第3話 ゴブリン出た

 ロクスの迷宮。

 ここは地下5階層からなるダンジョンである、ということをセエレさんが教えてくれた。下に行くほど、強いモンスターが生息しているんだとか。恐ろしい魔獣も出ることがあるらしい。

 今のところは普通の洞窟と変わらないような風景が続いている。

「あ、そこ気をつけてねぇん。トラップあるわよぉん」

「う、うわっ!」

 何かを踏んだと思ったら、矢が飛んできた。矢は僕の鼻先をかすめて岩壁へと突き刺さった。

「油断しちゃダメよぉん」

「び、びっくりしました。なんで罠があるってわかったんですか?」

「ワタシたちモンスターは人間よりも危機回避能力が高いから察知できるのよぉん。とにかく集中力を切らさないようにねぇん。ダンジョンでは何が起こるのか予測できないからぁん。油断、即、死よぉん」

「は、はい」

 死と隣り合わせにあるという緊張感が、僕の神経をすり減らし、体力を削っていく。普通に歩いているだけなのに、汗が止まらない。まだまだ先は長いというのに……これはかなりキツいなぁ。

「無理だと思ったら、すぐに退くことよぉん」

「わ、わかりました」

 慎重に歩を進める。奥の暗闇から、何かが飛んでくる気配があった。

 それは、大きな蝙蝠たちだった。

「わ、わ!」

「大丈夫よぉん。魔獣でも何でもないわぁん。何かから逃げているみたいねぇん。あ……来るわよぉん」


 ひたひたと、小柄のそいつが現れた。

 それは緑色の肌をした、小柄のモンスターだった。鼻は大きくひん曲がっている。これまた大きな口には鋭い牙がいくつも生えている。いびつに尖った耳が、ぴくぴくと動いていた。

 手に石斧のようなものを持ったそいつは、にたにたと笑っている。

「あれはゴブリンねぇん。大丈夫、前に会った大アリさんたちよりはるかに弱いわぁん」

 ゴブリンの耳がぴくりと動く。

「あぁん? おれが弱いって? てめぇ、何様……ってセエレ!? “鬼蜘蛛”のセエレじゃねぇか! く、喰わねぇでくれー!」

「喰わないわよぉん。不味そうだしねぇん」

「な、なんでアンタがこんなところをうろついているんだよぉ」

 ゴブリンはがたがたと震えている。鬼蜘蛛って……セエレさん、実は怖いモンスターなんだろうか。いや、十分に怖いけれど。

「この子のつきそいよぉん」

「つきそい? ニンゲンの小娘がなんだってダンジョンに?」

「初めてダンジョンに挑戦するから、色々と教えてあげてるのぉん」

「そ、それはそれは……それじゃ、おれはこれで」

「待ちなさぁい。クレスちゃん、あのゴブリンと戦ってみてぇん」

「「えっ!?」」

 僕とゴブリンは同時に声をあげた。

「戦って、ちょっと緊張ほぐした方がいいわぁん。実戦経験にもなるし、どうかしらぁん?」

「は、はい。やってみます」

「ちょ、ちょっと待て! おれ、ニンゲンとなんざ関わりたくねぇ」

「何か言ったかしらぁん?」

「いえ、なんでもありません! く、くそう。悪く思うなよ、小娘!」

 僕、男なんだけどなぁ。こんな格好しているから説得力ないけれど。とにかく、ゴブリンと戦うことになってしまったらしい。

 ゴブリンは石斧を構え、じりじりと近づいてくる。

 いきなり真正面からぶつかっていくのは得策ではない。僕はアリと戦った時のことを思い出した。セエレさんはあのアリよりはるかに弱いと評価していたけれど、油断してはならない。

 僕は剣を構えて、その距離を詰めた。ゴブリンが前に出る。

 石斧が大きく振られた。動作は速くない。僕は斧をかわして、再び距離を取った。

 ゴブリンはよたよたしている。石斧に振り回されている感じだ。これならいける。今度は僕が前に出た。

「うおっ!?」

 僕は石斧に向かって剣を叩きつけた。ゴブリンはそのまま、地面を転がった。僕は追撃しようと剣を振り上げた。


「ま、まいった! 勘弁してくれ!」

「へっ?」

 呆気ない幕切れに、僕は拍子抜けしてしまった。

「まぁ、群れていないゴブリンはこんなものかしらぁん。でもクレスちゃん、最後の最後まで気を抜いちゃ駄目よん」

「うひゃあ!」

 僕はセエレさんにおしりをなでられて、変な声を出してしまった。

 でも、そうか。ゴブリンの言葉に、僕は気を抜いてしまっていた。あれが演技だったり、他に敵がいたら、隙を狙われてやられていたかもしれない。気をつけなきゃ。

「おぉ、いてえいてえ……」

 ゴブリンが腰をさすりながら立ち上がった。

「なかなかやるじゃねぇか、小娘。なんかよくわかんねぇけど、まぁ、頑張りな」

「協力ありがとねぇん」

「それじゃ、俺はこれで。今日の飯の大蝙蝠捕まえにいくんで」

 ゴブリンはひたひたと、蝙蝠の逃げた、ダンジョンの入口の方へと向かって歩いていった。


「これでちょっとは、肩の力抜けたかしらぁん?」

 セエレさんに言われて、僕は少し、身体が軽くなっていることに気づいた。なんだかちょっと、自信も出てきたような気がする。

「それじゃ、先に進みましょ」

「……はい!」

 僕たちは地下2階層を目指し、前進するのであった。

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