5
自分からは面倒くさくて絶対に言い出さないだろう冥府の官吏殿に代わり、夏生さんと綾芽さんにここまでの説明をする。
もし、この龍穴に繋がる龍脈が暴走するようなことがあれば、その余波を受けた界は一気に
そうなれば最後、己の仕事が各段に増える。そんな事態は
今回、城の地下にある界が開かれた。しかも、内部犯の色が濃い。己らの不始末は己らでつけるが道理よな。
そう言って、正月の三が日明けに夢の中に突然出てこられた。
普段は夢などほとんど見ないせいか、一瞬、これが現実なのか夢なのか分からず、
そんな俺に向かって、目の前にいる彼は言葉を選ぼうとする素振りすら一切見せず、挙句の果てには「お前は馬鹿か」と言ってきた。
その時の感情を無理やりどこかへ押しやり、この間、雅に見られていた時のことまで話し終えると、夏生さんの眉が再びひそめられた。
「……なるほど。何であんたがここにいるのかは分かった。だが、あんたと劉。二人にどんな関係が?」
「何も?」
「は?」
「ただ使えそうだったから使った。それまでのこと」
「はぁ?」
何を今さら分かり切ったことを、と、冥府の官吏殿はフンと鼻を鳴らした。
それに対して、夏生さんは口元をピクピクと
分かる。その気持ちはすごくよく分かる。
彼の――冥府の官吏殿の言葉は端的すぎる。そして、その
これでは同じ時を生き、彼の周りで仕事をしていた者は気苦労が絶えなかっただろう。胃薬くらいは常備していたかもしれない。そして、今の職場もまたしかり。
夢や携帯を通して指示を出してくるにしても、一を言ったら十をやれと平気で言ってきかねないところがあった。
だからこそ、だろう。合理的に物事を解決することを良しとする彼の目的に最も合う人材を探し、探し当てられ、使われた。
「なつきさん。ここのなか、おんみつ、いちばんてきしてる、おれ、です。ほかのぶたい、きづかれない、うらぎりものさがす、しっぱいゆるされない。だから、かれ、おれ、えらぶ」
「お前なぁ……人が良すぎるにも程ってもんがあるぞ。通常の仕事に加えてそんなのさせられてたら身体がいくつあっても足りねーだろ。もっと早く報告しねぇか」
「はい。すみません」
頭を下げると、丁度向こうから俺と綾芽さんの名を呼ぶどこかまだ寝ぼけていそうな雅の声が聞こえてきた。こちらに向かっているようで、段々と声が近づいてくる。
「……この話はまた後でだ。夜、雅が寝た後でもう一度来い。綾芽、海斗と巳鶴さんも一緒に連れてくるんだぞ」
「えーっ。夜に会議しはるんですか? どこか場所作ってもろて、そこで昼間にすればえぇんと違いますの?」
「バカ野郎。下手に場所を移せばどこで
「えぇーっ」
「四の五の言ってんじゃねぇ! 分かったか!」
「はいはい。よう分かりましたわ。……まったく、人使いの荒いお人やわぁ」
「あ゛ぁん?」
「あー、ここやここ。夏生さんの部屋におるでぇ」
綾芽さんは夏生さんが睨みつけるのをさらっと無視したかと思えば、部屋の入り口にじり寄って行って障子を開けた。そして、顔を出し、廊下の向こうにいる雅に声をかけた。
いたーっという声と共に軽く小走りでこちらへやってくる足音が、部屋のすぐ近くで立ち止まったのか聞こえなくなってしまった。
「……みやび?」
振り向いて雅がいるだろう方へ顔を向ける。すると、丁度太陽の当たり加減で障子に影絵ができていた。その障子に映る影。一つは部屋から手を伸ばす綾芽さんの手。一つは部屋の
……もう一つ?
「ど、どうしてここにいるんでしゅか?」
「いたら駄目か?」
部屋の中ではなく、廊下側、雅とは反対側の綾芽さんのすぐ
顔の向きを戻すと、丁度夏生さんも自分の後ろにいたはずの姿を探していた。そして、その姿はやはりない。
先程までと打って変わって面白がるような声をしているから、障子の向こう側で影しか見えずとも
「あ、あやめは、だらけてばっかりだけど、わるいひとじゃないんでしゅ」
「え? どういうことなん、それ。まさかそれ、一応
「ほめてはない!」
「あららー」
「あっ! なつきしゃん!? なつきしゃん、かろうし!? やだー!」
「おい! 勝手に人を殺すな!」
「なーなー。劉もいてるんやけど」
「まさか、りゅー!? いやだー! りゅーはね、すっごくいいひとだから! だめだから!」
そう言って、冥府の官吏殿に駆け寄る雅は何やら盛大に勘違いしているらしい。綾芽さんは一人、ケラケラ笑っている。
雅の声を聞きつけた皆も寄ってきて、雅と雅がしがみついている冥府の官吏殿、笑いこけている綾芽さんを見て、なんだ通常運転かと去っていった。
冥府の官吏殿がヒトではないとは分かっているだろうが、ここ最近急激に増加した人以外のモノとの関わりに、彼が生者ならほとんどの者が
「おい」
夏生さんに呼ばれて振り向くと、夏生さんが雅と彼の方を
雅を今すぐ回収しろ。
言外にそう言われ、すぐに腰を上げる。綾芽さんがいる障子をさらに開くと、雅が彼の足にしがみついていた。それはもう、本当に。まるで動物園のコアラが木に足をからめるように、雅の両足が彼の両足をここから一歩も動かすまいとしっかり固めこんでいる。
「みやび。だいじょうぶ。かれ、つれていく、ない」
「ほんとー?」
「さぁ、どうだろうな?」
「……っ!」
この声、完全に面白がっている。
せっかくなだめて連れて行こうとしたのに
「そやけど、そのまんまそこおったら、通りがかる人みぃんな目ぇつけられてしまうんと違う?」
「はっ!」
「そやろー? ほな、こっち来ぃ」
「だ、だめだからね! りゅーたちは、だめだから!」
そう言いつつ、雅は足を離し、俺の手を引っ張って綾芽さんの方へ、部屋の中へと歩きだした。
「あんま
「ふん。気が向いたらな」
後ろで二人が何やら雅に対して
雅はそれに気づいているのか気づいていないのか、後ろを振り返ろうとはしない。そのまま勝手知ったるなんとやらで座布団を持ってきて、そこにまず俺を座らせ、その膝に自分も座ってきた。
なんだかいつも以上に可愛い存在に思えて、そっと頭を撫でてやった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます