第20話 準備しました

 月曜の朝のHR。

 これが結構眠いもんだ。

 しかし……。

「さて、来週はついに修学旅行ですねー!みなさん、楽しんでいきましょう!」

 おかしい。

 来週は修学旅行か、おかしい。

「修学旅行、楽しみだよな!」

 佐々木が後ろからそういってくる。

 佐々木は気づいていないようだ。

 これがおかしいということを。

 というか、みんなおかしいとは思わないのだろうか?

 だってさあ……。

「佐々木、文化祭の次の週が修学旅行っておかしくないか?」

「おかしいか?」

 きょとんとする佐々木。

 あれ、おかしいと思ってるのって俺だけか?

 え、だっておかしくない?

 スケジュール詰めすぎじゃねって思わないのかな。

 みんな特に気にしてないようだし気にすることじゃないのかな?


「ユキちゃん修学旅行だって!たのしみー!」

「俺も楽しみだよ。疲れそうではあるけどな」

「大丈夫大丈夫!楽しめば疲れにゃんて関係にゃいよ!」

 そうかなあ?

 まあうちは漁師の家だから楽しそうだけど……。

さかにゃ……魚……ヘッヘッヘ」

 倉持が変な声を出した。

 猫人ってみんなこんな感じなのか?

「魚っつっても何が獲れるのかね?」

「今の時期の長崎にゃがさきは鯛が獲れるらしい」

「鯛ってあの高級魚の鯛か?」

「それしかにゃいだろ」

「獲れたらすごくね!?」

 それはぜひいただきたい!

「鯛かー、俺は魚の味は分からないからなんでもいいけどー」

 秋川にとっては漁師の家といってもあまり惹かれるものはないようだ。

「あ、でも魚卵とかって食べれるかな!?」

「産卵の時期の魚を捕まえないと食えないんじゃないっすかね……」

「俺食べたことないなー!」

 そんなもん俺も食ったことないです。

 魚卵ってうまいもんなのか……?

「多々良ちゃん!修学旅行楽しみだねー!」

 クラスメイトの女子が集団で多々良に襲い掛かる。

「にゃー!?」

「夜は一緒に寝ようねー!」

「お風呂一緒に入ろうねー!」

「いっぱいおはなしもしようねー!」

「にゃ、にゃあ……」

 多々良、大変そうだなあ……。

 でもほほえましいな。

「にやにやしながら多々良を見てんじゃねえよ佐倉」

「いや、普段ああいう多々良は見ないからさ」

「確かに見ねえかもな」

「ああいう花丸はにゃまるさんも……」

 倉持が小さい声で呟いた。

 やっぱこいつ多々良に好意を持ってるだろ。


「というわけで、来週から俺4日間くらい家にいないから」

「帰ってきていきなりそんなこと言われても分かりませんよ」

 ウズメは話の流れを理解してくれなかったらしい。

 そりゃそうだ。

「どこかへ行くのですか?」

「長崎ってところだ」

「肥前ですね?」

「いつの時代の知識かな?」

 それ歴史で出てくるやつだよね?

「冗談です。カステラが有名なところですよね?」

「知ってるんだな」

「一応、知識はありますよ」

 こいつの知識は怪しいところがあるからなあ……。

 なぜか神さまなのにド〇クエ知ってるし。

「私カステラが食べたいです」

「食べなくても済む体質なのに?」

「甘くておいしいじゃないですか!」

 それは分かるけど、神さまも何かを食べたいとかあるんだ。

 あ、でも前に聞いた話だと食べなくてもいいわりに家庭的な神様とかもいるって言ってたな。

 案外普通に食っているのかもしれない。

「そういえば幸さん、写真が落ちていましたよ」

「え、写真?」

「これなんですが……」

 ウズメが俺に差し出してきた写真。

 それは一昨日撮った……ってうわああああああああ!!!

「何で持ってんだよ!?」

「廊下に落ちてましたよ?」

 なんで落ちてるんだよ!

 大切にするって言ってたのに、大切にできていないとはこれいかに。

「幸さん、これいい写真ですね」

「見るなぁぁぁっ!!」

 ウズメから写真をひったくる。

 これはいかん!

「恥ずかしがることないですよ。仲の良さと、初々しさが伝わってきます」

 そんなニコニコしながら言われても!

