1 男装メガネっ子元帥、暇すぎて負傷兵後送の任務を命じられる

「うああダンゴムシだらけ!」 「何やってる」

「うわあ、アリンコがいっぱい!」

 純白の軍衣もまぶしい晴天直下。

 麦わら帽子に、濡れタオル。手には軍手と草刈り鎌。

 すとんと肩下に切りそろえられた濃藍色の髪に、ぐるぐるメガネ、ルーンの血を引く証たる薔薇の瞳。

 もしゃもしゃと伸びた雑草にうもれ、ご機嫌な調子で草刈り鎌をふるっているのは。

 毎度おなじみ、聖ティセニア公国北方面軍、ノーラス城砦駐屯第五師団の長にして、ルーンの騎士。その他もろもろな肩書きも仰々しい、ニコル・ディス・アーテュラス公国元帥。

 御年おんとし十八歳。花も恥じらう紅顔こうがんの(※自称)美少年である。

 その公国元帥が。

 この暑いさなか。

 白い軍衣の燕尾や、小さいながらもこしらえの良い軍刀を、まるで無頓着にずるずるひきずりながら、せっせせっせと草むしりにいそしんでいるのであった。

 よいしょ、と。

 背丈よりも高く伸びた雑草を、根本から引き抜く。その土にまみれた根を見て、ニコルはまた嬉しい悲鳴を上げた。

「うああダンゴムシだらけ!」

「何やってる」

 背後から、皮肉な声が掛かる。

 ニコルは、ダンゴムシでいっぱいの雑草を、ぽいと放り投げた。首に掛けたタオルで、メガネの下の汗を拭いてから振り返る。

「やあ、こんにちは。チェシーさん」

 やってきたのは、雲衝く長身、北方民族特有の金髪碧眼。りゅうとして涼しげ、それでいて皮肉たっぷりの笑みを絶やさぬ如才なさ。

 敵国ゾディアックからの亡命者で、今は第五師団の軽騎兵ユサール連隊を率いる准将でもあるチェシー・エルドレイ・サリスヴァールである。

「相変わらず、庭いじりが楽しそうで何よりだ」

 やわらかな長い金髪を、首の後ろで雑な一つくくりにし、ふしだらに胸元の襟を開いて、シャツの下の肌まで半分露出させている。手持ちの得物は、紺と金にきらめく豪奢な拵えの大太刀だけ。

 軽騎兵ユサールなら当然、象徴として肩に引っ掛けているべき短上衣プリスすら羽織っていない。

 そんな風体で、ぶらぶらと空見をしつつ、やって来る。

 ニコルは泥だらけの裾をはたき、立ち上がった。

「何という、だらしない格好をしてるんですか。軍紀違反です」

「暑すぎるんだよ、こっちの夏は」

 チェシーは、うんざりしきった顔で言った。

 ニコルは笑って答えた。

「ティセニアじゃあ、ノーラスは避暑地みたいなものですけど」

「まるで火あぶりじゃないか。見ろよ、このいけすかない雑草どもを。もじゃもじゃとジャングルみたいに生えやがって」

「ああっ! そこ踏んじゃだめです。そっちはチョウモロコシとカポチャとシュイカとネロンとサトウキビの畑で!」

「雑草を魔召喚したようにしか見えん」

「元気いっぱいで最高じゃないですか。そんなことより、見てくださいよこの見事なスイカ。スイカと言えば花火。花火といえばスイカ割り! 今年も夏の定期演習として、河原でウキウキブートキャンプに突撃する予定がですね」

「勝手にやってろ。それより、まだ終わってないのか、雑用」

 チェシーは、強引に話を戻した。ニコルは、むすりと唇を尖らせる。

「雑用じゃなくって任務ですけど」

「草むしりがか。どうやら、君は、未だ自分が騙されやすいたちだと気付いてないらしい。何度、ホーラダインの罠にかかれば気が済むんだ」

 チェシーは、呆れたふうに首をすくめる。

 ニコルは声をたてて笑った。

「そんな、ザフエルさんのこと、悪の大ボスみたいに言わなくっても。いいんですよ。平和なときしか、こういうことはできないんだし。それに、みんな訓練とか哨戒とかで忙しくしてる時に、僕の畑の草刈りなんてしてもらうわけにはいきませんもの。それにしても、暑いなあ」

 ニコルは、立ち話の暑さに耐えかねて、ぱたぱたと手であおいだ。チェシーは、ちょいと指で誘って、木陰を示す。

「畑仕事はいいが、こんな炎天下でえんえんと作業するのはいい加減にやめておけ。熱中症になるぞ」

「そうですねえ、ここらで、冷たいお茶でも飲んで一服しますか」

「まだ続ける気か」

「だってみんなでスイカ食べたいじゃないですか」

「少しは人の話を聞け」

 などと言いつつ。

 チェシーは、奇妙に穏やかな表情をニコルへと向けた。

 思わせぶりに肩をすくめる。

「まあ、よしとしてやる。君らを見てると、あの男にして君ありというか、第五師団において、互いに欠くべからざる共存関係にあることがよく分かるよ」

 ニコルはタオルで汗を拭いた。

「どういう事です」

 チェシーは、ふんと鼻で笑って答えない。

「さあな。とにかく師団長ともあろうものがダンゴムシまみれとはいただけない」

 陽光に映える大太刀を、すらりと抜き払う。

 剣の柄に、《栄光のティワズ》、《天空のティワズ》。二つのルーンが、紺青に散り敷かれた金襴の星くずとなってきらめく。

「見てろ。一撃で刈ってやる」

 茶色の革手袋の指先に、疾風迅雷の一閃を放つ《壱式いっしき》の《カード》が挟まれていた。

 ニコルが目をまん丸にするよりも先に、チェシーは《カード》をくるりとひらめかせた。

 刃身が、神秘のきらめきを放ち出す。

「まっ、まさか!」

「遠慮するな」

「い、い、いや別に遠慮とかじゃなくって……うわ!」

 いきなり襟首をつかまれ、チェシーの背後へ放り込まれる。

「ちょっ、ちょっと待っ、まさか《カード》を僕の畑の真ん前でぶっ放すおつもりなのでは!」

「そのつもりだが何か」

「うわああやめてぇぇ!」

 泡を食って、止めにかかる。

 チェシーは、両手持ちの大太刀を片手でやすやすと取り回した。切っ先が、目にもとまらぬ残像の光跡を描く。

「我が疾風の一閃を食らえ、《壱式いっしき》!」

 空気が割れた。太刀風が猛然と渦を巻く。

 めりめりと音を立てて、地表が剥がれた。灌木の茂みが大きく揺れ動く。土くれが飛び散る。裂け目が稲妻となって、地面を突っ走った。

 これぞまさしく快刀乱麻。

 雑草が、すぱぱぱと矩形に薙ぎ払われてゆく。

 するどい硬質の音が鳴り渡った。植栽の向こうで、放射状の輝きが黒く、けざやかにはじけ飛ぶ。

 雑草の山は、綺麗さっぱり刈り飛ばされていた。

 はらり、と落ちる葉が一枚。心もとなく舞っている。残るは、白くたなびく土煙のみ。

 ニコルは、ぽかんと口を開けた。チェシーの後ろ姿を見上げる。

「じっ、地面が」

 そこで絶句する。

「わ、割れてるーー!」

 チェシーは、にやりと笑った。血振りした大太刀を、豪奢な象嵌の施された鞘に、すとんと納める。

「終わったぞ。我ながら完璧な刈り込みだ。今すぐ造園業に転身できるな」

 いかにも自慢そうに、ぐいと肩をそびやかせる。

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