【完結】 exile 異端《ウィルド》の血を引く魔女であることを隠すため、性別を偽り男装して聖騎士となったのに付き従う部下は超女ったらし亡命者と無表情にグイグイ迫る黒髪黒瞳の鉄血参謀
「分かった分かった、謝ればいいんだろ。フン、悪かったな」
「分かった分かった、謝ればいいんだろ。フン、悪かったな」
「……うっ……」
ニコルは情けない声をあげると、ふにゃふにゃのしおしお状態になってくずおれた。
「こ、こわ、怖かった」
処理能力の限界をはるかに超えてしまった頭のてっぺんからぷすぷすと煙が立ちのぼっていく。
「やれやれだな、まったく。男を道具扱いとは」
チェシーひとりが余裕たっぷりに肩をすくめる。
「どうしたものかな、あれは」
そのまま何やら考え込みつつ、シャーリアの飛び出していった扉を不遜に見やってあごを撫でまわす。
「姉上は、わ、悪くない。悪いのは僕なんだ」
フランゼスが弱々しく首を振った。ぎごちなく身を起こし、壊されたフレスコ画に少しでも近づこうと身体を浮かしにかかる。
「姉上に、ご迷惑ばかりかけて。何の、力にもなれなくて」
「フラン、そうじゃないよ」
ニコルは無理をするフランゼスの手にそっと触れた。やさしく押しとどめる。
「君は研究者であって軍人じゃない。全然、違うんだよ」
「あ、あ、ありがとう」
フランゼスは泣きくずれそうな顔で微笑んだ。
「君の、言葉にはいつも励まされてばかりだ」
ニコルもまた、ちいさくかぶりを振る。
「僕のほうこそ。フランが信じるって言ってくれて本当に嬉しかった」
「だって、友達……」
言いかけてフランゼスはふと、チェシーを見上げた。
声もなくしばし見つめたあと、気後れしたふうにゆっくりとぎごちなくニコルへ視線を戻す。
「ニコルは、どうして……その人を信じられるの」
「え」
「敵国の軍人だったのに」
唐突に聞かれ、ニコルはどきっとした。目をぱちぱちさせ、短く息を吸い止める。
「どうしてって、その、ええと」
集まる視線に少し、赤くなる。
「な、何ででしょうね……?」
チェシーがじろりと性悪な横眼を走らせた。
「そこで疑問形を使うか普通」
ニコルはあわててハンカチで冷や汗を拭いた。言い訳じみた仕草で鼻をこする。
「いや、その、たぶん、僕がフランのことを思ってるのと同じで、チェシーさんも、その」
なぜか胸の奥の深いところがちくりと――痛いほどに、苦しくなって。
ニコルはあわててチェシーから眼をそらした。ごくりと喉を鳴らす。チェシーは眉だけを吊り上げ、ふんと小馬鹿にして笑った。
「相変わらず甘っちょろいことを。これだからお子様は」
「ななな何ですその態度」
ニコルはたちどころに、耳の先まで真っ赤に茹で上げて噛みついた。
「いいい今すんごく馬鹿にしたでしょう。せっかく今までの働きを鑑みるに十分信頼に足る、とか何とかそれっぽいことを言おうとしてたのに」
「空耳だ」
チェシーはもう、ろくすっぽ聞いてもいない。
「平素より格段のご厚情にあずかり恐悦至極に存じ上げ奉っている師団長どのに対し、馬鹿だの間抜けだのと誰がそんな心にもないことを恐れ多くも思ったりするものか」
「とんでもなく論外な空耳じゃないですか」
「分かった分かった、謝ればいいんだろ。フン、悪かったな」
「ふんぞり返って言うなあ!」
「やかましい。そういう仕様なんだよ私の謝罪は」
「うーうーあー!」
ニコルはひとり打ちひしがれて、さめざめと悲泣にむせんだ。
「こんな殺伐とした会話、ぜんぜん友達って感じじゃないやい……」
「そ、そんなことないよ。何だか、羨ましい」
フランゼスは恥ずかしそうに笑った。
「僕も、し、信じても、いいかな」
チェシーは口元に剽悍な笑いを浮かべてうなずいた。
「そう言っていただけると有り難い、フランゼス公子」
「だっだめだよフラン」
ニコルはあわててフランゼスを押し止めようとした。両手を前に突き出して全力で否定にかかる。
「こんな奴ぜったいに信用しちゃダ……ってぐがあ!」
くぐもった悲鳴のあと――
なぜか涙の海に、ぷかぁ、と。
……巨大たんこぶを後頭部に乗っけた状態のニコルが、ぴくりともせず浮かび上がった……。
「あ、あの」
「すぐに復活する」
「そ、そうは見えないけど」
「気にするな。単なる口封じだ」
