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□ □ □ □



「……で? ショックを受けて機嫌が悪い、と」



 すんすんと鼻を鳴らす私に、夏生さんが呆れたような視線を投げてくる。


 良いか悪いかの二択にたくだと、確かに良くはない。

 でも、宮様に対して怒っているというわけでもない。宮様の本当の歳は私よりも上だとはいえ、今は私よりも下。それに、分別がつかない小さい子の前にあんな無防備に差し出したのも悪かった。


 だから、あれは不幸な事故だったわけで。


 我慢、我慢……が、まん。……う゛ぇっ。



「あぁーほら、お前が泣くと神さんの機嫌も悪くなんだよ。泣き止め。泣き止んでくれ」

「う゛ぅ……しらなぁい。アノひと、しらなぁいよぉー」

「あぁ、ダメだ。あまりのショックに完全に幼児化してやがる」



 完全に幼児化ってなに!? してないよっ! 


 そう言い張りたいのに、これじゃあその通りになっちゃう。

 それに、やだ。目から水が止まらない。


 ぐじぐじと目をこすろうとすると、巳鶴さんに手を掴まれて止められた。



「あまり擦るとれますよ。よしよし、いい子ですね。分けてあげたのはえらかったですよ。怒らなかったのも本当に偉いですね」

「ひっ……ひっく……う゛ぁい」

「また今度作ってもらいましょうね」

「んっ」



 巳鶴さんが差し伸べてくれた両腕に手を伸ばし、まるでサルの親子のようにひしっと抱き着いた。そのままポンポンと背中を優しく叩かれ、だんだんと眠気が押し寄せてくる。


 目をつむってその眠気に身を任せていると、巳鶴さんの背後からふんわりとある香りがしてきた。


 ……おかあさん。


 涙でぐずぐずになったのと、眠気のせいで、思うように目蓋が開かない。それでも、お母さんの匂いがするのは分かる。


 両腕を、その匂いがする方に伸ばした。



「……だっこ」

「おやおや」



 巳鶴さんの不思議そうな声が微かに聞こえてくる。


 脇を抱えられ、巳鶴さんの膝の上から吊り上げられた私は、おかあさんに、否、正確にはおかあさんの匂いがするふところに包まれた。


 ……なんで。お母さん、こんな身体かたくない。


 もう本当に無理やり目を開けて顔の方を見上げると、アノ人が私のつむじをながめていたみたいで目があった。



「……」

「……」



 もぞり。


 ……お母さんの匂い。


 身動きするたびに、アノ人の服からお母さんの匂いがする。



「……ううぅ」



 眠い。眠い、けど、寝たくないぃっ。


 こんなの詐欺だ、酷い。だまされた。


 顔をくしゃりとゆがませた私を見て、アノ人は何を思ったのか、そのまま身体を左右に揺らし始めた。程よい揺れに、ますます目蓋が重くなっていく。



「やっぱり、こんな時は父親やんなぁ」

「なんだ。チビ取られてさびしいのか?」



 少しだけ面白くなさそうな綾芽の声と、それを揶揄からかう海斗さんの声が遠くに聞こえる。実際はすぐ近くのはずだけど、もう朧気おぼろげだ。



「そんなんちゃうわ。そやけど、自分から行くようなるなんて、ほんま進歩やなぁ」

「んー、でもなんかうなり声が聞こえた気がしたけど、俺の気のせいか?」



 気のせいじゃないよ、海斗さん。


 そう言いたい、のに……っと。


 首が後ろにガクってなる度に少しだけ意識が浮上する。けれど、それもいつまでもというわけにはいかない。


 しばらくすると、アノ人もこれはまずいと気づいたのか、壁に背をつけるようにして座りこんだ。そうすると、上手い具合に私の身体がアノ人にしなだれかかる。

 お母さんに聞いたのか、はたまた巳鶴さんがやっていたのを見ていたのか、ポンポンと完全に寝かしつけモードにひたり始めた。


 皆の声が右耳から入って左耳から出ていく。



「……おか、さ……」



 そこで私の意識はプツリと途絶えた。



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