Vampire Killers 9

「ああ」 アルカードは背もたれに体重を預けて脚を組むと、

「たぶんな――リッチーと一緒に、彼の相棒も殺されてる」

「でも、第八位の聖堂騎士が、昼間に戦って吸血鬼に後れを取るなんて――」 フィオレンティーナのうめきに、アルカードが適当に肩をすくめる。

 その写真を一番後ろにやって次の写真を出すと、今度は別アングルの写真だった――事切れたブラックモアの頭を踏みつけにして身体を反らして笑う、赤毛の吸血鬼。

「仕方が無い。相手はカーミラの『剣』の一匹だ。そこらの噛まれ者ダンパイアならともかく、相手はロイヤルクラシックの『剣』だ――しかも空港なら、いくらでも人質を取れる」

 彼はそう言ってから、別の写真を出す様に視線で促した。

 そう言ってから、彼は画像を切り替えた。ベッドの上で胴体を吹き飛ばされる様にして横たわっているプラチナブロンドの女性が大写しになっている。

「これはダカールの警察が、現場検証時に撮影したものだそうだ――空港のホテルの部屋で殺されていたらしい。君も知ってるだろう? ライルに聞いた話じゃ、第七位の聖堂騎士だそうだが」

「ええ、聖堂騎士ジョセフィーナ――彼女を殺した吸血鬼はわかっているんですか?」

「否、わかってないらしい。少なくとも、ダカールの警察は不審者を把握していない様だ――まあ、俺が彼女を殺した吸血鬼なら、とっとと窓から逃げ出して姿をくらますがね。人間ならともかく、俺たち吸血鬼の身体能力を考慮すれば、いちいちホテルの玄関から出て行く必要なんて無いからな――『剣』やそれに近い能力を持つ吸血鬼なら、F1と徒競走して勝つことだって出来るんだ。君たち武装聖職者相手ならともかく、生身の人間の追跡を振り切るなんて簡単だよ」

 そう言ったところで、彼はソファーの背もたれから体を起こした。空になったコップに再び林檎ジュースを注ぎながら、

「そして唯一無事に到着した聖堂騎士は、ひと皮剥けばカーミラの手先。実質上、ヴァチカンからの増援は全滅し、しかも死んだふたりは両方とも一桁台の位階を持つ聖堂騎士。どこにでも安心して投入出来る戦力が一気に減っちまったな」

 最強の聖堂騎士は現在入院中、と――若干皮肉をこめてそうつぶやいて、アルカードはコップに口をつけた。中身を飲み乾してから、ソファーの背凭れに沿って首を仰け反らせる。

「派遣された聖堂騎士がカーミラの『剣』であったこと、そしてリッチーを殺したのもあの女の『剣』――それに襲撃のタイミングはふたりともほぼ同じ時間帯。おそらくホセフィーナを殺したのも、カーミラの『剣』の一体だと見ていいだろう」

「そのことについて聞かせてください、アルカード」

 フィオレンティーナが声をかけると、アルカードは背凭れに沿ってそっくり返っていた体を起こした。

「ん? どのことだ?」

「最強の聖堂騎士の部分です。カーミラが言ってました――騎士エルウッドを、貴方が守っていると。それは事実なんですか? そうだとしたら、なぜ騎士エルウッドはそれを秘密にしているんです?」

 アルカードがその言葉に、フィオレンティーナに刺す様な視線を向ける。その視線に負けない様に見つめ返すと、アルカードは適当に手を振った。

「事実だ――あいつは俺の昔馴染みだ。あいつが生まれてすぐの赤ん坊だったころからの、な――今この街にいるんだから、放置しといて殺されたりしたら後味が悪いだろう? それにあいつの爺さんや両親に合わせる顔が無くなっちまうよ。千人長ロンギヌスの槍がある限り、そこらの雑魚が束になったところでライルには触れられない――近づいただけで、聖性に冒されて霊体を破壊されるのが落ちだ。だが、今東京には真祖がふたりもいるからな」

 最後に何気無く付け加えたひと言に、フィオレンティーナは息を呑んだ。ふたりの真祖――ドラキュラとカーミラ。

「で、ふたつめ――俺たちのつきあいが教会に露見したら、ライルが抹殺対象にされかねないだろう?」

「でも、待ってください。カーミラはドラキュラに血を吸われてドラキュラの『剣』になったと言っていました。そんなことが可能なんですか?」

 フィオレンティーナの知るかぎり、首を切り落とされた状態で吸血を受けて復活した人間はいない。だからこそ立花が先日殺された被害者が首を切られていたと話したときに、フィオレンティーナはそれが吸血鬼として復活するのを防ぐためだと判断したのだ。

 カーミラは十六世紀初頭、アルカードに首を刎ねられて殺された。対象がもともと吸血鬼であれば、復活したりすることもあるものなのだろうか?

