第8話
8.
俺は夢の中で村雨カズヤと対峙する。
まだ今みたいになる前の、怜悧さでギラギラ光る眼をしたカズヤは、例によって人を小馬鹿にしたような笑みをたたえていた。
「イツキ、サプレッサーを装着しろよ?」
カズヤの薄い唇が動くと、それに合わせて空気がぶるぶると振動した。その声は俺の鼓膜に届き、変な頭痛を引き起こす。頭を振る。痛みを振り払おうとする。
「おまえには脳内のサプレッサーが必要だ」
俺は頭痛に顔をしかめながら問う。
「サプレッサーって何だよ」
カズヤは答えずに踵を返した。アイツは昔から黒い服しか着なかった。極彩色の背景に、その黒い影が際立って見える。
「世の中には色んな人種が居るって事だ」
こっちに背中を向けているのに、カズヤの声は耳の奥で鳴っているような感じがした。
「自分が見てきた世界が如何に矮小か、自覚する結果になるさ」
黒い影がカラフルな渦の中に消える。俺はカズヤを追おうとするけど、一歩踏み出したら足下に何かが絡み付いた。蜘蛛の糸みたいなそれは俺の両足首に巻き付いてくる。俺は藻掻く。両足をばたばたと振る。ようやく開放されたと思って一歩踏み出すと、そこには大きな青いタランチュラが居た。
「そいつは貴重な種なんだ。踏み潰したりしないでくれよ?」
頭上から五條の声がする。見上げると五條は上半身だけ宙に浮いていて、腰から下が無かった。
「こう言って欲しいんだろ? 俺は君達を恨んでませんって。そんな訳無いだろ。俺はこの子達とずっとずっと幸せに暮らしていきたかったのに」
恍惚と言う五條の髪から薄い黄色のサソリが沸いて出る。一匹、また一匹と、とめどなく。サソリは五條の顔や身体を這い、次々と針で刺した。五條が笑い声をあげる。俺は耳を塞いで足下のタランチュラを蹴散らす。
「イツキ、冷静になれ」
いつの間にか隣に立っていたコウが俺の肩に手を置く。
「冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静になれ冷静に……」
コウの口がまるで呪詛を吐き出すみたいに動く。唇からこぼれ落ちた言葉は俺ら二人の足下に溜まって真っ赤な血だまりみたいになった。俺は訳が分からなくてすがるようにコウを見たが、コウは無表情に同じ言葉を紡ぐだけだった。
低い不協和音が聞こえた。音がした方に目を遣ると黒いベースが宙に浮いていて、誰も触ってないのに四本の弦が震えていた。チューニングが狂ってる。酷い音だ。ボーンボーンというその重低音は俺を不安にさせる。耳障り。俺はベースのボディを殴りつけた。
「私、もうどうしたらいいか分かんないよ」
振り向くと少し離れた所でモトノが泣きながら座り込んでいる。その隣にはせいたんと九崎が真っ白な顔で倒れていて、白い魂が抜けかけていた。
「もっと母さんに食べさせてあげたいんだ」
「俺は基乃先輩が居れば、他には何も要らないんです」
二人の魂が同時に喋り出す。白くて丸いそれは二人の頭からひゅるっと抜けだしかけていて、それが完全に抜ける事は死を意味していて、何故か俺はそれを直感的に知っていて、必死で丸っこい魂を二人の頭の中に押し戻そうとする。
「アメリカのインディーズバンドで良いの見付けたよ」
ダメ音の上乃辺先輩の声がした。でもどこに居るのかは分からなくて、辺りを見回した瞬間せいたんと九崎は消えていた。
「やあ少年、これから俺がギターを弾くからベースを頼む」
「イツキちゃーん、俺またフラレた~」
霧島先輩と吉野の声もするけど姿は見えない。俺は苛々して拳を地面に叩き付ける。
「私、絶対イツキと別れないから!」