「多々良さん、いかがでしたか?」

「そりゃもう可愛かったさ!」

 おっと、思わず本音が漏れてしまった。

「ふふふ」

 ウズメが楽しそうに笑う。

「い、今のはだな!」

「大丈夫ですよ、私、幸さんのことは応援していますから!」

「応援?な、なんの?」

「幸さんが多々良さんを想う気持ち、ですかね?」

「!!!」

 お、おおおおおお、俺が多々良を想う気持ち!?

 ちょっと待ってくれ、それはいったいどういう……。

「幸さん、顔真っ赤ですよ?」

「ううううううっさいわ!!」

「幸さん、面白いですね」

 なんでこいつに翻弄されてんだ俺は!!

「まったく……やっぱりいる」

 部屋には黒い球体。

 これもう見慣れたな。

「ツクヨミ起きてるか?」

「あ、幸くん!お帰りなさい!」

 球体が消え、中からツクヨミが出てきた。

 ほんと、あの球体は何でできてるんだろう……。

「ツクヨミにも言っておかなきゃいけないことなんだが、来週の月曜から4日間俺は家を空けるから」

「どっか行っちゃうの?」

「ああ、修学旅行なんだ」

「しゅうがくりょこう……?」

 ツクヨミはこういうのは知らないんだな。

 まあ、日中は起きてないし、そんなもんか。

「この前、学校に来ただろ?あそこにいる友達と学校のイベントで旅行に行くんだ」

「そうなんだ!じゃあ、幸くんには会えないのかな?」

「ここに来ても俺はいないぞって話だな」

「そのしゅうがくりょこうってどこに行くの?」

「長崎だ」

「肥前だね!」

「いつの時代の知識だろうね?」

 さっき同じ話をしたような気がするんだけど。

 神さまはみんな知識が古いんだろうか。

「幸くん、顔赤いね。どうかしたの?」

「えっ」

 ツクヨミが俺の顔を覗き込んできた。

 それはきっと、ウズメにいじめられたからだ。

 あいつ許さにゃい。

 つか近いっす。

「あ、もっと赤くなったよ?」

 それはあんたのせいだよ。

「幸くん、体調悪いの?」

「いやそういうわけじゃない。とりあえず近いっすツクヨミさん」

「あっ、ご、ごめんね!」

 ツクヨミが離れ、腰を下ろした。

「あ、そうだ幸くん」

「どうした?」

「これ、多々良ちゃんに貸してもらったんだけど……」

 と言いながらツクヨミが取り出したのは漫画。

 まさかの悠久のアクアリオだった。

「いつの間に多々良のところへ!?」

「この前ちょっと見せてもらった時、面白そうだなって思ったんだ!」

 漫画を読む神さまって何か想像できねえな。

「すごく面白かったよ!主人公のネロくん、カッコいいね!」 

「ああ、エアを助けるためなら何でもできるところが本当にかっこいいんだよな」

「そうそう!ちょっと自信過剰なところがあるけど、それもいいよね!」

「ああ、この漫画の主人公はコイツじゃないとできないな!」

「そうだね!多々良ちゃんにまた新しいの借りないと!」

「きっと多々良なら喜んで貸してくれるぞ」

 アクアリオ好きに悪い人はいないと、布教するのには熱心だからな。

「今日も夕飯食べていくのか?」

「うん」

「最近毎日だな」

「いつの間にか、ここで夕飯を食べていくことが当たり前になっちゃった」

 そういえば、ツクヨミと出会ってからもう2週間近く経つのか……。

「幸くんと一緒に話すのも、少し慣れたかも」

「そうだな、俺もだいぶ慣れたかもしれないな」

「私も幸くんもちょっとしゃべれるようになって、目標達成だね!やった」

「やったな」

 ツクヨミとタッチ。

 やっぱり、ツクヨミの笑顔は美しい。

「そういえば、私以外の女の人は話せるの?」

「えーっ……と、まあ……うん」

「えーなんか嘘くさいなあ」

「……まあ、その、ツクヨミはもう平気なんだけどな」

 話すと言えば問題はあの人だ。

 凜先輩……。

 なんだろう、美人すぎて緊張が常時マックスになってしまう。

 あの人はどうすれば話せるもんか……。

「私は平気……なんだか、特別な感じがするね、えへへ」

 何その反応、可愛いじゃないですか。

「あ、あのさ……」

「なんだ?」

 ツクヨミがもじもじしながら下を向く。

「ど、どうかしたのか?」

 聞くと、ツクヨミは意を決したようにこっちを向いた。

「と、隣に行ってもいいかな!?」

「隣!?」

 それはこの前のあれのような感じか!?

