第31話 黒い悪魔

三人称でお送りします。

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 中ボスは毎回ランダムだ。だいたいの傾向はあるが中に入るまでは何が出るかわからない。

 多いのはその階層に出るモンスターの上位種。1から5階層に出たゴブリン系、ビーアント蟷螂マンティスなどなどの虫系の上位種。

 低確率で出るレアは強さが一段上らしい。

 

 

「何が出るかわからないし、扉近くで待機ね、入ったらバフ系の魔法かけるから。もし数が多ければ足止めから行きましょう」


「何で足止めしましゅか?」


「そうね、《ウオーター》で水撒きしてくれれば《氷結フリージング》で固めてしまいましょう。リュートとレイディには突出して来た敵を片っ端からやっつけてくれればいいけど、1人で前に出過ぎないでね」


「アア」


「あとアス君は魔法で遠距離攻撃中心で。マナポーションは惜しまず使う事。リュートも体力と魔力には気をつけて。ポーションすぐ取り出せるようにしてね」


「了解」


「じゃあ開けるよ」


 ギギギと軋んだ音を鳴らしながら扉が開く。中に入ると薄暗い上に黒い霧のようなものが渦巻いている。



 カサ


 《ライト》を唱えようかと思ったが徐々に明るくなって来た。



 カサカサ


 黒い霧が中心に集まって行く。



 カサカサカサ


 後ろで扉がガチャンと閉まる音がした。



 カサカサカサカサ……


「《物理耐性フィジカルレジスト》《魔法耐性マジックレジスト》」



 ポツポツと中ボス部屋に明かりが灯っていく。


「《速度上昇スピードアップ》《筋力上昇パワーアップ》《体力上昇スタミナアップ》」


 念の為バフかけまくる。何がきてもいいように。そして霧がすーっとはれ、そこにいたのは……


 ガサガサカサカサガサカサ………



「……イ

 ……イ、

 イイイィィィィィヤアアアァァァァァァァァァ……」


「エル?」

「オネーしゃん?」


「いやいやいやイアヤァァ、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール、ファイヤーボール…」


 ガサガサカサカサガ…ブブブ…ガサガサ


「エル、落チツケ」

「狭い場所で火魔法はダメでしゅ」


 二人の言葉はエルには届かない。リュートが錯乱したエルを羽交い締めにするもわずかに伸ばした手の先から魔法は放たれる。


「いやイアヤ、ファイヤーボール、ファイヤー、ヤダヤダヤダぁ」


「クッ、アス!」


 杖を握りしめオロオロするアスに向かってリュートが指示をとばす。


「地魔法で囲えるか、俺達の周りを囲って視界を塞げ」

「で、でも」

「いいから、やれ」

「は、はい《ストーンウォール》《ストーンウォール》《ストーンウォール》」


「ヤダぁ、来ないで、あっち行け飛ばないで!ファイんんんむ……」


 背後からエルの両手を拘束するが、普段から発動補助具なしで魔法を唱えられるエルは呪文さえ口にできれば魔法は発動する。なら口を塞ぐまで。

 拘束した手ごと身体を抱え込みエルの顎を己の方に向けてリュートはエルの口を塞ぐ。


「んん、んむぅ…」


 開こうとする唇をねじ伏せ舌を喉の奥まで差し込み、エルの舌を抑え込む。


「…んー、んん」


 アスは中ボス部屋の扉を壁面として半円状に囲む石のドーム空間を作り出した。扉に描かれた幾何学模様が淡く発行しており真っ暗ではない。密封された空間は外の音も完全に遮断した。