唯莉まで登場して、俺の頭は更に混乱する。何故か自分がこの世界に一人っきりになったみたいなうら寂しさを感じて涙目になる。だって皆声だけで姿が見えないんだ。
「貴方、変わってるわね」
涼香さん。
「私は自分と竜太郎だけの世界で生きてるの。貴方達とは違う世界に住んでるのよ。邪魔したりしないで欲しいわ」
違います涼香さん、俺はただ貴方と……。
「だから言ったろ? サプレッサーが必要だって」
目の前が急に真っ暗になって、上からピンライトを当てられたカズヤが人差し指を立てて言った。
「時には耳を塞ぐ事も必要だと、俺は思うね。まあそれでも声は聞こえてくる。どうしようもない。それがおまえなんだから、受け入れるしかないだろ。聞こえないふりも大事だが、おまえはもっと……」
声が遠ざかる。視界が涙でぼやける。ピンライトが段々と弱くなってカズヤの黒いシルエットしか見えなくなる。ライトが消える。
漆黒。
その闇の静けさにぞっとして、俺はたまらず悲鳴をあげた。
「逸紀、大丈夫か? 随分うなされてたぞ」
気付いたらベッド脇に親父が立ってて、俺の手を握っていてくれた。汗と涙を拭う。上手く息が出来ない。
「誠太君の件で色々動いてるようだけど、やっぱりそういう事は警察に任せた方が良いだろう。五條とかいう奴の事もあったし、九崎って子の酷い姿も見た。おまえは自覚してなくても、疲れてるんだよ。探偵ごっこはやめてゆっくり休むべきだ」
以前より白髪の増えた親父はそう言って俺の背中をさすってくれた。俺は元々母親似だけど、最近親父にも似てきたと言われる。
「親父は親友があんな目に遭わされて、その犯人を見付けたいとは思わないのか? 人任せに出来る?」
俺が言うと、親父は苦笑した。
「まあ、父さんがその立場だったらおまえと同じ事をするだろうよ。でも父さんはおまえが心配なんだ。分かるだろ?」
俺は軽く頷いて時計を見る。午前一時半。
「こんな時間か。ごめん、起こしちゃった?」
「いや、ちょうど帰ってきて寝ようとしてた所だ」
「帰ってきた? こんな時間まで仕事?」
「いや、ちょっと散歩に行ってたんだよ。でもビックリしたぞ、急におまえの声がしたもんだから。変な夢でも見たのか?」
「うん、まあね……」
少し思い返しただけで吐き気がしそうな夢だった。でも、一つだけ気になる事がある。
「親父、サプレッサーって何か知ってる?」
「サプ……何だって?」
「いや、知らないならいいよ」
「また声がしたのか?」
「んー、夢の中でね。俺もう大丈夫だから親父は寝てよ。明日も仕事だろ?」
「ああ。何かあったらいつでも言うんだぞ? 絶対無理はするなよ?」
親父は目元を擦りながら自分の寝室に戻った。
俺はベッドの上でしばらくぼーっとして、でも『サプレッサー』っていう単語が気になって枕元の携帯を取り出す。コウに、起きてたら連絡をくれという旨のメールをすると、すぐに電話が掛かってきた。
「どうした? 何かあったか?」
「いや、おまえ今どこ? まだ病院?」
「もう家に帰って一寝入りして、さっき起きた所だよ。で、どうした?」
「あー、サプレッサーって単語、何語か分かる?」
一瞬コウが沈黙する。きっと脳内の辞書を開いているんだろう。
「英語の"suppress"って単語と関係あるかな? 『鎮圧する』とか、『禁止する』って意味だ。それに"er"が付いたものだと思うから、『鎮圧者』みたいな意味になると思うけど、他にも意味があるかもしれないな。それが事件と何か関係あるのか?」
「いや、多分全く関係無い」
「何だよそれ」
「悪いな、こんな時間に。じゃあまた明日」
返事を待たずに電話を切ってベッドに横になる。
鎮圧者? 何を鎮圧するんだ? カズヤは『脳内の』と言っていた。脳内で鎮圧する? 何を?