 ただこの前は発情期の多々良にあてられて俺が発情してたからな……今回は大丈夫だろうか。

「ちょ、ちょっと来てみてくれ」

「あ、ありがとう」

 この緊張感、ツクヨミと話し始めた頃のような……。

「じゃあ、お、お邪魔します……」

 言葉のチョイスが間違っているような……って近いな!?

 肩まで寄せちゃいますか!?

 それ完全に恋人の距離じゃないですか!

「つ、ツクヨミさん……?」

「ど、どう……?」

 どうと聞かれましても。

 ……超絶美少女のツクヨミが俺の隣に来ているというこの状況。

 短めだがさらっとした銀髪はやわらかく、首筋に当たってくすぐったい。

 そんでもって、なんだかいい香りがする。

 これが神の香りか……。

 横顔も綺麗で、いい匂いがして、なんだ……その髪に顔を突っ込んで匂いを嗅ぎたい。

 っていやいやいや!

 やべえ、すげえ緊張する……。

「恥ずかしいけど、なんだか恋人みたい……って、神さまなのにおかしいね、あはは」

 そういって恥ずかしそうに笑うツクヨミ。

 ……正直、ツクヨミもウズメも、神さまと言ってもその見た目は人間にしか見えない。

 別に、おかしくもなんともない!

「お、おかしく、ないと思うぞ!」

 ツクヨミの方を向き、目を見て言う。

 別にいいじゃないか、神さまと人間が恋したって。

 ツクヨミだって、誰か素敵な人を見つけることができるかもしれない。

「あ……幸くん」

 さっきも言ったが、今、俺とツクヨミの距離は非常に近い。

 向き合っているツクヨミは、抱き合っているのと同じくらい、近い。

 ……まあ何が言いたいかというと。

「顔、真っ赤だよ?」

「……仕方ねえじゃん」

 胸が、俺の身体に当たっているんです……。

 あなた、案外あるんですね。

「こういうの、私は経験ないからよく分からないけど、なんだか、恥ずかしいね」

 恥ずかしいどころの話じゃないんですけど。

 そうか、神さまはそういうことがあまりないから甘酸っぱい感じ的なことがよく分からないのか。

 ……いや、俺も甘酸っぱい感じとかよく分からないけど、この状況がとんでもなくは恥ずかしいものだってことは分かる。

 もし、目の前にいるのが多々良だとしても、恥ずかしくなっていただろう。

 ダメだ、これちょっと恥ずかしすぎる。

「あ、あの……」

「あ……ゴメンね幸くん」

 ツクヨミが俺から離れる。

 ……あー、やばかったー。


「ごちそうさん」

「ごちそうさまでした!」

「お粗末さまでした」

 最近、ウズメは母さんから料理を教わっているらしく、かなり成長している。

 普通にうまい……。

「幸さん、どうですか?」

 ウズメがにやにやしながら聞いてくる。

 多分うまいって言わせたいんだろう。

「うむ、結構結構」

「幸さんは素直じゃないです……」

 ウズメが微妙な顔をした。

 うん、キミを素直に褒めるのはなんだかしゃくなんだ、ごめんね。

「父さんはとってもうまいと思うぞ!」

「ウズメさん、すごい上達してるね~!」

「ありがとうございます、お父様、お母様」

「もういっそ幸のお嫁さんになってくれればいいのにね~」

「え、やだ」

 こんなの嫁にしたら間違いなく疲れるじゃん。

「ウズメの料理おいしい!姉さんの料理にも負けないくらい?」

「いえいえ、アマテラスさんにはかないませんよ。家事がとっても得意ですからね」

 やっぱり家事が得意な神さまって想像できねえな……。

「それにお父様お母様、私は幸さんのお嫁さんにはなれません。幸さんには好きな人がいますから、私は応援する立場でいたいと思っています」

「幸に好きな人!?」

「本当!?」

 父さんと母さんががばっと立ち上がった。

「ちょ、ちょっと待て!何の話だよ!?」

 袖が弱い力で引っ張られる。

「幸くん、好きな人いるの……?」

 なんでツクヨミは悲しそうな顔してるんですかね!?

