白く、やわらかな、薄手の

 深夜。

 ニコルは深い眠りの中にあった。


 アンシュベルは結局、「大丈夫でしたぁ!」の書き置きを残してそのままいなくなってしまい、夜になっても戻って来ず。

 また、本来ならば護衛として隣室に宿直とのいせねばならぬはずのチェシーの気配もなく。

 誰も見咎める者のない、その寝室に。


 ひそやかな夜の香りが吹き込んだ。


 闇の中、足音を忍ばせ、凍り付くガラス越しの雪明かりにうっすらと淡く透きとおる夜着を身にまとい――

 毛皮のショールを、靴を、絹の手袋を、銀の髪飾りを、身にまとうものを残らず振り捨てて、一歩、また、一歩。

 長い、美しい黒髪を、揺らぎ立つ情念のように青白い肌へと絡みつかせて。

 裸身の女が、ニコルの眠る寝台へと近づいてゆく。



「アーテュラスさま」

 死人のように青白くなまめいた微笑みをたたえ、ユーディットが呼びかけた。


 返事はない。


 天蓋から下がるカーテンの隙間から、ふにゃふにゃと呑気な寝息だけが聞こえてくる。

 ユーディットは、カーテンをそっとかきわけた。

 奔放な寝相がベッドの上に転がっている。


 毛布はさんざんに蹴飛ばされて、足元で団子状態になっていた。半分脱げかけたナイトキャップから、くしゃくしゃの髪の毛がはみ出している。

 枕もまた、もちろん頭ではなく足の下にあり、愛用らしきよれよれ水玉パジャマの裾もひどくみだれていて、めくれた下から、毛糸のぱんつがはみ出すほどだ。

 おなかまるだしで、すぴー、すぴー、と、大の字で心地よさそうに眠っている。

 まるで子供だ。


 男にしてはあまりにも線の細すぎる身体を、ユーディットは喪失の眼差しでぼんやりと見つめた。


 それなりに暖かそうなピンクと白のしましま模様が入った毛糸の腹巻きが、腰のあたりからもこもこと盛り上がってはみ出している。


「アーテュラスさま」

 ユーディットは再度声をかけた。だが起きる様子はない。仕方なく、ニコルの腕に触れて、二、三度、揺する。

「起きてくださいまし」

 やはり反応はない。

 ユーディットは濡れたようにひかる妖艶な裸身を月光に晒したまま、ベッドへとよじのぼった。なまめく手つきで腰を撫で、馬乗りにまたぐ。

「いじわるをなさらないで。どうか、哀れな娘に今宵一夜のお慈悲を賜りますよう……」


「う、うーん重い……? ふにゃぁ……?」

 声に目を覚ましかけたのか、ニコルは大きく寝返りを打った。突然のことに胸板に強く指先が突き当たる。ユーディットは電撃に触れたかのように手を引いた。手首を押さえ、触れた指先を見下ろし、目をみはる。


「今の、は」

 呼吸があわただしく乱れ、たじろいだ視線が闇へと泳いだ。口元がけわしく引き結ばれる。


 ユーディットは馬乗りになったまま、ニコルのパジャマの胸元を押し開いた。

 だが、そこにあるべき筋肉は、まるで思いもよらぬものに覆われていた。白く、柔らかな、薄手の――

 指先でそれに触れる。


「これは、いったい」


 ユーディットは声を呑んだ。

 驚愕の眼差しを、食い入るようにそれへと突き刺す。


 まぎれもなく。

 女の。

 ほんのりと淡く、うぶな赤みを帯びた、どう見ても男の筋骨とはかけ離れたそれのかたちへと。



 そのとき、ふいに。

 夜闇を切り裂く警戒警報の音が、けたたましく城中に鳴り響いた。

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