やっぱり気になって眠れなかったので、俺はベッドから出てバッグからラップトップPCを引っ張り出す。起動してネットに繋ぎ、大手検索ページに『suppresser』と入力する。すると、
「"suppressor"ではないですか?」
という表示が出た。"er"じゃないのか。コウも間違う事があるんだな。俺はそれをクリックして、検索結果を見る。
トップに出たのはどういう訳か銃の画像だった。首を傾げつつ画像をクリックする。
『サプレッサー(suppressor)とは、銃の発射音や閃光を軽減する為の装置である。日本語では消音器(サイレンサー)と言われるが、銃声を完全に消す装置は実際には存在しない。そもそも"suppressor"という単語は抑圧者・弾圧者、といった意味だが、雑音などの遮断装置という意味も含まれる』
音の遮断装置。脳内の、サプレッサー。
俺はタバコを口にくわえたまま火を付けるのも忘れてその画面を見詰めていた。
翌朝目を覚ますと、枕元の携帯がメール着信を知らせる光を放っていた。茫洋としたまま受信トレイを開くと、吉野と唯莉からだった。
『勘違いだったらごめん、前にニュースでやってた柚ヶ丘の暴力事件の被害者って、前に話してたイツキちゃんの幼馴染みのせいたんって人じゃね? 確か本名は山崎だった気がする……って違ったらすまん。上乃辺先輩はイツキちゃんは事件に関係無いらしいって言ってたけど、俺らに気ぃ遣う事ないからな。何か出来る事とかあったらいつでも言えよ?』
やべえ、吉野の記憶力をなめてた。アイツはアホのくせに記憶力だけは良いんだ。暗記系の科目だけは成績も良かったりする。ここではぐらかすのも不自然だが、ニュースでは血液が抜かれた事までは報道されていない。これは犯人探しの鍵になる。やはり他言しない方が良いように思われた。
返事を後回しにして唯莉からのメールを開く。
『おはようイツキ。元気? 柚ヶ丘で大変な事が起こってるみたいだけど、大丈夫? 心配です。もし私が力になれるならすぐにそっちまで行くよ?』
本文を読んでげんなりした。そりゃ唯莉は事態がこんなにカオスな事になってるのを知らないけど、あれだけ別れたい別れたい関係を絶ちたいと言ったのに全く通じてない。これにはすぐ返信する必要があるかな、と思って携帯をプッシュしているとインターホンが鳴った。時刻は朝十時過ぎ。コウか? いや、アイツはインターホンなんか押さない。放置しておけば母親か晴奈が出るだろうと思って携帯をいじっていた。唯莉との関係を完璧に破壊する為の文章を必死に考えていると、ドアがノックされた。
「お兄ちゃん」
晴奈が少し眉を寄せて声をかけてくる。
「なんだ? 宗教の勧誘か?」
「ううん、なんか、お兄ちゃんの友達って人が来てるんだけど」
ぎょっとして携帯を握り締める。
「もしかして化粧の濃いショートボブの女か? だったらすぐさま追い返せ!」
「違うよ、ピアスいっぱいした男の人。具合悪いのかなぁ、凄く顔色が悪いの」
ダメ人間か!
俺は愕然として、とりあえずリヴィングに通すよう晴奈に伝えてから着替えだけ済ませて階下に降りた。
「やあ少年! 邪魔してるよ。すがすがしい朝だね」
霧島ダメ人間先輩は相変わらずの青白い顔でそう言った。無精髭を生やしていたが意図したものか否かは判別出来ない。それにしても大井澄の大学でしか会ってない人間が柚ヶ丘の我が家に居るというのは、ちょっと何か違和感があった。
「先輩、なんでウチの住所知ってるんすか……?」
「少年、キミは俺がダメ音副部長だという事実を忘れているな? 部員名簿は俺が管理しているのだよ」
「あの、お茶で良いですか?」
「おお少年の妹さん、俺は水道水で構わないよ。兄に似なくて良かったね。キミはどんな音楽を聞くのかな?」
「晴奈! 放置して部屋に戻ってろ!」
目をぱちくりさせながら晴奈がリヴィングを出る。
「で、何か用ですか。こんな早朝にわざわざ家に来るなんて」
「少年、俺は水道水が飲みたいのだよ」
俺は無言で立ち上がり、コップにぬるい水道水を注いで霧島先輩に突き出した。
「ありがとう少年。実はだね、『柚ヶ丘の吸血鬼』の話を聞きたくて来たんだ」
俺はソファの前で突っ立ったまま硬直する。
「な、何すか吸血鬼って。なんかのネタっすか?」
「しらばっくれるな少年。今ここ柚ヶ丘では最もホットな話題だろう。即ち、吸血鬼が。電話で話した時キミは嘘を付いた。それが引っ掛かってね。少年、キミは嘘が下手だ。バレてないとでも思っていたのかい?」