「あら幸さん、多々良さんのことが大好きなんですよね?」

「たっ……!」

 言葉に詰まってしまう。

「幸、やっぱり多々良ちゃんが大好きなんだな!」

「多々良ちゃん、かわいいもんねえ」

「あっ、のっ……!」

 何か言いたいけど否定できないのが辛い。

 な、なんて言うべきなのか……!

「幸くん、多々良ちゃんのことが……」

 なんでそんな悲しそうなの!?

 とりあえずツクヨミを落ち着かせよう!

「お、落ち着いて、大丈夫……」

 ツクヨミの頭をなでる。

「だ、大丈夫……?」

 俺の言葉に父さんが首をかしげる。

 ごめん、俺も何言ってるのか分からない。

「ん……え、えへへ」

 ツクヨミが抱き着いてきた。

 破壊力抜群ですね。

 ちょっとこれやばい……。

「幸さん、顔が真っ赤ですよ?」

「うるせえ」

「ツクヨミちゃんもやり手ねえ」

「ああ、幸が翻弄されているな」

 ツクヨミからいい匂いがする……。

 ってああああああああああ!!

 落ち着けよ俺!!


「じゃあ、今日はもう出るね」

「おう、明日も来るのか?」

「もちろん」

 ツクヨミが部屋の窓から出て行った。

 羽がなくても飛べるのか……うらやましい。

「ん?」

 ケータイが振動している。

 あ、マナーモードから戻してなかった。

「もしもし?」

『今から行く。』

 電話が切れた。

 こっちの都合は聞いてくれないのかよ。

 というか今の誰だ。

 とっさに出たから名前も見てないし、一瞬で切れたから声の判断もできなかったぞ。

 ……ああ、姫川か。

 って、今から姫川が来るの?

 なんで?

 こんこん。

「早いな」

「行くって言った」

 部屋の窓から、姫川が入ってきた。

「えーと、なんか飲む?」

「お構いなく」

「そうか……」

 会話が途切れた。

「修学旅行、楽しみだな」

「うん」

 会話が途切れた。

「今日はどうしたんだ?」

「気分」

「初めてじゃないか?」

「うん」

 会話が途切れた。

 つ、続かねえ……!

 てか気分ってなんだ!?

 俺のところに遊びに来たかったってことか!?

「……嘘」

「はい?」

「気分、じゃない。佐倉に伝えたいことがあってきた」

「伝えたいこと?」

「そう」

 こ、こんな夜に伝えたいこと?

 なんだその、愛の告白のような……?

 ああいや、姫川のことだし、この前の騎士の設定やらなんちゃらとかいう可能性もある。

「とりあえず、隣に……」

 姫川が俺の隣に移動してきた。

 さっき、ツクヨミにされたように、肩を寄せてくる。

 あれ、俺って姫川とこうなるくらい仲良かったっけ?

 姫川の顔を見ても、当の本人は無表情なので何を考えているか分からない。

「はっ……はっ……」

 姫川の息が荒い。

 よく見ると頬が微妙に赤い。

 ……あれ?

「ちょっと、押し倒していい?」

「発情期か!!!」

 姫川から一気に離れた。

 あぶねええええええええ!!!

