第39話 アルメキア王国四大貴族

 カレン・サイトウは、シグムンドの執務室で、シグムンド・フォン・グナイティキ公爵と向かい合っていた。部屋には公爵家の娘ユリア、そして護衛役のレリュートも立ち会っており、グラン王国への大使館からセフィール王女も同席していた。


 レリュートは、一歩前に進み出ると、シグムンドと王女に向かって恭しく頭を下げた。


「公爵様、セフィール様。お時間をいただき恐縮です。ご紹介いたします。私の義妹いもうとにあたります、ロウガ・サイトウの娘、カレン・サイトウでございます」


 カレンは背筋を伸ばし、深々と礼をした。その立ち姿には一点の曇りもない。


「お初にお目にかかります。グナイティキ公爵様、改めまして私はロウガ・サイトウの娘、カレン・サイトウでございます」


 シグムンドは髭を撫で、満足そうに目を細めた。その目には、測るような光が宿っている。


「ほう。お主がロウガとルシア殿の娘か。髪の色はロウガの遺伝だろうが、顔立ちはルシア殿の面影があるな」


 シグムンドは朗らかに笑い、続けた。


「歓迎しよう、カレンさん」


 カレンは一瞬の逡巡も見せず、毅然とした表情でシグムンドの目を見つめた。背筋を伸ばし、淀みない口調で公爵に願い出た。


「早速でございますが、グラン王国への道中、ユリア様の補佐役として、私もレリュート兄さんに同行させていただけますでしょうか?」


 シグムンドはカレンの願いを聞き終えると、わずかに目を細め、隣に座るセフィール王女に視線を向けた。


「セフィール様。カレンさんの同行について、護衛対象である王女様のご意見を伺ってもよろしいでしょうか」


 セフィール王女は、静かに微笑むと、優雅に卓に身を乗り出した。その仕草は、周囲の緊張を和らげるようにたおやかだった。


「もちろんです、公爵。護衛が手厚くなるのは大歓迎ですわ。それに、カレンさん。かの英雄ロウガ・サイトウ様のご息女と伺っております。ぜひ、道中いろいろとお話を聞かせていただきたいと思っておりましたの」


 セフィールは好奇心に満ちた瞳でカレンを見つめ、続けた。


「どうか、ご一緒させてくださいね」


 ユリアは、緊張した面持ちだったカレンに対し、心からの笑顔を向けた。


「カレンさん、ありがとうございます。レリュートさんだけでなく、貴女にも同行していただけるなんて、心強い限りです。どうぞ、道中よろしくお願いいたします」


 力強く頷いたシグムンドの言葉は、娘の護衛役であるレリュートへの信頼と、ロウガの娘への期待に満ちていた。


「うむ。もちろんだ。セフィール様とユリアの護衛は、今やグナイティキ家にとって最も重要な任務の一つである。君の協力を歓迎しよう、カレンさん」


 シグムンドは椅子に座り直すと、一瞬、遠い目をした。口調は一転して、友を案じる柔らかなものになった。


「それで……少し私的なことを尋ねてもよろしいだろうか」


 彼の視線は、カレンの顔ではなく、過ぎ去った日々の虚空の一点を見つめていた。


「君の父、ロウガ・サイトウのことだ。彼はかつての私の側近であり、友であった。平民の身ながら『不敗の剣聖』と呼ばれた稀有な男だった」


 ロウガ・サイトウは、身分違いの恋に落ち、大貴族の娘と駆け落ちという形でアルメキア王国を出奔した。その英雄譚は、アルメキアの平民の間で有名な話として語り継がれている。


「彼が出奔した折、私は彼の力になれずに後悔したものだ。ロウガはもちろんだが、ルシア殿はご壮健であるのかな?」


 カレンはシグムンドの深い心情を察し、静かに答えた。


「はい、公爵様。私の母、ルシア・ルクス・セラウスは、セラウスの名を捨てて、父と共に出奔後にエントラルトで生活をしています。今も元気です」


 シグムンドは、口元を緩め、遠い目をする。友の過酷な運命を思いやる複雑な感情を滲ませ、静かに呟いた。


「そうか……エントラルトで暮らしているのだな。それは何よりだ」


 シグムンドの内心では、カレンの返答がもたらした驚くべき事実が渦巻いていた。


 セラウス家は、グナイティキ家、アルトカーシャ家、トラマティス家と並び称される、アルメキア王国四大貴族の一角である。


 四大貴族はアルメキア王国創立時から続く大貴族の家柄であり、聖剣ユグドラシルと共に聖者アルメートが身に着けていた聖武具の一つであるミーミスブルンを所有している名門である。