畜生、霧島先輩はダメ人間だがバカではない。俺は降参してソファに腰を下ろす。
「……どこまで知ってるんすか」
「昨日二人目の犠牲者が出て、それを発見したのが他ならぬ少年、キミ自身だという所までだ」
「そんな噂が湯浅まで届いてるんすか?」
「まさか。『柚ヶ丘の吸血鬼』に関しては一部の警察関係者と医療関係者くらいしか知らないだろう。報道規制もされているからな」
「じゃあなんでアンタが?」
つっけんどんに尋ねると、霧島先輩は少し視線を落とした。何か言いづらい事でもあるような眼。バカ正直でタブーとあらば嬉々として自ら口にするようなダメ人間先輩がそんな顔をするのは初めて見たし、それはますます俺を不安にさせた。
「少年が発見した九崎伸二の兄、九崎京介とは高校時代からの付き合いでね。地元に戻ってからずっと連絡を取っていたのだよ」
俺はまた、少なからず驚く。京介さんとはちょっと話しただけだけどこんなダメ人間とは無縁そうな、悪く言えば堅物っぽい感じの人だったのに。
「それで一人目の犠牲者、山崎君といったかな、その子の話を聞いた。変な事件が起こったとな。そうこうしてる内に伸二君が犠牲になった。京介は自分を責めているよ。伸二君がある女性に長年言い寄ってる話も、その彼女が山崎君と友人だという事も、京介は知っていた。あの夜自分が伸二君を止めていればこんな事にはならなかっただろう、と」
霧島先輩の声がトーンダウンする。俺は何も言えずに居た。
「聞く所によると少年、最初の犠牲者の山崎君とキミはお友達だそうだね?」
「……そうです、幼馴染みです。意識はまだ戻りません」
「心中お察しするよ。警察は何をやってるんだろうね」
「警察なんてあてにならないっすよ!」
思わず声を荒げると、ダメ人間先輩は目を見開いた。
「少年、もしかしてキミは……」
その時、先輩の言葉を遮るようにドアが開いた。
「イツキ? お客さんか?」
コウが顔を見せると、霧島先輩は笑顔を浮かべた。
「初めまして初めまして。俺はイツキ君の大学での保護者で霧島珀人(はくと)という者だ。キミも幼馴染みかな?」
「あー、はい。須賀ですけど」
警戒心丸出しでコウが答える。その眼は何か言いたげにしている。
「なんかあったか?」
「ああ。出来れば二人で話したいんだけど、えっと、霧島さん?」
「ははあ、内緒事かね。そうやって若者は我々老人を排斥するんだ。あ、もしかして伸二君の意識が戻ったのかな?」
コウが珍しく喫驚した顔をする。ダメ人間先輩は笑いながら続けた。
「申し遅れたけど、俺は九崎京介とは友人でね。親友と言っても過言でない付き合いをしている。彼から『柚ヶ丘の吸血鬼』事件については話を聞いているのだよ。俺は湯浅町在住だがね」
「湯浅の先輩って、もしかして例のダメ音の?」
俺が頷くと、コウは納得したような、それでいて霧島先輩のわざとらしい口調に不快感を拭えないような複雑な顔をした。
「今警察が話をしてる所だ。ずっとモトノが一緒に居る」
「モトノちゃんというのは伸二君の思い人だね?」
「黙れダメ人間。で、九崎は犯人を見たりしてたのか?」
コウは首を横に振る。沈黙が落ちる。
「さっきの続きだが少年と須賀君、キミ達はアレか、もしかすると犯人を探しているのか? 警察とは無関係に、自力で?」
俺は否定も肯定も出来なかった。このダメ人間の立場は微妙すぎる。京介さんの友人とはいえ部外者は部外者だ。悪意が無いのも無害なのも分かっているが、どこまで言ったらいいものか。
「霧島さんは、九崎伸二とは面識は?」
「須賀君、質問に質問で返すのはやめようじゃないか。まあいい。伸二君とは九崎家で何度か会った事があるよ。思い人の話も聞いた。まさかキミ達の友人だとは知らなかったけども。柚ヶ丘の話は京介からよく聞いてるよ。既に犯人扱いされている可哀想な人物が居る事もね」
俺とコウは絶句する。竜太郎の事まで知ってるのか。
「竜太郎さんは、その人は、犯人じゃありません。なのに他の住民はそうだと決めつけて酷い嫌がらせをしてきて……」
「集団の心理というのは恐ろしいからね。少年、水道水をもう一杯貰えるか?」
「黙れ」
「……この際霧島さんにも協力して貰うか?」
「いや、このダメ人間は体力ねえからそんなに使えないと思う」
「ちょっと少年! 人をそんな風に表現するのは酷いな!」
言ってるそばから立ちくらみでソファに倒れ込むダメ人間先輩を見て、コウは心底呆れた顔をした。