「……ふふふ」

「は?」

「佐倉、慌てすぎ。面白い」

「え?」

 ふふふ、と笑いながら無表情で肩を震わせる姫川。

 その笑い方怖いんですけど。

「さっきのは冗談、からかっただけ。ほんとは修学旅行のこと」

「ああ……そう」

「自由行動の時間、うちらの班も軍艦島に行く」

「そうなのか」

 ということは、姫川とも軍艦島に行くことになるのか。

「一緒に、行動したい」

「班の人たちは?」

「……うちは、クラスに友達がいない」

「そ、そうか」

「班分け、うちだけあまって3人の女の子グループに入ることになった。気まずい」

 それは確かに……。

「あっちも、うちになんか気を使ってる感じがする。だから、自由行動の時間は、別行動しようと思ってる」

「それでいいのか?」

「あっちも、うちが混ざるより、3人でいた方が楽しいと思う」

 仲良くなればいいじゃないかと言いたいが、姫川はそもそも会話があまり得意じゃない。

 それに、俺がもし同じ状況になったら、人のことは言えない。

「分かった、姫川と、あと班の人もそれでいいって言うんなら、一緒に行動しよう」

「ありがとう」

「友達の頼みなら聞いてやらないとな」

「佐倉は、優しい」

「好きになっちゃったか?」

「無理してそういうこと言わない方がいい。佐倉、顔赤い」

 友達なら冗談で言えると思ったんだけどなー……。

 俺の顔はそういうことを言うのに適さないらしい。

「でも、嫌いじゃない。なんなら今2人きりだし……」

 座っていた俺のベッドに、姫川が横になった。

「こういうこと、してみる?」

「いいいいいいやあのあのあのあの」

「やっぱり佐倉は、からかい甲斐がいがある」

 姫川は起き上がると、俺に近づいてきた。

「な、なんだ?」

「佐倉、いろいろ感謝してる。今日は、お礼」

 ちゅっ。

 かすかな音がして、頬に柔らかな感触。

「……え」

「話を聞いてくれてありがとう。今日は帰る。また明日」

「お、おう……」

 窓から飛び去っていく姫川。

 お、俺、今姫川にキスされたのか……?

 外見はあまり女を感じさせないような姫川だが、さっきの表情は……。

「え、ええ……?」


「うーん、発情期って、いろいろ大変なんだな……」


「ユキちゃん、修学旅行の準備はできた?」

「まあぼちぼちってところかな」

「早めに用意しておかにゃいと、いざ直前ににゃって、『あれがにゃああああああい!!』ってにゃるよ」

 あれがにゃああああああいってなんか和むな。

「そうだな、早めに準備を終わらせておくよ」

「それがいいよ。……あ」

 多々良が空を見上げた。

「どうした?」

「見て見てユキちゃん、綺月が飛んでるよ」

「えっ」

 かなりのスピードと、それを支える大きな黒い翼。

 空を見上げると、そこには確かに学校へ向かう姫川の姿が。

 姫川を見ると、昨日のことを思い出す。

 昨日、姫川に頬にキスされた……。

 キスの経験は、頬にも唇にもある。

 ただ、多々良以外の女の子からされたのは初めてだ。

 姫川……俺のこと、どう思ってるんだろう?

「ユキちゃん、顔赤いよ?」

「え!?あ、な、なんだ!?」

「にゃんで顔赤いの?」

「な、何でもない何でもない!」

「そう?」

「ほら、早く学校行こうぜ」

「わ、わわっ」

 多々良の手を引く。

 多分、ちょっと早足になってそうだ。

「そういえば前から思ってたんだけど、どうやって俺の顔が赤いって判断してるんだ?」

「え?」

「俺の顔も、白黒にしか見えないんだろ?」

「あー、うん、そうだね。白黒にしか見えにゃいんだけど、ユキちゃんの顔がいつもより黒くにゃってる時があって、人間恥ずかしくにゃると顔が赤くにゃるって言うから、赤くにゃってるよって言ってるだけ」

「そうだったのか……」

 ちょっと色が分かるようになったのかとか期待した俺だが、そうではないようだ。

「ユキちゃんはとっても顔に出やすいから、分かりやすいよ!」

「そうか……」

 あんまりうれしくない。

 顔に出やすいとか、気を付けないとな。

「それにしても、ユキちゃんまだ顔が赤いけど、ほんとにどうしたの?」

「えっ!あ、いや……」

「にゃんか怪しい……ほら、たたらちゃんにはにゃしてみにゃさいよ!」

 うーん、ここは多々良に言ってしまうのもアリか……?


