The Otherside of the Borderline 12
扉が閉まるのを待たずに、桜は話を戻した。
「月之瀬は今回の事件の発端となった、茨城県日立市に居を構えていた分派の棟梁です。将也はその家の男子で、群を抜いた戦闘センスを持っていたために幼いころから一族最強の戦闘者となるべく育てられました」
彼女はそう言ってから、言葉を選ぶ様に一瞬沈黙した。
「そして最近、
「ああ、それは俺も聞いた――馬鹿なことをやったもんだ」 そう返事を返して、アルカードは溜め息をついた。正気の沙汰ではない――確かに強力にはなるかもしれないが、かかえ込むリスクがあまりにも大きすぎる。
「ええ、愚かなことです。ですが、兵冴はそこまで追い詰められていたのでしょう。実際、月之瀬の一派は一族の中での発言力をほとんど失いかけていましたから」
「馬鹿だな――そもそも
「吸血鬼化した将也を使って有力な派閥を皆殺しにし、一族の主導権を手に入れることが目的だった様です」
憔悴の色をにじませた表情で、彼女はそう答えてきた。
「老いぼれの見栄か――愚かなことだ、食いっぱぐれない財産を持っていて、人間社会にもうまく溶け込んでいる。なにもかも自分で滅茶苦茶にしたというわけか。それで?」
「実験は成功しました。報告によると、彼らは将也が死んだのを確認してから、彼を噛んだ吸血鬼を殺したそうです。それにどういう意図があったのかはわかりませんが――」
「
アルカードが口をはさむと、桜はかすかに形のいい眉を寄せた。
「はい?」
アルカードは背もたれに体重を預けて足を組み、
「
桜はその言葉に小さくうなずいて、
「おっしゃる通り、将也はすでに上位個体の精神支配から解放されて、独立した吸血鬼となっています――おそらく、兵冴はもともと吸血鬼となった将也とともにわたしたちを皆殺しにするつもりだったのでしょう。ですがそうはならなかった、将也は自分の家族を皆殺しにして姿を消しました。警察の死亡推定時刻を当てにするなら、それが一昨日の晩のことです」
「ふむ」 レイル・エルウッドは事件発生から三十六時間が経過している、と言っていた――つまり実際に事件が起こったのは、そこからさらに十二時間前か。
「で――」 アルカードは背もたれから体を離し、皮肉げに口元をゆがめた。
「将也君は東京に移動しながら大勢殺して今に至る、か――ところで月之瀬家の人々というのは、吸血鬼やライカンスロープとしては強いのか?」
「いいえ、将也はともかくほかの者たちはそれほどでも――どうしてですか?」
「なに、その将也君を噛んだあとで残りの連中に殺された上位個体ってのがどの程度の強さなのかと思ってな」
「それはわたしたちにも、ちょっと――でも、それほど強い個体ではないと思います。強力な吸血鬼個体であればそもそも生け捕りにすることも、将也の血を吸わせたあとで彼が蘇生する前に残る者たちで殺害することも難しいでしょうから」
「だろうな――そもそもその将也君とやらを、どうやって吸血鬼の餌にしたのやら」
桜の返事のあとを引き継いだそのとき、扉が開いて猿渡が入ってきた。
「桜様、将也の写真を持ってまいりました」
「ではミスタ・アルカードにお渡しを」
その言葉に、猿渡が不愛想なしぐさで写真を差し出す。アルカードは気にせず受け取ると、写真に視線を落とした。
「男前じゃないか」 その感想に、桜の気配が少しだけ柔らかくなる。
写真に写っているのは、精悍な顔つきの黒髪の青年だった。桜と同年代だろう、どこか斜に構えた目つきでカメラに視線を向けている。隣には和也と呼ばれたあの青年が立っていた。
「これが?」
「ええ、月之瀬将也、それは和也が月之瀬の家を訪ねたときに撮ったものです。二、三年前の写真ですから、今はもう少し――」 老けている、というのもおかしな表現だと思ったからだろう。言葉を選ぼうと桜が眉をひそめる。
桜の言葉にかぶりを振って、アルカードは猿渡に視線を向けた。
「月之瀬将也に獣化能力は?」