結局俺らは中央病院には行かなかった。直後に俺の母親が帰ってきて、九崎伸二は警察の人間と話をした後モトノの手を握ったまま眠ってしまい、医者が絶対安静を命じたと知らされたからだ。母親はコウと霧島先輩に笑顔で挨拶した後、困ったように呟いた。
「お父さんにも夜の散歩はやめるように言わないと……。何が起こるか分からないわ」
「何、親父そんなしょっちゅう散歩行くの?」
「春くらいからたまにだけど、昨日も行ってたみたいだから困るわ。じゃあ私は山崎さんの家に寄ってからまた病院に戻るわね」
彼女はそう言ってすぐ出て行ったしまった。おばさんはまだ家に帰っていないらしい。
残された俺らは互いに情報を交換した。霧島先輩は京介さんと毎日連絡を取り合ってて(携帯を止められてる先輩は家の電話でだ)、伸二が被害に遭った日も京介さんと湯浅で会っていたらしい。
「京介がウチまで来てくれてね。吸血鬼事件の事や、伸二君がモトノちゃんとやらの件で思い詰めている事も聞いた。京介と伸二君は仲が良いが、モトノちゃんの事については京介も困っていたよ。何でも物凄い告白やらアプローチをし続けてるらしいじゃないか」
「そうなんすよ。モトノはスルーしてますけど」
「霧島さんは伸二からモトノの事も聞いていたとおっしゃってましたが、奴はどんな風に言ってたんです?」
コウも徐々にこのダメ人間のペースに慣れてきたようで、若干の軽蔑が見えつつも何とか会話が成立するようになってきた。
「女神だ、と何度も言っていたよ。運命の女性と出会えた自分は幸せ者だともね。彼女を想う気持ちに限りは無いんだと力強く主張してた。俺は伸二君がモトノちゃんに迷惑をかけているとは知らなかったけど、あそこまで想われる事はそう無いだろうと思ったのを覚えてる」
「そういや先輩、俺に聞きたい事って何だったんすか?」
さっきの会話を思い出して尋ねてみると、霧島先輩は目を瞑って指先でこめかみを叩いた。
「言いにくい事だがね、第一の被害者である山崎君はどうやって血液を抜かれたのか知りたかったのだよ。京介は血を抜かれてると聞いてすぐ同一犯だと決めつけたが、実際証拠は無いみたいだからね」
「警察がどういう判断をしているかは分かりませんが、かなりの可能性で同一犯だと、俺とイツキは考えています」
「根拠はあるのかな?」
「先輩の言ってる、血の抜き方っすよ。二人とも注射針を刺した跡があるんです」
「注射針?」
ダメ人間が顔を上げる。
「ええ。しかも刺した跡はきれいなものでした。注射器の扱いに慣れてない素人が針を刺せば、血管を破ったりして内出血を起こしたりするはずです。僕らの幼馴染みは二カ所だけ、九崎伸二は五カ所刺されていましたが、二人とも酷いアザなどの形跡は無いんです。医療関係者の可能性が高いかと思って調べている所です」
「成る程。須賀君、キミは頭が良いな。で、やっぱり柚ヶ丘の人間の犯行なのかな? その辺は分かってるのかい?」
「せいたんが、最初の被害者が放置されていた場所が、土井橋の下だったんすけど、そこは滅多に人が寄り付かないんですよ。柚ヶ丘に住む人間ならその事を知ってる」
「知っていて敢えてそこに山崎君を隠した、という訳か」
俺とコウが頷くと、霧島先輩は首を捻った。
「でも注射器はともかく、注射針はどこから入手したのかな」
「え?」
「いや、注射器自体はその辺の雑貨屋に売っているのを、俺も見た事があるのだよ。でも針は別だ。注射針の売買は何かの法律に引っかかると聞いたような記憶があるようなないような……。ああ、でも医療関係者なら職場からいくらでも拝借出来るのかな? でも針は使い捨てだろうから、それなりの数が必要になるのではないかと思うが、少年、その辺はどうだい?」
俺とコウは顔を見合わせた。
「……盲点、でした。そこまで考えが回らなかった」
コウが素直にそう言うと、霧島先輩は少し悲しげに笑った。
「須賀君、俺はキミ達を責めている訳では無いよ。ただ疑問に思っただけだ。だが、もう一つ疑問がある」
「まだあるんすか」
「何ですか? 今はどんな些細な事も見落としたくないんです。疑問って何ですか?」
霧島先輩はしばらくあーとかうーとか言った後、言葉を選んでゆっくりと言った。
「犯人が人間の血液を抜く理由は犯人に聞かないと分からない。でも、犯人は抜いた血をどうしていると思う?」
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