第9話 その頃の公爵家
「ラインハルト殿下に婚約破棄を言い渡されただと!」
スチュアートが持って来た【影】からの報告書を読み唖然とする。あんの馬鹿王太子!ウチのエレーニアに不足があるとでも!
親に似て容姿端麗、頭脳明晰、成績優秀、努力家で優雅で心優しいウチの子のどこが不満なのだ!
お前のようなボンクラ王子に勿体無いほどの……
いや、まて、コレはコレでいいかもしれない。
二人が婚約したのはエレーニアが5歳、ラインハルトが7歳の時だった。現王グレンハルトの優秀な遺伝子を持っているのだから、将来はいっぱしの王になるだろうと婚約を許したのだ。だがここ数年の【影】やクリストフの報告を見れば王の子かと疑いたくなるほどのご乱行ぶり。
婚約者のある身でたかだか庶子の男爵令嬢如きにうつつを抜かすようなやつだ、このまま婚約破棄を受け入れよう。その方がいい。
万が一、億が一でも王子が復縁を願ったら……いや絶対させんぞ。そうだ、エレーニアを何処かに隠そう。とりあえず領地のイラの湖の塔にでも隠すか。あそこは三重の魔法鍵がある。滅多なことで押し入られる事など無い。
その間にラインハルト王子など足元にも及ばん、立派な婚約者を探そう。ウェイシア王国の…王子はまだ小さかったな。ガガート帝国の皇帝は年齢的にはいいが、あの国はきな臭すぎる。リュミエール神皇国は…
うん、後にしよう。
「スチュアート、明日朝までに馬車を用意しろ、侯爵家の馬車と判らぬようにするのだ。後、騎士の中で口が固いものを二人ほど選んでおけ」
スチュアートは静かに頭を下げ執務室を辞した。
スチュアートが選んだ『口の固い』騎士其の1・ヘンリー
固いと言うより非常に無口であり、騎士として武一辺倒に生きて来た彼は全く女性なれしておらず、貴族令嬢の中でもトップクラスのエレーニアとは、たとえ主家の令嬢といえど話すことは愚か眼を合わすことすら恥ずかしくてできなかったのだ。
『口の固い』騎士其の2・エドワーズ
田舎育ちで若干訛りがあることがコンプレックスな彼は、主家の令嬢であるエレーニアの前に出るとどもってしまう為話せなくなる。また非常に美少女のエレーニアの顔を直視できない上存在を主張する御胸様についつい目がいって……と言う状態だったのだ。
「いいか、ヘンリー、エドワーズ。エレーニアが屋敷を出て領地に戻ったことを知られてはならぬ。
途中は街に寄ることも、街道を通ることも禁止する。裏道を使い隠密に事を運べ。
コレは塔の鍵だ。合鍵は管理を任せている猟師夫婦にも持たせてあるが、誰にも見咎められぬように一刻も早くエレーニアを塔に隠せ。猟師夫婦には手紙をしたためる。よいか、くれぐれも誰にも見られるな」
かくしてエレーニアの旅は慌しく計画実行されたのであった。
そしてやはり親子である…………
手紙書いたか?パパン。
***ヘンリー&エドワーズ***
「ヘンリー、どうすんだ、お嬢様をお連れするたあ、聴いてなかったで、旅の準備なんぞなんもできとらんぞ」
「どういうことだエドワーズ、スチュアートさんが準備してるんじゃ無いのか?」
「いや、夜営の準備も食料もなんもねえ、俺たちは携帯食でも野宿でもでけるが、お嬢様はどうすんダァ?」
「「……………」」
朝、理由も説明されず館に顔を出せと言われ、突然の命令にどうする事も出来ず途方にくれる二人であった
***メイド控え室***
「ひどい、酷すぎます。エレーニアお嬢様が婚約破棄されるなんて」
滂沱のごとく涙を流すメイド、アニア。
「お嬢様が王妃教育の為にどれほどご自分の時間を犠牲にしてこられたと、それをあの節操なし王子が」
メイド仲間のルミルがアニアにハンカチを渡す。
「いくら侯爵邸の中といっても、聞きとがめられたら不敬罪で捕まるわ、アニア自重しなさい」
「だあってルミル、王子のナンパは城下でも有名よ。この前も王子の子を妊娠したっていう王城メイドの話し、聞いたでしょ」
「まあ、あれは結局妊娠は勘違いだったし、あの娘も事を大きくしなければ大金を手に入れてどこかの下級貴族に嫁入りできたのに」
「そんな女ばかり選ぶ王子の人柄が見えるわ」
「だったら婚約破棄されてよかったんじゃない」
「だめよ、婚約破棄するならお嬢様の方からじゃないと。その資格も権利もお持ちなのはお嬢様の方なのに…あの
そんな会話がメイド控え室で交わされていた。
そして日々は過ぎ……
「そろそろ1週間が経つがエレーニアから連絡はないのか」
ディヴァン侯爵キースクリフはスチュアートに尋ねながら執務室をイライラと歩き回っていた。
「管理人夫婦からもなんの連絡もない、どういう事だ、ヘンリーとエドワーズを呼べ」
スチュアートは一礼をし、執務室を出て行ったが、程なく2人の騎士を連れて戻ってきた。
「お前たち、エレーニアを無事イラの湖の塔に送り届けたのか」
「「はい、間違いなく」」
「管理人は何か言っていたか?」
「は?いえ、管理人夫婦にはあっておりません」
ヘンリーが返事をすると、キースクリフは驚き2人の騎士に詰め寄る。
「お前たち、管理人夫婦に手紙を届けなかったのか?」
キースクリフの剣幕に驚きつつもエドワーズが、
「手紙はお預かりしとりませんですが…」
「何を、管理人夫婦に渡す…よう…に………、あ………」
己のミスに気付きキースクリフはフリーズする。そんな主人を横目にスチュアートは2人の騎士を下がらせた。
「侯爵様、すぐに飛行騎獣を持つものを行かせましょう。それと速文はやぶみを飛ばし管理人夫婦にお嬢様の御様子を確かめるよう指示致します」
スチュアートの声にハッと我に帰るキースクリフ。
「そ、そうだな
「すまん、アズスラ、無理をさせるが頑張ってくれ」
『主、了解した』
漆黒の八本足の巨馬は、キースクリフの言葉に応じ、キースクリフとスチュワートの二人を乗せ速度を上げる。怒涛のごとく裏街道を駆け抜けるスレイプニルの姿を見たものがいなかったのは幸運としか言えないだろう。
「塔が見えてきたぞ。ん、あれは…」
湖の手前にいたのは見知った男だった。減速しつつ近づくと男は蹄の音に気付き振り返る。
「侯爵様?なして此処へ?」
「お前こそ此処で何をしている?」
男は塔の管理を任せていた猟師フレドであった。
「それが、今朝方湖で大きな音がしたもんで、女房が見てこいつーもんで、確かめに来たところです。そったら、ヌシが水面まで上がって来ておったみたいで。滅多に上がってこん奴なのにどしたか思っとったんです」
「そんなことより塔は、塔は変わりないのか」
「はあ、特に。鍵はきっちり閉まっとります」
「鍵をかせっ!」
フレドからひったくる様に鍵を奪い急いで扉に向かう。慌てている為ガチャガチャと無駄に鍵を回しやっと開くと中に駆け込んだ。階段を上がり次々と魔法鍵の扉を開け、ついに最上階の部屋に飛び込んだ。
「エレーニア、エレーニアーーッ」
部屋数がある訳ではない、見渡して居ないのなら隠れるところなどないのだ。扉が開け放たれたままのバルコニーへ出るが誰もいない。手すりから下の湖を覗き込む。大きな音……まさか此処から飛び込ん……
「侯爵様」
スチュアートの声に部屋の中に引き返すと一枚の便箋と見事な銀の髪の束を渡される。貴族の風習として、志半ばで倒れる時、髪を切り後継に託すと言うものがある。それに担い、処刑される者や、自ら命を絶つ者も遺髪を残す事がある。手紙にはたった一行。
『お腹が空きましたわ』
その一行が意味するものは……
「ま、まさか、空腹に耐えきれず、自ら命を……バルコニーから身をなげて……」
キースクリフは便箋と髪を握りしめたままがくりと膝をつく。
「エレーニア……お、おお、おううぅ……そんな…」
とすんと座り込んだキースクリフ。
「エレーニアァァァァァーーッ!!」
「うるさいですわ、あなた。みっともない」
バルコニーからヒッポグリフに乗って現れた、ピンクブロンドの髪に菫色の瞳、とても二人の子持ちとは思えない美しい女性、ママンであった。
「クラリッサ、エレーニアが、エレーニアがぁ」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃな顔を見てママンは溜息をつきつつどこからかハンカチを取り出し、夫の顔を拭く。
「ほら、チーンして。エレーニアなら無事よ。私の
エレーニアは雛だったレイディを育てる為ママンのヒッポグリフに里親になって貰ったのだ。その為2匹は仲が良く、侯爵邸では一緒にいる事が多い。エレーニアがレイディを呼び出した時ちょうど2匹は一緒に過ごしていたのだった。(しかしヒッポグリフに育てられるグリフォンってどうよ)
「あの子のことだからレイディに乗ってその辺ぶらついているか……まあ、食事もなくほったらかされたので最悪家出くらいはしても仕方ないんじゃないかしら」
クラリッサの言葉にスチュアートは頷き、キースクリフは青くなってプルプル震えだす。
「い、い、家出…」
「心配しなくたって大丈夫よ。あなたが思っているほど弱い子じゃないんだから。さあ、とっとと帰るわよ。本当、いつまでたっても子離れできないんだから…」
エレーニアが行動派なのはママン譲り?
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