「わからん――その点に関しては、俺にはなんとも言えない。試したことも、試すところを見たことも無いから」

 かぶりを振って、アルカードがそんなことを言ってくる――そして彼は話を本題に移した。

「昨日、あの倉庫でなにがあったのかをちゃんと覚えてるか?」

 無論覚えている――フィオレンティーナは小さくうなずいた。

「ええ――血を吸われるところまでは」

「君はカーミラに直接吸血を受けた。たまたま持っていた抗魔体質で吸血鬼化を遅らせている様だが――それだけでは数日と持たない。カーミラは弱体化していても十分に強大な吸血鬼だし、あの女の吸血を受けたのなら長くは持たない。対処として、君に俺の血を飲ませた」

 最後のひと言に、フィオレンティーナは思わず立ち上がった。

「なッ!」

「座りなよ――最後まで聞いてくれ」

「これがおとなしく座っていられると思いますか! 汚らわしい吸血鬼に助けられただけでなく、その血を飲まされたなんて――」

「座れ、小娘ガキ――聞けと言ったのが理解出来ねえのか」

 恫喝をこめたその言葉に、フィオレンティーナは息を呑んだ――アルカードの真紅の瞳が、すさまじい殺気を湛えて少女を捉えている。

「最後まで話を聞け。そのうえで俺の血を飲まされたのがそんなに気に食わねえなら、自殺でもなんでも好きにしろ。君が勝手に身投げでもするぶんには、俺は困らん。東京タワーのてっぺんから飛び降りるのでも電車に飛び込むのでも焼身自殺でも身投げでも、なんなりと好きな様に死に方選んで勝手に死んでこい。ここで死なれるんじゃなければ、俺は別に困らないからどんな死に方でも好きにすればいい――後片づけするのは俺じゃないからな。だがとりあえずは、先に俺の話を聞け。死にたきゃそれを聞いてからにしろ」

 そう言ってから、アルカードはソファーを視線で示してみせた。フィオレンティーナがおとなしく腰を下ろすのを待って、

「吸血鬼の血というのは、人間が飲んでも吸血鬼になってしまう様なことは無い。その点については安心していい。肉体的な影響はただ一時的に身体機能が活性化するのと、傷の治りが早くなるだけだ――だが吸血鬼の血を飲んだ人間は、血の提供元の吸血鬼の影響を受けやすくなる」

「ええ、そういったことは知識としては知ってます――不死の霊薬エリクシルは種類によっては、真祖の血を原料に作られてるという話も聞いたことがありますし」

「その霊薬を霊薬たらしめてるのは、吸血鬼の血を取り込むことによって形成される経路パスを機能しなくする調合なんだけどな――この場合、君は俺の血を不死の霊薬エリクシルに加工する作業無しで体内に取り込んだ。ぶっちゃけて言えば、薬効自体は不死の霊薬エリクシルでも真祖の血でも同じわけだし」 アルカードはそう言ってから脚を組み直し、

「簡単に言えば、提供元の吸血鬼が君が吸血鬼化するのを阻止しようとしていれば、提供元の吸血鬼は君が吸血鬼化するのを防ぐためのサポートに回れるということだ――君自身の抗魔体質と組み合わせれば、勝算はそれなりにあると思う――人間に戻すのは無理でも、変わりかけヴェドゴニヤでいる間にカーミラを殺して吸血鬼化を解くための時間稼ぎ程度なら出来るだろう。力の差がありすぎて、君の抗魔体質は完全に排除しきれてないみたいだしな――抗魔体質のおかげで、吸血鬼化の進行も遅れてる様だし」

 そんな証拠がどこに――フィオレンティーナの胸中を見透かしたかの様に、アルカードはゆっくりと笑った。

「自分の胸に聞いてみな――君は今、喉が渇いてるか?」

 その言葉に眉をひそめながら、フィオレンティーナは首を振った。

「? いいえ」

 フィオレンティーナの言葉に、アルカードがうなずいてみせる。彼は林檎ジュースの瓶に視線を向けて、すでに空になっているのを見遣って適当に肩をすくめ、

「だろう? 本当なら君はとうに、強烈な吸血衝動に駆られていてもおかしくないはずだ。蘇生直後の変わりかけヴェドゴニヤは、極度の貧血状態なのもあって特に吸血衝動が強いからな。君がなにも感じていないのは、俺の影響を受けてるせいだ。俺が吸血衝動を感じていないから、君もなにも感じないんだよ」

