「准将さんの攻撃の方が早いしかっこいいし剣も長くて大きくて強そうですけどっ」 「見た目だけな。こういうときは技名を叫んだ方が勝つ」

 

 半球状の力場が周辺の砕けた彫像を飲み込む。表面が張力でたわんだ。割れる寸前のシャボン玉のようだった。


「私がどれほどこいねがおうと、貴女は私の望むとおりにならなかった」

 黒いはずのザフエルの眼に、白銀の狂信が射す。


 闇がはじけた。

「……《黒炎射》!」

 中から無数に黒線の矢が放たれる。

「貴女が犯すはずだった罪を。貴女が堕ちるはずだった狂気を。貴女が滅ぼすはずだったこの国を、民を。代わりに私が、をもって浄化する」

 言葉を区切るたび、手当たり次第に乱射する。呪力が尽きるまで撃ち続けるつもりのようだった。


「そんなこと、誰も望んでない」

 ニコルは腕で眼をかばった。前へとよろめき出る。


 細い光柱が頭上から差す。床の照準点を中心に、紫に光る魔法陣が無数に描き出された。


  ──‡ 叡智あれ、《聖属性付加アダ・サンクトゥス》 ‡──


 終わりの始まりを告げる死の角笛が鳴り渡る。


「近づくな」

 チェシーが振り返りもせずに怒鳴る。

 不協和音が耳を聾した。床全体に多重同心円のさざなみが展開する。

 糸のように細い十字の照準が、円の中心点と重なった。

 直後。光の爆雷がチェシーのいた地面を打ち抜いた。


「……っ!」

 頭から横っ飛びに転がって回避。肩で受け身を取り、手をついて立ち上がる。

 同心円内の地面がえぐられて真っ赤に染まった。ガラスの砕ける残響がばらまかれる。溶けた煙が苦い。喉を刺す。

「ふん、この程度の攻撃ならどうという……」

 続けざまの攻撃。狙い澄ました光の柱が降る。

「しつこい!」

 かろうじて避ける。光点は、執拗な猟犬のようにチェシーの足跡を追った。広い歩幅で飛べば長い間隔で。その場で態勢を整えようと立ち止まれば、狭い範囲に小刻みな集中砲火。


「くそ、自動追尾か。うっとうしい」


 チェシーは間一髪でかわし、にじむ汗を袖でぬぐった。


 唯一の脱出口である地下聖堂の扉は、とうに爆散済み。この地下殿堂から外へ逃げることはできない。

 上層へとつながる階段は、通路の奥で完全に落盤している。

 天井は吹き抜けにこそなってはいるが、地上へ出るまでいったいどれほどの深さがあるかもわからない。まさしく地の底。逃げ場のない隅に追い詰められたら終わりだ。


 光の柱に追われるチェシーを見て、アンドレーエは思わず吹き出した。《静寂イーサ》を光らせて、轟音の中、遠話の声だけをチェシーの耳元へ飛ばす。


「よう、ざまぁねえなあ」

「やかましい!」

「《聖属性付加》って言やあ、総主教猊下御自らお示しくださるありがたい《祝福洗脳》そのものだぞ」

 いいながら、少しでも中心から離れた太い柱の裏側へと回り込んで、身を低く伏せる。


「《祝福洗脳》……?」

 今はそれどころではない気もしたが、ニコルは思わず聞き返した。

 アンドレーエは防護ゴーグルを引き下げる。声がくぐもった。

「おうよ。聖騎士叙任のときに気づかなかったか? ってことさ」


 頭上を火炎弾が通り過ぎた。背後で爆発する。

「きゃあああんっ!」

 頭を抱えて突っ伏すアンシュベルの髪の毛が逆立った。伏せた首すじに小さく、青い光のかけらが反射する。


「主だった聖騎士連中はほぼ全員、叙任のおりに総主教ローゼンクランツの《教化思想改造》を授かってるはずだぜ。おありがてえ《叡智アンサズ》のお説教をな。俺ははなっから眠い音を遮断して、催眠にかかったふりだけをしてきたが」