「え、昨日、綺月が!?」

「そうなんだよ」

 昨晩、姫川にキスされたことを正直に話した。

「綺月、ユキちゃんのこと好きだったの?」

「そんな話は聞いてないんだけど……」

「他に何か変なことはあった?」

「うーん、部屋に押しかけてきた時、なんだか妙に大胆だったような……」

 首を傾げた後、多々良のしっぽがピンと立った。

「発情期じゃにゃい?」

「そのあと俺をからかっただけ、とか言ってたんだけど……」

「これで綺月がユキちゃんのことが好きだったら、にゃんか面白いね!」

 正直面白くもなんともない。

 これでもし、例えば姫川が俺のことを好いていた場合、俺の状況が不利になる。

 この際はっきりさせておくと、俺は多々良が好きだ。

 ただ、姫川と多々良が会話をしていて、姫川の俺への行為が多々良に知れたらどうなるか。

 その場合、俺が多々良に好きだと伝えても、自己評価の低い多々良は「たたらより綺月がいるよ」ってなると思う。

 そうなると、俺が多々良へ思いを伝えるのが難しくなってしまう。

 これは、困る。

 まあ、姫川が俺のことが好きだってことは、ないと思うけど。

「ユキちゃん、綺月のことは嫌い?」

「え、嫌いじゃないぞ。友達としてならむしろ好きな方だ」

「……おんにゃの子としては?」

「正直、姫川のことをあまり女の子として見たことがない……」

 姫川に対しては本当に失礼なことなのだが……。

「ユキちゃん……綺月だって女の子だよ?」

「これからは見れそうだよ」

 今までは……そうだな。

 整った中性的な顔立ち、鳥人特有の鋭い目つき、短めの白髪に、これも仕方ないことだが、鳥人特有の薄い胸。

 そんでもって、長身と、普段あまり変わらない表情。

 うん、女の子として見たことなかったね。

 でも、昨日見せた表情。

 あれはなんというか、今まで見たことない、妖艶さを感じさせるものだった。

 やっぱり発情期だったんじゃ……?