「できた、できたよ兄しゃまって、えええ?」


 自分の魔法がうまく発動し【コックローチ】の這いずる音をさえぎった。成功に喜び振り返るとエルの口をディープキスで塞ぐ人化したリュートがいた。


「……兄しゃま?」


 5秒か、10秒かわずかな時間が経ちやがて呼吸困難になったエルの膝ががくりと崩れる。リュートはそのままエルの身体を抱きかかえたままゆっくりと座らせた。


「う、ううぅ」

「落ち着いたか?」


 いや、それは無理でしゅよ?オネーしゃん真っ赤でしゅよ?と心の中で一人突っ込むアスであった。

 別の意味でパニック中のエルは真っ赤になった自分の顔を両手包み「あう、あうぅ」と唸っていた。








「兄しゃま、ちょっと息苦しいでしゅ」


 座り込んだレイディにもたれるアスとエル、向かい側で胡座で座るリュート。

 ようやく落ち着いたエルは俯いたままだ。人化形態のリュートはエルの頭をポンポンと叩く。


「女性が【コックローチ】が苦手なのは知っていたがエルがここまでパニックになるとは意外だった」


「……ごめんなさい」


『あたち、蟲潰すなのヨ、ご主人守るなのヨ』


「う、ありがと、レイディ」


 もふもふに顔を埋めるエル。


 中ボス部屋の扉は一度閉めてしまうとボスを討伐しないと開かない。多くの冒険者は扉にものを咬まして完全に閉まらないようにして退路を確保する。今回エル達は退路の確保をしなかった。