フランゼスは心配そうに何度もニコルのたんこぶを見やりながら、一方で抱いていた本を脇に置き、おどおどと心許ない手をチェシーに向かって差し出した。
「その、先ほどは、すみませんでした。ノーラスまでの警護、よろしく……お願いします」
「ああ。こちらこそよろしく頼む」
チェシーはぷかぷかしているニコルを無情にもほったらかしにして、フランゼスの手をがっしりと握り返した。
「さてと、懸念事項その一はこれで解決。残るは」
ふうといかにも一仕事終えたかのような充足感たっぷりの息をついてみせてから、チェシーはまたいつもの憎たらしい口振りに戻って、失神中のニコルの傍らに屈み込んだ。
手を伸ばし、むんずと首根っこを引っ掴む。
「いつまで遊んでる。いい加減に眼を覚ませ」
いきなりざばあっと吊し上げる。
「ふぎゃあっ」
ニコルは濡れねずみも同然の情けない格好でぷらんぷらん揺られながら、恨みがましい目付きでチェシーを睨みつけた。
「だっ誰のせいでこんな目に!」
「それは心外だな。私ほど品行方正、人畜無害な男はいないというのに」
「ふっ」
その言いぐさがあまりに笑止千万きわまりなく、ニコルはぶら下げられた体勢のままそっぽを向いて心からの乾いた笑いをもらした。
「……唯我独尊、傍若無人の間違いでしょ……」
「君の感心なところは」
チェシーはニヤリと笑ってニコルをぽいと放り投げた。
「打たれ強いんだか立ち直りが早いんだか鈍いんだかさっぱり区別が付かないところだ。それだけは本当に、心から賞賛の拍手を送らせてもらうよ」
「えへへそうかな、いやそれほどでも」
ニコルはちょっぴり誉められたような気になってうれしくなり、照れながらもじもじと頭をかいた。頬をポッと赤らめたところでふと、何やら違和感をおぼえて首をかしげる。
「あれ、えっと……それって、もしかして」
「些細なことを気にするな。さて」
チェシーはひょいと肩をすくめてから、やおら真面目な顔に戻って部屋を見渡した。
「フランゼス公子も確保したことだし、只今より後送任務に入るぞ。まずはそうだな、フランゼス殿下、一人で歩けるか」
「あ、あの、できたら、その」
フランゼスは少し困ったような、ためらい混じりの声でどもりつつ申し出た。
「殿下は止してくれるといいかなって……そ、その、ニコルみたいに、普通に呼んでくれれば」
チェシーは気安くうなずく。
「了解。で、どうなんだ、フランゼス」
フランゼスはうれしそうに笑った。
「あ、歩けます、何とか」
「では馬車に乗って待機していてくれ。乗り込むのに手助けがいるようなら呼んでくれてかまわない。それからニコル、君は公子の荷物をまとめて馬車まで運ぶんだ。積載が終わったら即出立する」
「あ、はい。了解です」
「各自作業開始だ。かかれ」
ニコルはさっそく命令されたとおり、ちょこまかと走り回ってフランゼスの荷物をまとめ、片っ端からトランクに詰め込んだ。身の回り品の片づけが終わると次はやはりどの角度から見てもゴミにしか見えない歴史的文化遺産の梱包である。
乾かしたシロツメクサを緩衝材代わりに慎重かつ丁寧に箱におさめ、凄まじく重いのを真っ赤な顔でうんうん言いながら、ひとりで担ぎ上げて馬車へと積み込んでゆく。
「これでよしと。全部積み終わったかな」
腰に手を当て、首に掛けたタオルで満足そうに汗をぬぐいながら、ニコルは爽やかな笑顔でチェシーを振り返った。
「積み込み作業終わりました!」
「うむ、大儀であった」
玄関先に安楽椅子まで出して、すっかりくつろいだ態でいたチェシーは、歴史的文化遺産入りの箱でいっぱいになった馬車の貨物室を見回し満足そうにうなずいた。紅茶のカップを置き、椅子を揺らして立ち上がると、奇妙な微笑をうかべながらニコルの肩を優しく叩き、そっと押すようにして馬車へと促す。
「大変だったな。力仕事で疲れただろう。後は私に任せて君は馬車の中でしばらく休んでろ」
「え、いいんですか? うれしいな! すみません、じゃあ、お言葉に甘えて」
口先だけはやたら優しいチェシーの罠にはめられ、まんまとこき使われたことにも気付かないまま、ニコルは大喜びで馬車に飛び乗った。
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