「無い。まあ少なくとも、我々が把握している限りではな――別に生まれたときに獣化能力があるかどうかがわかるわけでもないし、検査する方法があるわけでもない。仮に獣化能力があっても、本人が誰かに話していなければ伝わってこないからな――あまり当てにしてもらっても困るが」 という猿渡の返答に、アルカードはうなずいた。
「この男を噛んだ吸血鬼が誰なのか、知っているか?」
「否。なぜ?」
「上位の吸血鬼に噛まれるのと下っ端の吸血鬼に噛まれるのとじゃ、力の量が違ってくるんでな――まあいいさ」
そう言って、アルカードは猿渡から桜に視線を戻した。
「さっき言っていた魔殺しだが」
「はい」
「どこで展開しているか知っているか? つまり、月之瀬の居所を知っているか?」
「わかりません。ですが、関東圏から出てはいないと思います」
「そうか」 範囲が広すぎる、そう考えたところでアルカードは思い当たった。
この屋敷に来る途中、高速道路を走っている最中に感じ取れた異常なほどに強大な魔力と、それに寄り添う様に存在していた人間離れした魔力。
どちらも魔物のものとは思えなかった、となれば――
「あれがそうか」 つぶやいて、アルカードは腕時計に視線を落とした。
すでに零時半を回っている、それに気づいて苦笑する。
「随分と長居をしてしまったが――すまない、普通なら人を訪ねてくる様な時間じゃなかったな」
「いいえ」 桜はかぶりを振った。
「先ほどお願いしたことですが――」
「月之瀬将也を殺せという件か? 悪いが約束は出来ない――もうすでに月之瀬が死んでいる可能性だってあるしな。だが、果たせる機会があるのなら、努力はしよう」
そう言って、アルカードは立ち上がった。
「行くのか」 猿渡がそう声をかけてくる。
「ああ」
「なら、これを持って行け」 そう言って、猿渡が大きなトランクケース――先ほど写真と一緒に持ち込んでいたらしい――を差し出した。
「なんだ?」
「開けてみろ」 無愛想な言葉に、アルカードは受け取ったトランクをテーブルの上に置いて取っ手のそばのロックをはずした――まあ、この場で開けてみろというからには爆弾が仕掛けられていたりはしないだろう。それにそうだったとしたら、猿渡が止めもせずに見ているはずがない。この場で彼を瞬殺出来るほどの量の爆薬が爆発すれば、桜や猿渡は肉片も残らない。
「はは、これは……」 中身を目にして、思わず苦笑する――トランクの中に納められていたのは、信じられないくらい大型のリボルバー拳銃だった。
レシーヴァーと銃身は分解されていて、銃身長はおそらく九十センチを越え、口径は十五ミリ以上。レシーヴァー本体だけで、その重量は四キロを軽く超えそうだ。
シリンダーは十センチ以上もの長さがあり、もともと拳銃弾ではなくライフル弾を使う品物なのだと知れた。
「『
猿渡がそう説明してくる。アルカードは適当に肩をすくめた。
「だろうな――こんな代物、生身の人間には到底扱えん」
猿渡が渡してきたのは、一般に地上最強の威力を持つ拳銃ランキングの上位に入っている・三五七マグナムや・四四マグナムが豆鉄砲に思える代物だった。
普通のリボルバーと違ってシリンダーの下側の弾薬を撃発する構造になっているのは、遠心力の働きを抑えて銃の反動を軽減するためだ。
よく海外物のドラマなんかではデザートイーグルの・五〇口径を凄まじい破壊力を誇る最強の拳銃として持て囃しているが、実際には偏執狂的なまでに破壊力を追い求めた銃弾というのはいくらでも存在する。
・六〇〇ニトロ・エクスプレスと呼ばれる弾薬が使用弾だと知れた。・六〇〇(一五・三ミリ)口径、薬莢の長さは七〇ミリ以上。フェイファー・ツェリザカと呼ばれるオーストリア製の拳銃が使用する弾薬で、十インチ銃身モデルのIMIデザート・イーグルから発射された・五〇口径のアクション・エクスプレス弾の三倍以上の運動エネルギーを誇る。否、それはフェイファー・ツェリザカから発射した場合だ。
銃身長だけでフェイファー・ツェリザカの全長の倍近いこの銃で発射された銃弾の銃口初速は、文字通り象でも射殺出来るほどの運動エネルギーをもたらすだろう。