 彼はそう言って立ち上がると、フィオレンティーナと自分のグラスを取り上げた。台所へと歩いていって、巨大な冷蔵庫を開ける。

「葡萄ジュースと蜜柑ジュースと野菜生活とどれがいい?」

 答えが無いのをどう解釈したのか、アルカードはフィオレンティーナのグラスに今度は蜜柑ジュースを注いで戻ってきた。

 フィオレンティーナの前にグラスを置いてから、

「まあそういうことだ――君が人間に戻りたいのなら、俺はそれに対する加勢が出来る。それがどうしても気に食わないなら、自殺でもなんでも好きにすればいい。ただしこの部屋で自殺するのはやめてくれよ、死体の後片づけが面倒だから。言うべきことは言ったから、あとは自分で決めればいい」

「決める前に聞かせてください、アルカード」

 フィオレンティーナの言葉に、アルカードがグラスに口をつけたままひらひらと手を振ってみせる。言ってみろということらしい――そう解釈してフィオレンティーナは口を開いた。

「もしわたしが貴方の影響を今も受けているのなら――わたしは人間全体に対して悪意や殺意を感じません。人類を皆殺しにしたいとも、支配下に置きたいとも感じません――これも貴方の影響ですか?」

「半分は君のもともとの思考で、残りは俺の影響だろうな」 アルカードが答えながらグラスをテーブルに置いた。

「俺が人間全体を殺し尽くしたいと、そう考えてるのなら、君もそう感じるはずだ――明確な理由の無い、衝動的なものとしてでもな。だが俺はそう考えてない――そんなくだらんことをする必要も無いしな。教会がどうして俺に積極的に敵対しないか――構成員のひとりなんだから、当然君も知ってるだろう」

 そう言われて、フィオレンティーナはうなずいた――聖堂騎士団と教皇庁上層部は、吸血鬼アルカードを未吸血の噛まれ者ヴェドゴニヤであると看做している。そのままの状態で彼を直接噛んだドラキュラ公爵を殺害すれば、吸血鬼アルカードは生身の人間に戻れる。

 ドラキュラ公爵側の戦力を殺ぐことに利用出来ると考えていること、彼が吸血鬼ドラキュラの力を一部奪ったままになっていることなどから、現時点において教皇庁は彼に対して敵対的な姿勢を取っていない。

 フィオレンティーナがこくりとうなずくのを確認して、アルカードはかすかに笑った様だった。

「似た様なことはセイルやレイルからも言われたことがあるけどな――どうして裏からでも世界を支配しようとしないのかって」

「どうしてですか?」

「それをしてなにになる?」 アルカードが適当に手を振って、そんな返事を返してくる。

「次から次へと血を吸って、配下の吸血鬼を増やして、それでどうなる? 人間たちと殺し合いになって、次々と人間たちの軍隊を壊滅させて――毎日何十人かの人間を差し出させて、裸の美女でも侍らせて、運動場みたいなところで虎に人間を追いかけ回させて、疲れ切った人間が虎に喰い殺されるのを眺めて過ごすのか? 人間が俺を相手に太刀打ちするには核兵器しかないからな、過程がどうあれ最終的には必ずそうなる」

 彼はそう言ってから、馬鹿馬鹿しいと言いたげにかぶりを振った。

「無駄な血を流し、意味も無く死体の山を築くだけだ――俺が平穏に暮らすために必要な土地なんぞたかが知れてるし、ジュースに酒に喰い物、車に家電品にその他もろもろ。人間たちが生産するものは、血なんぞよりはるかに有用だからな――吸血になんぞ価値は無い。それで答えになってるか?」 価値は無い。はっきりそう言いきって、アルカードはコップの中身を空けた。

「ああ、言い忘れてた。君に飲ませた俺の血の影響は、物理的距離が離れれば離れるほど弱くなる。君にその気があるのなら、しばらくはこの近辺にいてもらわないといけない――俺はここを離れる気は無いからな」

 アルカードは立ち上がって、壁のフックに引っ掛けてあった帳簿の様なものを取って戻ってきた。

 彼はそれをぱらぱらとめくりながら、

「なんだったら部屋も用意してやる。ただ、ちょっとした条件は呑んでもらわないとならないがな」

「条件?」 尋ね返すと、アルカードはそれまでとは本質的に異なる意地の悪い笑みを浮かべた。

「そうだ」

 その笑顔になんとなく不気味なものを感じながら、フィオレンティーナは条件の提示を促したのだった。

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