第8話 僕は何もしていないんだ


 俺たちは歩く。もくもくと歩く。ひたすらに歩く。歩いて、歩いて、歩き続ける。

 ルナはひたすら、俺の頭の上で寝ていた。

 どれだけ歩いただろうか。感覚的には3日くらいか。変わらない風景に、嫌気がさしてくる。


「はぁっ、はあっ……」

 ギルバードは今にも倒れそうだ。体力も精神も削られていくこの空間。普通の人間なら、ここいらが限界だ。しかし、立ち止まれない理由がある。

「どうする、ギルバード。休憩するか? 立ち止まると時間の流れに押し戻されることになるが。ここらへんだとまだ、スタート地点に戻っちまうかもな」

「え……えぇぇ……」

 ギルバードはがっくりと項垂れた。

「しょうがねぇな。おぶってやるから、少し休憩しろ」

 俺はひょいっとギルバードをおぶった。


『レオン様。それでは、その者に対しての試練になりません』

「へっ。顔も出せないようなやつが指図するんじゃねぇよ。もともとかなり悪条件での試練なんだ。この程度大目に見れないようなら……」

 ゴキゴキと拳を鳴らす。魚人が、仮面の中で息を呑むのがわかった。

『おいおい、レオン。まだイラつくには早いんじゃねーのか? ちょっと落ち着けよ』

 マカロンに言われ、俺は深呼吸した。

 いけないいけない。やっぱりどうもこの空間は苦手だ。前はもう少し踏ん張れたんだけどな……。


「レオン。もう少し、頑張ってみるよ。ありがとう」

 ギルバードが俺の背から降り、よろよろと歩き始めた。

「無理するなよ」

「……これは、僕に対する試練なんだろう? 付き合わせてすまない。僕は……やるよ」

 顔色は真っ青だが、目に宿った光は死んでいない。段々と調子が戻ってきたみたいだな、こいつ。


「ったくよ。お前が他の女にちょっかいださなきゃ、こんなことにはならなかったんだぜ。あんな綺麗な嫁さんもらっておいてよ。自業自得ってやつだな」

 俺は言っておきながら、自分の心が強く痛むのを感じた。人のこと言っている場合じゃないのだが、何か喋っていないと気が滅入ってしまう。


 ギルバードは項垂れ、唇を噛みしめている。やがてゆっくりと、口を開いた。

「……信じてもらえないだろうけれど、話してもいいかな」

「何をだ?」

「……僕は……何も、していないんだ」

「は? 何もしていないって、何のことだ」


 ギルバードは、震える声でゆっくりと話し始めた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る