交換用の銃身がいくつかセットになっている――十五センチ(短すぎて使い物にならないだろう)、三十センチ(火薬が勿体無さすぎる、銃身内部で燃えきらなかった火薬が噴出して、さぞ派手な銃口炎を形成するだろう)、五十センチ(きっとこの銃をオーダーメイドで作った人は、使い道について首をひねっていたに違い無い)、七十センチ(使い道が象を射殺するくらいしか思いつかないのは彼の気のせいだろうか)、九十センチ(狙撃用か?)。九十センチの銃身をつけたら、全長は百四十センチを超える。
反動を軽減するために発射ガスを上方に噴出させる小孔――コンペンセイターが無いのは彼の好みに合った。ライフリングのある部分に直接ガス・ホールを開けると銃身内部の圧力が不均等になって着弾に狂いが生じるし、銃身内部に銃口を設けると手入れが面倒だ。いずれもフォールディング式の銃剣が取りつけられる様になっている――これをオーダーした月之瀬兵冴は、これを持った男に相対した相手をよほど確実に仕留めたかったらしい。
シリンダーを側面に振り出すスイングアウト式を採用しているところを見ると、フェイファー・ツェリザカがベースになっているわけではなさそうだ。
ホルスターも一緒になっているが――どうやらサーベルの様に腰に吊るすらしい。
「持っていっていいのか?」
「ああ、少しは役に立つだろう」 その言葉に、アルカードは桜に視線を向けた。桜がうなずいてみせる。
「どうぞ、お持ちください。どのみちわたしたちでは、眺める以上の使い道はありませんし」
うなずいて、アルカードは型取りされたウレタンフォームの内張りに嵌め込まれたレシーヴァーを取り上げた。
手に取ってみるとずしりと重い――シリンダーの装弾数をなるべく多くするために、シリンダーの直径がかなり大きく取られているのだ。
六連装か。
「使用弾はこれだ、・六〇〇NE口径、ヴァチカン聖堂騎士団の聖堂騎士の武装を参考にしたらしい」
メーカー名もなにもない黒い箱をこちらに押し出してくる猿渡。箱を開けてみると、銀合金の
「つまりこれは――」
「そうだ、将也本人の血と水銀と銀のベアリングが充填されている。吸血鬼ならば霊的武装として、銀の弾丸が効かない我々相手には衝撃力と水銀の毒性で殺傷するための選択だろう。将也が上位個体の吸血鬼を斃す前から、すでに用意されていたということだな」
「つまり対吸血鬼用の霊的武装か。こんなものがあるなら、俺なんかより人間の魔殺しに持たせてやればよかったんじゃないか? まあ、月之瀬本人には多分効果は無いだろうが」
その言葉に、猿渡が肩をすくめてみせる。
「使えると思うか?」
「同感だ」 うなずいて、アルカードは九十センチのロングバレルを取り上げた。似た様な表情でうなずいて、猿渡が口を開く。
「だが、本人には効果が無いというのは?」
アルカードは猿渡の口にしたその質問に、自分のX-FIVE自動拳銃を懐から引き抜いた。スライドを引いて薬室に装填されていた弾薬を排莢口から弾き出し、それを空中で掴み止めて、猿渡に向かって放り投げる。同じく空中で掴み止めた銃弾を矯めつ眇めつしている猿渡に、
「それには俺の血が充填されてる――それが敵の霊体を損傷するのは、対象の霊体にとって異物になる俺の魔力を放出するからだ。それを俺が撃ち込まれても、俺の魔力は俺の霊体にとって異物にはならない――物理的なダメージはともかくとして、霊的にはこいつを使って月之瀬を攻撃するのは、『おまえを殺すのを手伝ってくれ』と言ってるも同然なのさ。それがナンセンスなのは、わかるだろう?」
「なるほど」 そう返事をして、猿渡が弾薬を返してくる。アルカードはそれを受け取ってX-FIVE自動拳銃の弾倉に装填してから懐に戻し、ウォークライのグリップを掴んでレシーヴァーをケースから取り出した。
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