 アンシュベルの髪の毛に入り込んだ小石をつまみ取って捨て、ゴーグルをつけてやりながら言う。

 ニコルは動悸がしてくるのを感じて胸を押さえた。

「ということは、まさか、エッシェンバッハさんや僕も実は洗脳され済みってこと……?」

「はっはっは、親愛なるアーテュラス同志よ! 貴公がかかってたら、最初からこんなややこしい話になってねェわ」

 ゴーグルの下の眼が、苦々しく煙の奥のザフエルを見やる。

「だが、あいつだけは、もしかしたら」


 チェシーは壊れた投影機をとっかかりにして跳躍した。

「さてと。そろそろいいところを見せとかないとな。いいかげん愛想を尽かされる」

 ねじ曲がった歯車や焦げた基板が、ばらばらとこそげ落ちる。

 上背のある体躯にもかかわらず、しなやかな身のこなしで空を駆ける。大胆に身体を横にひねり、落下の勢いに遠心力を加えて加速。

 振り抜く。

「……落ちろッ!」

 右斜め上からの回転撃。斬るというより叩き割るに近い超重量級の一撃だ。皮一枚分でも刃がかすめれば十分、首から上を肉骨片の霧にできる。


 ザフエルは眉ひとつ、頬の筋肉ひとつ動かさなかった。

 振り向きざまにサーベル一本で受け止める。


 高さ。速度。重量。殺気。すべて込めた衝撃が、手の骨から背骨まで直通で伝わった。

「やったか……!?」

 高揚した眼光と、対照的に何の情感もない仮面の表情とが正面からぶつかり合う。落差があかあかと照らし出された。


 噛み合った鋼同士が、音を立てて削れた。ザフエルの足元が陥没する。ひび割れが四方に走った。

 一瞬の発煙。甲高い残響の火花が散った。

 刀身を覆う《破壊ハガラズ》の結界が、結晶片となって剥がれ落ちる。

 円弧の形をした衝撃波が横滑りし、ザフエルの左右に分かたれた。彗星となって流れる。

 背後の壁が砕けた。


「無傷かよ。少しは痛そうなツラをしたらどうだ」

 渾身の初撃はつげきを、こうもあっけなく防がれるとは。

 チェシーは顔をゆがめる。

 着地。流れるような動作で即座に連続攻撃へと移る。

 がりっと奥歯を鳴らす。噛み合った刀身を上に跳ね上げ、深く前へと踏み込む。懐深く切り込んだ。受け流される。一拍遅れて、地響きが揺れる。構わずギリギリと力まかせに押し込んだ。込めた力をぱっと抜いて、反動で前のめりになったサーベルを払い落とす。手首を返し、袖口の下から斬りあげる。切先が結界にさえぎられた。火花が鋸歯のような線を描く。

 そこまでが一瞬。


 ただサーベルを手にぬらりくらりと突っ立っているだけのように見えて、いくら切り込んでもつけ入る隙がない。

 ザフエルはため息をついた。

「手応えのない。ずいぶんと焼きが回りましたな」

「放っとけ!」

「……消し飛びなさい」

 視野の外側からすくい上げるような輝跡が飛び込んだ。黒い火球。熱した鉄球のような衝撃を、まともにみぞおちへ食らう。

 チェシーは仰向けに吹っ飛んだ。

 流星の炎が放射状に四方八方へと流れ落ちてゆく。

「くっ……!」

 何とか身をよじって着地した。服に着火するのを消すために転がって、降りかかる火の粉をかわす。


「《聖属性付加》が続く以上、圧倒的にサリスヴァールが不利だな」

 アンドレーエが他人事のように解説した。

「そんなの見ればわかりますよ。問題はどうやって効果を解除するかで」

 ニコルが言い返そうとするのをさえぎって。

「えーそうなんですかぁーアンドレさんするどーい」

 さすが空気の読めるアンシュベル。近づくなと言わんばかりにニコルの肘を取って反対側へ押しのけ、代わりにもう片方の手をぷるぷるわなわなさせて聞き返す。

「准将さんの攻撃の方が早いしかっこいいし剣も長くて大きくて強そうですけどっ」

「見た目だけな。こういうときは技名を叫んだ方が勝つ」

 アンドレーエはひそひそと陰口を叩く。

「ホーラダイン相手に……」

「やかましいわ。外野はすっこんでろ」

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