 このうち、グナイティキ家とアルトカーシャ家は王族の血を引く者との降嫁を経て公爵位を継ぐが、トラマティス家とセラウス家は侯爵位である。


 上位貴族の女性に与えられる名である『ルクス』を冠していることからも、彼女が正真正銘の貴族の血筋であることが裏付けられる。ロウガが平民出身であるのに対し、その妻が王家に匹敵する権力を持つ四大貴族の娘であったという事実は、二人の婚姻が周囲に認められず、国を出るという過酷な決断を迫られた理由を、シグムンドは改めて理解した。


(ロウガ……すまない。親友の娘を、積極的に政局に利用しようとするのは、私の良心に悖る。だが、彼女の血筋が持つ意味は重すぎる。グナイティキ家を守り、ユリアの尊い意志を通すために、セラウス家を含めたアルメキア王国の貴族や権力者を味方に引き入れる手段は、すべて講じておくべきだ)


 シグムンドは、セラウス家の血を引くカレンを通じて、極秘裏にセラウス家との密談の場を持てるのではないかと考えた。グナイティキ家は現在、アルトカーシャ公爵の策略により王に謀反人として見なされているが、四大貴族の中でも、中立または王への忠誠を保っているセラウス家との繋がりは、今後極めて重要になる。


 四大貴族のうちトラマティス家がグナイティキ家の味方をすることを表明した為、セラウス家を味方に引き入れれば、レオンハルトとアルトカーシャ公爵は、自身を除くすべての四大貴族を敵にすることとなる。


 むろん四大貴族以外の貴族たちの動向も多少は政局に作用するだろうが、ほとんどの貴族は四大貴族の派閥に属しているので、彼らの動向に追従するだろう。


 シグムンドは前のめりになり、真剣な眼差しで問いを発した。彼の声には、すでに政治的な思惑が混じっている。


「しかし、セラウス家ともあろう名門の娘が、駆け落ちして行方知れずとなれば、家としては手を切ったていをとらざるを得なかったであろう。君の母上は、その後、実家と接触することはあったのか?」


 カレンは、シグムンドの問いに一瞬躊躇したが、すぐに腹を決め、静かに、しかしはっきりと告げた。その瞳は、公爵の思惑を理解しているように揺らがなかった。


「はい。母はアルメキアを出た後も、極秘裏にセラウス家とは連絡を取り合っています。表向きは勘当されていますが、母は、時折、書簡しょかんなどで、父であるセラウス侯と連絡を取っているようです。血縁上、祖父にあたりますので、一度ご挨拶したいと考えていますが、グナイティキ家の現状を考えると、ご迷惑をおかけすることになるでしょうか?」


 シグムンドは、目元に確信の光を宿し、歓喜を隠すように深く息を吐いた。


 シグムンドは声を潜め、前置きした。


「グナイティキ家を介さず、君個人として接触されるのであればそう難しくはないだろう。だが、敢えて我が家を介してセラウス家と接触してはもらえないかな?」


 カレンは公爵の意図を正確に読み取り、レリュートに確認を取るように彼を見つめて、彼が頷くのを確認すると、少しの間を置いて尋ね返した。


「つまり、私を交渉の足がかりとして、グナイティキ家がセラウス家との公式な会談を持つことをお望み、ということでしょうか?」


 シグムンドは深く頷き、言葉に力を込めた。


「うむ……少しでも国内に味方を増やしておきたいのだ。無論、君にも都合があるだろう。断ってくれても構わない」


 カレンは即座に、迷いなく頷いた。


「いえ、お引き受けいたします。兄が長年お世話になっているグナイティキ家の力になりたいですし、父もそれを想定し、私を送り出したと心得ています」


「そうか。そうであったか……。カレンさん。ありがとう。君の同行を心より歓迎する。ユリアと、そして我々グナイティキ家を、どうかよろしく頼む」


 シグムンドは深々と頭を下げた。それはもはや、主が忠実な協力者に命じる仕草ではなく、運命共同体の盟友に対する心からの敬意の表れだった。



以下、執筆メモ

https://kakuyomu.jp/users/imohagi/news/822139838802886106

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