と違って読み込みも早いし、これひとつあればラジオも聞ける。曲ファイルの転送も簡単で、専用ソフトなど必要無い。最近主流の内蔵充電池式と違って予備の電池を持ち歩けるし、それらが全部尽きたとしてもそこらで買えば済むことだ。被災地に放り出されたときの情報収集にも使える――内蔵充電池式のラジオつきは電池が切れればそれでお終いだが、これなら乾電池が手に入れば十分だ。少なくとも被災地で生きたコンセントを探すより、倒壊したコンビニから単四乾電池を発掘するほうがまだ望みがある――代金を置いてこないと火事場泥棒だが。

 そんなことを考えつつ電源ボタンを押し込むと、やがてKENWOODのロゴとともに機械が起動した――再生ボタンを押すと、前回途中で止まっていた音楽が流れ始める。

 NickelbackのAnimalsが前回中断した途中から再生され――激しいリズムのロックが、オーディオテクニカ製のイヤホンから流れてくる。旧型だしそれほど高機能な部類ではないので音質はそれなりだが、MP3に音質を期待するのがどだい間違いだ。

 とはいえ、この音楽プレイヤーは上等なほうだ――実に使い易い。液晶の画質も悪いし色数も少ないが、液晶画質を度外視してその分消費電力を抑えたのだと取ることも出来る。DMPで動画を見る趣味は無いので、そのことは彼はあまり気にしていなかった。

 どうせ表示されるのは曲名と再生モードだけなのだから、それが確認出来れば液晶の画質などどうでもいい――無駄に液晶を高輝度高画質にして、余計な消費電力を増やすより幾分かましだ。

 ぽーん、というベル音とともにエレベーターが止まる。彼が指定したのは五階建てのホテルの二階だった――この五十年間の間にサラゴサとラスベガス、サンフアンの合計三回ホテル宿泊中に火事に遭った身としては、当然非常階段近くを指定していた。二階を選んだのはフロントに目撃されにくく、かつ非常階段を駆け降りて地上に到達するまでの時間が短くて済むからだ。

 ちなみに二階が取れない場合、彼は必ず五階以下の部屋を指定していた――理由は単純で、六階以上には梯子車が届かないことがあるからだ。

 そもそも飛び降りたって自分で着地出来るという事実はこの際置いといて、梯子車に乗るというのはそれほど楽しいものでもない――結構揺れるし、場合によっては救出されたあとしこたま怒られる。あれは俺のせいじゃないはずなんだが。

 余計な方向に思考が脱線した揚句に嫌なことを思い出して顔を顰めたとき、エレベーターのドアが開いた。入れ替わりに乗り込んできたビジネスマンがアルカードの顰めっ面を目にして不思議そうな表情を浮かべながら、彼が出ていくのを待ってボタンを押した。

 201、202、203……ロックアイスの自販機の作動音を聞きながら部屋番号を探す――日本というのは、水道水の氷で金が取れる不思議な国だ。

 水道水で金が取れるのなら、うちの店のお冷だってわざわざサントリーからミネラルウォーターを仕入れ、浄水器を通して不純物を除去した氷を使わなくたっていいのかもしれない。それをしたらだいぶ経費が浮く――もっとも、それをしたら間違い無く老夫婦に反対されるうえに飲食接客業に従事する吸血鬼としての矜持にかかわるので、考えはしても実行に移すつもりは無かったが。

 ……よくよく考えたら、普通吸血鬼は就職なんぞしないか。

 そんなことを考えながら、彼は地道に部屋を探し回ることを速攻であきらめて案内板を見遣った。今は急ぎたい。

 とりあえず非常階段のすぐ横なことにだけ満足して、アルカードは部屋に向かって歩き出した。

 特に珍しくもない形状の鍵で扉を開け、中に入る――電気を点けると、特になんの変哲もない部屋だとわかった。ベッドがひとつに机もひとつ、上に電話が置いてある。電気式の保温ポットもあったが、コードははずされていたし中身もカラだと知れた。お茶が飲みたければ自分で湯を沸かせということか。どうでもよかったので無視する。

 テレビは十五インチのシャープの液晶テレビだった。フレームに貼附された『世界の亀山モデル』のステッカーが、経時劣化でぼろぼろになっている。これまたどうでもいいので放置して、アルカードは机の上にトランクを置いた。

 トランクを開けて、中身を外気に晒す。

 猿渡は戦場の鬨声ウォークライと呼んでいたか――備えつけの椅子にふんぞり返って銃身とレシーヴァーに分解されたダブルアクション式のリボルバー拳銃をウレタンフォームから取り出し、九十センチの銃身を組みつける。携行には邪魔になるが、どのサイズの銃身をつけたところで結局邪魔には違い無い。短すぎると破壊力に欠けるうえ、火花が大きすぎて視界を奪われる。

 ならば初速の増大からくる遠射性と、破壊力を優先したい。どのみち棚ぼたの戴きものなので、どうしても邪魔になれば棄てれば済む話だ。近くの町に製鉄所があるから、熔鉱炉の中にでも放り込めばいい。

 そう考えて、アルカードはさほど深く考えずに九十センチの銃身を組みつけて固定した――どのみち人間をはるかに超える体力と回復能力を持つ吸血鬼相手なら、破壊力を優先するに越したことは無い。弾薬はフランビジリティーなので、よほどの近距離からの射撃でなければオーバー・ペネトレーションの心配は無い。

 フルムーンクリップにあるだけの弾薬を装填して、いくつかTCAP(タングステンカーバイド徹甲弾)が混じっているのに気づく。それは別のクリップに装填してから、アルカードはホルスターでウォークライを腰に吊った。まるでガンブレードだな、そう考えて苦笑する――個人的にはVIIをリメイクしてほしいところではあったが、まあの絵描きが主導するのなら出来には期待出来そうにない。何年前のテレビゲームを思い出しているのやら。

 胸中でつぶやいて、アルカードはホルスターからウォークライを引き抜いて据銃した――ホルスターがシンプルな構造のおかげで、納めるのは面倒だが抜くのは簡単だ。そんなに悪くない――フォールディング式の銃剣も一挙動で展開出来る。

 銃剣もいったん展開すれば二重ロックのかかる構造で、見たところATS34あたりのステンレス鋼材で作られており、耐久性も耐蝕性も強度もそこそこありそうだった。無論本物の刀剣との斬り合いは無理だろうが、銃身の三分の一ほどをカバーしつつ銃口より先四十センチ程度まで鋒が突出するので、白兵戦にも使えそうだ。銃身が長すぎて、いったん展開するとしまうのは大変そうだったが。

 実際苦労して銃剣をしまい、アルカードはウォークライを吊り直した。

 非常階段から屋上に出てもう少し接近し、そこで魔殺したちの動きを待とう。胸中でつぶやいて、アルカードは部屋を出るために扉に向かった。

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