 5階層の中ボス部屋の床壁天井には【ブラウンウイングコックローチ】【ヒュージコックローチ】の群れと1匹の【キングコックローチ】が待ち構えていた。


「さて、狭い空間で火魔法は悪手だ。どうして倒す?」


「【コックローチ】は冷気にも弱いって書いてましゅ」


 取り出した図鑑の中ボスの項を見ながらアスが告げる。


「えっと、じゃあ僕が《スプリンクルウォーター》で水を撒巻くのでオネーしゃんがその後で凍らせてくだしゃい」


「うん、そうだね。ただ魔法で凍らせるより氷に閉じ込めた方が早く動きを押さえられる、はず」


「じゃあその手順で行こう。凍らせた【コックローチ】を順次物理で粉砕すればいいだろう。エル、この石壁を壊すが、いいな」


 立ち上がったたリュートに想念を押される。


「ううん、大丈夫、私が壊すよ」


 エルが立ち上がり続いてアス、レイディも立ち上がり扉に背を向ける。


 ハーフーと深呼吸を繰り返すエルの「落ち着け、落ち着けぇ」と自己暗示をかけるようなつぶやきが狭い空間に木霊する。


「《砂変化サンドチェンジ》」


 エルの呪文とともに周囲の石壁が砂となって崩れる。途端にガサガサ、ブブブと言う音が耳に届く。

 なぜかコックローチ軍団は扉の周囲には近寄って来ていなかった。

 リュートは、すぐ半獣形態になり、万が一石壁にコックローチがへばり付いていたら瞬殺するつもりで構えていたのだが。

 ボス戦はまだ始まっていないと認識されているかのようだった。それはそれでこちらに都合がいいが不思議ではある。



「いきましゅ!水は大地に振り処暑ぐ恵み《スプリンクルウォーター》」


 アス君の魔法が発動した。あたり一面に散水が始まる。魔法発動地点から全方向に捲かれる水に殺傷能力はないが勢いはあり天井まで届く。


 ブブブブゥーン

 ブブブゥーン、ブブゥーン


 水が巻かれたことにより数匹のコックローチが飛んだ。


「ひぃぃっ、飛ばないでぇ」

「エル!」


 突然の飛行にまたもパニックを起こしかけるエルを背後からリュートが左腕を回し抱き寄せる。


「大丈夫ダ、落チ着ケ」


「う、うあ《アイシクルレイィィン》」


 ビキ、ビキビキピキン…


 リュートの腕にしがみついたままエルは叫ぶように呪文を放つ。

 水しぶきに氷の雨が触れると質量を増しながらピキピキと凍りだす。

 コックローチ軍団が慌てたように動き出すもすでにあたりは水びたしで壁や天井に張り付いていたものも凍りつきボトボトと落ちていく。


「あっち行って《アイスブリザード》」


 追加で放たれた魔法は極寒の吹雪となって落ちたコックローチを奥の方へと押し流す。

 その間もエルの両手はきつくリュートの腕を握りしめたままだった。


 ほどなくして動くものがいなくなった。


「終わりでしゅか」


「イヤ、マダダ」


 母子部屋の再奥、小高い山になったコックローチの氷漬けが、ミキ、ピシリと音を立てる。


 ドガァァン


 氷漬けのコックローチを粉砕、吹っ飛ばしながら【キングコックローチ】が立ち上がる。

 リュートはエルを扉に押し付ける。


「他ノヤツヲ盾ニシテ防イダ。アス、エルヲ守レ、レイディ、イクゾ!」

「Gyua!」


 リュートとレイディが【キングコックローチ】に向かって走り出す。

 先に攻撃したのはレイデイだ。少し手前で止まり風魔法を放つ。

 風の刃は【キングコックローチ】の足を2本切り落とした。

 アスはエルの前で両手を広げ守りながら《ストーンバレット》を放つ。命中したイシツブテは打撃としての効果は薄いが飛び立とうとした「Gyua!」の足止めになった。


「ハアァッ」


 気合いと共に飛び上がり落下速度を加えた爪が振るわれる。

【キングコックローチ】の外郭は固く爪は油のせいか表面を滑る。


「クソッ」

「Gyua!」


 レイディの蹴りが決まり【キングコックローチ】がひっくり返る。


 裏返った【キングコックローチ】に再度リュートがラッシュをかける。下側は上よりは柔らかく爪が何筋もの切れ目を作る。


「オラオラオラァ」


【キングコックローチ】の足は全て落とされ多くの傷から薄黄色の体液が漏れ出す。


「オラァァ」


 節に留めとばかりに爪を突き刺すリュート。


 パキン


 根元から折れた爪が刺さったまま【キングコックローチ】は動かなくなった。

 しかし、最後はレイディが前足を頭部に振り下ろす。


 グシャッ


 薄黄色い何かを撒き散らし【キングコックローチ】の頭部は粉砕された。

 入口の方から「ひいいぃぃっ」とエルの情けない声が聞こえる。


 とりあえず、【キングコックローチ】は倒した。あとは氷漬けの【コックローチ軍団】にとどめを刺して回らないと。


「何匹イルノカ」


 エルは…無理だろうな。

 リュートは折れた爪を見る。


「ア、ドウシヨウ、コレ……」


 ボス戦はまだ終わっていない。


 リュートとレイディはエル達の方へゆっくり歩いていく。


「ちょ、ちょっと待って、レイディ足、足洗おう、リュートも」


 見ると服に【キングコックローチ】の体液が飛んでいた。レイディも頭を潰した時に足に付着したようだ。


「《ウォーターシャワー》」」

「ブッ」

「あ、ごめん《ウォームウインド》」


 いきなり水がぶっかけられたと思ったら今度は勢いよく温風が吹き付ける。


「オネーしゃん、温風で氷が溶けちゃいましゅ」

「あ、やば、《水分蒸発モイストエバポレーション》、あと《ピュリフィケイション》」


 水洗い→乾燥→殺菌というところだろうか、リュートはじっとエルを見る。


「ご、ごめん、なさい」


 もじもじしながら謝るエル。エルの交友態度は珍しいと思う。

 リュートは人化し爪が折れただの手甲になってしまった装備を外す。


「エル、何か武器を貸して欲しい。コックローチのとどめを刺さないと」


 さっさと終えてボス部屋を出た方がいいと思う。




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しばらくαで書いてる小説にかかりっきりになってました。

すみません。

サブタイトルでボスが何かバレたでしょうか?

元ネタの小説ではボツになった5階層ボスです。

リュートとの絡みが書き辛かった(T . T)

これで少し恋バナ進むかな?

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