第6話
基礎的な学力は十二分にある王女様に教えることは何もなく、彼女の家庭教師でありながらやることが何もない俺は暇である。
すぐに帝国との戦争が始まるわけでもないし、ほかに事務的な仕事を抱えているわけでもないので、本当に暇なのだ。
俺の唯一の仕事はリーゼロッテ王女の会話の相手をするくらいである。しかし、会話なんて一日中するものでもない。長くなっても一時間程度である。
だから、王城へ来てからというものの俺の生活はまるでニートのようだった。
高給取りのニート。
いや、素晴らしいんですけどね。
でも、こうもやることがないというのもまた何だか落ち着かない。周りはせっせと働いているのに、俺は暇に次ぐ暇。罪悪感が俺の心中では渦巻いている始末である。
というわけで、俺は城下町をぶらつく。
ぶらついた末に辿り着くのは闘技場であった。
やることがない。スマホもネットも何もない。ならば、ここへと足が向かってしまう。パチンコとか、公営ギャンブルとか、やったことはあるけれど、がっつりやったことはない。まあだけど、お遊び程度なら無問題というものだ。
闘技場に近づいただけで人々の歓声が聞こえてくる。
中に入る。中央にはリングがあって、それを囲うのは客席だ。客席には暇な奴らがたくさんいる。彼らは昼間から仕事もせずお金をばらまいていた。俺も今からここでお金をばらまくわけだけどね。
人々は歓声やら罵声やらをリングへと注いでいる。
リングでは剣闘士とモンスターのバトルが繰り広げられていた。
人々はどちらが勝利するのかを賭けるわけだ。
そして、剣闘士が倒れた。悲喜こもごもの声が上がる。罵声の方が多い所を見ると、剣闘士に賭けた人が多いのか。
スタッフが倒れた剣闘士を回収する。ずるずると物を扱うみたいに引きずって、リングから降ろされる。モンスターの方は調教師の手によって退場させられた。
次の試合が行われる。
リングの両端にある入退場口から剣闘士とモンスターが入ってくる。
片や大剣を携えた屈強な男。身体中にある傷はいくつもの修羅場を超えてきた証拠なのだろう。
片やトカゲ型のモンスター。リザードマンという奴であるが、俺がこの世界にやって来て初めて出会い、そして襲われたあのモンスターだった。
さて、これからどちらかに賭けるわけであるが……どちらにしようか。
さっきの試合ではモンスターが勝った。普通に考えればモンスターの方が強いのではないかと思う。馬力に関して言えばモンスターの方が上だろうし。だが、ここは異世界。日本人の常識が通用するとは思えない。
「おい、移民」と不意に俺の隣に座る男が口を開く。「勝ちにいくのなら、剣闘士の方に賭けた方が無難だぞ。あの剣闘士は三十連勝中の猛者だ」
三十連勝中ということは、それだけ勝つ確率も高いし、この剣闘士が強いということだ。手堅く行くなら剣闘士に賭けるべきか。
俺は銅貨を取り出す。
「銅貨は賭け金にはならない。銀貨以上でないと」
隣の男にそう言われ、俺は渋々銀貨一枚を取り出し、剣闘士が勝つ方に賭ける。
「まあ、剣闘士に賭ける奴は多いから、勝っても大した配当にはならないぞ」
「でしょうね」
しかし、負けて損をするよりは勝って少しでも利益を得た方がいいというものだ。
試合が始まる。
歓声が上がる。熱気が闘技場を包み込む。
リングの上の剣闘士が早速リザードマンに向かって大剣を振りかざす。そして、大剣を振り下ろすのだけどリザードマンの鱗が硬くて剣が肉を裂くことはない。
観客は剣闘士やリザードマンの一挙手一投足に熱狂している。かく言う俺もリングの上の闘いに魅入っていた。
リザードマンはかぎ爪のある手を振って、剣闘士に攻撃する。剣闘士は後退して、それを避け、その後に前進。動作と動作の間の隙を狙って、リザードマンに斬りかかる。「ふんっ」と力んで振り下ろされる大剣はリザードマンに激突。ゴンと鈍い音が響くだけで、やはりその刃は硬い鱗に阻まれる。しかし、その衝撃はリザードマンにダメージを与えたようだ。
苦悶とも捉えられる咆哮をあげるリザードマン。それは逃げるように後退りをする。
剣闘士はリザードマンのその反応を見逃さない。すかさず大剣による攻撃を加える。
斬れる斬れないにかかわらず、大剣を振り、攻めていく。
剣闘士の振る大剣の衝撃はリザードマンの硬い鱗に蓄積され、やがて限界を迎える。鱗が破壊されたのだ。
硬い鱗がなくなればリザードマンは無力となる――と、言っているみたいに剣闘士は大剣でリザードマンを斬る。鱗は破壊され意味を為さなくなっているので、大剣はリザードマンの肉を裂いた。
決着。リザードマンは血を噴いて、地に伏す。
観客は声を上げる。歓喜の声や、悲嘆の声。闘技場内は盛り上がる。
「よし」と俺も小さくガッツポーズをして喜んだ。なんだかんだで勝てば嬉しいものなのだ。
「おめでとう」と隣の男性は言った。
「どうも」
一応、この男性のアドバイスがあったから賭けに勝ったのだ。感謝はしている。
それにしても俺はこの男性を知らない。この人はただの親切な人なのか、それとも俺がこいつを知らないだけでこいつは俺を知っている?
「それにしても」と男性は言う。「騎士が昼間から賭場にいるなんていただけないね」
「え?」
どうしてこの人は俺が騎士であることを知っている?
「騎士団に所属していないとはいえ、騎士の位を得ているのだから、君は立派な騎士だろう。それとも腰に携えているその奇妙な剣はただの飾りなのか?」
「どこかで会ったことありますか?」
「面と向かって挨拶をしたことはないないな。だけど、同じ空間にいたことはある」
「誰だよ」
「察してくれ」
さしずめ、王室関係者と言ったところか。もしそうなら、こいつも俺と一緒で王室関係者の身でありながら昼間からギャンブルをしていることになる。
「あんたも人のことを言えないんじゃないか」
「俺はいいんだよ」
「じゃあ、俺もいいんじゃないか」
「俺は仕事で、お前は暇つぶし。この差は大きい」
「俺、一回も暇つぶしでここに来たなんて言ってない」
「じゃあ、なんでここにいるわけ?」
「暇だから」
「ほら、暇つぶしなんじゃないか」
そうですよ。暇だからここにいるんですよ。
でも、仕事でこんな所にいるっていうのはどういうわけだ。賭場の運営に携わっているのか。でも、賭場の関係者が一般客の席に座っているか?
「まあ、近いうちにまた会うだろう」
そう言って、男は立ち上がる。立ち上がり、手に持っている剣を腰に携えた。立ち上がった姿を見て、思った印象はまるで騎士。あまりにも騎士然とした恰好をしていた。
「答え合わせは、また会ったときにしよう」
それじゃあ、と男は軽く手を振ってその場を去った。
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