「あー、ユキちゃんと綺月にゃら、イケメン同士お似合いかもね!」

「そっくりそのまま言葉返すけど、姫川も女だぞ?」

「だって綺月、可愛いって言われても喜ばにゃいんだもん」

 そういえば前にそんなこと言ってたな。

 可愛いと言われるのは好きじゃないと。

 姫川にかわいいという言葉が似合う日は来るのだろうか。

「あ、ユキちゃん、今日の放課後、買い物に行こー」

「おう、いいぞ」


 ……というわけで。

「何を買うんだ?」

「靴下とか!そろそろ替え時だと思って!」

「ああそういうことか。俺も買っておこうかな」

 ……靴下とか。

 とかってなんだ。

「にゃんだろ、別にユキちゃんじゃにゃくてもよかったようにゃ……」

「うん、俺じゃなくても姫川とかでもよかった気がするぞ」

「そうだね……下着とかも買う予定だし……」

「し、下着!?」

「ユキちゃん、慌てすぎだよ……」

 し、下着か……。

 前に見た多々良の下着を思い出す。

 そう、白下着……。

「さ、修学旅行の準備しに行くよ」

「そ、そうだな」

 多々良の下着……。

「……ユキちゃん」

「さあ買いに行こう!!」

 ごめん多々良、俺も男子高校生だったりするからさ。

 結構ね、俺もそういうの嫌いじゃないのよ。

「靴下はー……うん、適当でいいか」

「ユキちゃん黒い靴下がほとんどだよね」

「そういう多々良も白靴下がほとんどだろ」

「……子供っぽいかにゃ?」

「いや、見た目的には似合っていると思うぞ」

 見た目が幼いから、白靴下は結構似合う。

「……それ子供っぽいって言ってるよね!?」

「いやいや」

 言ってない……うん、言ってないぞ。

「白以外の靴下も持っておいた方がいいのかにゃ?」

「まあ修学旅行は私服だから……多々良は私服でも白だもんな」

「ユキちゃんも私服でも大体黒靴下だよ」

 ……俺も多々良も、コーディネイトとかはあまり自信ない。

「まあでも、ユキちゃんは身長があってイケメンだからホスト風の服でも大丈夫だよね」

「そんな恰好で外出たくないんだけど」

「見てみたいかもしれにゃい」

「うーん、多々良の前でだけ、なら」

「聞いちゃったからねー」

 多々良を連れて、靴下が売っているところまで連れていく。

「いつも通り白いのでいいかー」

「ワンポイント付きとかでもいいんじゃないか?」

「真っ白ってのも味気にゃいかー」

 並んでいる靴下の中から、ワンポイントが入った靴下などを選んでいく。

「うーん、ワンポイントって言っても多々良には何色にゃにいろか分からにゃいからにゃー」

「あー……」

「まあ、みんにゃに見られるところだから、ちょっとくらいは気にした方がいいかー」

 買い物かごの中に、靴下が入れられていく。

 俺も買うか……うん、黒の靴下でいいよな。

「ユキちゃん買い終わった?」

「買い終わったぞ」

「じゃあ次行くよ~」

 多々良が俺の手を引いて歩いていく。

「大丈夫か?」

「大丈夫大丈夫!周りには気をつけてるから!」

 そうは言うが、少しふらふらしていて危なっかしい。

「危ないぞ」

 観葉植物にぶつかりそうになった多々良を止める。

「えっへへ……やっぱ先に行っちゃダメだね……」

 多々良が少し寂しそうな顔をする。

「多々良、無理はしないでくれよな。必要なら、俺が手を引いてやるから」

「うん、ありがとう……」

「で、どっちに行けばいいんだ?」

「あそこを、右に行くの」

「了解!」

 多々良の手を引いて店へ向かう。

「え、俺ここに入るの?」

 来た店はなんとランジェリーショップ。

「うん……まあ、一人じゃあまり確認できにゃいし……」

 これやっぱり俺じゃなくて姫川と来た方がいいんじゃないか。

「え、選ぶ下着は決まってるのか?」

「まあ、白っぽいので……」

 この前の……。

「う、上も新しいの買おうかにゃって」

「上も……ですか」

 つまりあれですよね。

 ……ブラジャーってやつですよね。

「パパッと選んじゃおうぜ」

「そ、そうだね」

 ランジェリーショップに入ってきた男に、店の中で下着を物色していた女性客がぎょっとする。

 ごめんなさい、通報しないでください。

「下着ってサイズとかどうするんだ?」

「お店の人にたたらの……その、お、おっぱいのサイズを教えて、そしたら、店員さんが合うサイズのブラを教えてくれるよ」

「なんかすまん」

 多々良が恥ずかしそうに顔を伏せる。

 多々良の口からおっぱいなんて言葉初めて聞いたような気がする。

「じゃあ聞いてくればいいんじゃないか?」

「うん」

 多々良が店員に話しかけに行く。

 俺はどうするか……。

 店の外で待ってようか。

 ……下着って、いろんな種類があるんだな。

 人間用と、しっぽがある亜人用とか。

 あとは、ちょっとセクシーなやつとか。

 ……わ、ガーターベルトだ、存在自体が都市伝説だと思ってたぜ。

 おいおい、なんだあの下着。

 大事な部分以外は透けてるじゃねえか。

 あんなの穿く人いるんだろうか。

 って!!何俺は下着を凝視してるんだ!

 早く出ないと……!

 ……あれ、そういえば一人じゃ確認できないって多々良が言っていたような。

 ということは。

『ユキちゃーん』

 多々良から呼ばれる。

 これもしかして多々良の下着姿を見ないといけないんじゃ?

 試着室の中に、小さい影が見える。

 決して子供というわけではなく、出るところは、出ている。

 やっぱ多々良って結構……うん、大きいよな。

「お、俺はどうすればいいんだ?」

『まあ、ちょっと恥ずかしいんだけど……下着の試着をしたから、似合うがどうか確認してほしいにゃ』

 ……ですよね。

 今回はハプニングではなく似合うかどうかの確認という大義名分が……いややっぱりなんか恥ずかしいわ。

『あ、開けるよ』

「お、おう」

 カーテンが開く。

「お、おお……」

「あ、あまりじろじろ見にゃいで……!」

 さすがに恥ずかしいのか、上だけ下着姿の多々良が現れた。

「に、似合ってる?」

 白い下着は、清楚な雰囲気を醸し出している。

 それでいてしっかりと胸を支えており、多々良の大きな胸を強調させている。

 ……えろい。

「ゆ、ユキちゃん?」

「ああ、に、似合ってると思うぞ」

「ありがとう!」

 そういった瞬間、多々良がすごい勢いでカーテンを閉めた。

 一瞬見えたが多々良の顔は真っ赤だった。

 恥ずかしさが限界に達したらしい。

『し、下は自分で選ぶから、ユキちゃんはお店の外で待ってていいよ!』

「わ、分かった」

 店の外へ出て、一息つく。

 ……なんか、疲れた。

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