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 屋敷の近くまで来ると、ちょうど門番が交代の時間だったようだ。門の前で男が四人、立って話し込んでいた。そのうちの一人がこちらに気づき、上役である綾芽さんに頭を下げた。



「お帰りなさい」



 一人が頭を下げると、皆も気づいたようで遅れながらもそれに続いていく。



「夏生さん、中いはる?」

「はい。私室の方で書類整理をされてます」

「そ。おおきに」



 綾芽さんは礼もそこそこに、手をヒラリと振ってみせ、玄関へと歩いていく。その背を追いかけ、玄関の上がりかまちくつを脱いだ。


 そして、すぐに綾芽さんの部屋へ雅を寝かせに行く。

 春までは殺風景だったこの部屋も、雅が来てから大分変わった。というより、雅の物がどんどん部屋を侵食していったという方が正しいのだろう。


 見た目と実年齢が違うだなんて雅も最初言わなかったから、見た目相応の歳の子供が遊ぶ玩具おもちゃやら落書き帳やら人形やらが箱の中で一応整理整頓せいりせいとんされている。

 ……本人は否定するだろうが、結構楽しそうに遊んでいた。



「ちょお、待ってな」



 綾芽さんが押入れから出した布団の上に寝かせると、少しぐずる様子を見せたものの、すぐにまた寝息を立て始めた。



「……さて。ほな、夏生さんとこ、行こか」

「……はい」



 話は間違いなく一昨日おとといの夜に雅に聞かれてしまった電話の件だろう。雅が綾芽さんに話していないわけないし、たとえ話していなかったとしても、店の前で発した言葉を綾芽さんが聞きらすわけがない。


 きびすを返した綾芽さんの後ろに続き、夏生さんの部屋へと向かった。





「夏生さん、入ります」



 障子に手をかけるため、床に正座している間に綾芽さんが中に声をかけたかと思えば、返事も待たずに勢いよく障子を開けた。


 綾芽さんの部屋とは離れているから雅が起きることはないだろうけれど、この夏生さんに対する嫌がらせともとれる行動は正して欲しいと思う。……思うだけで口にはしないのだけど。


 案の定、部屋の中に目をやると、慣れもあるはずの夏生さんでさえ眉をしかめて筆を折らんばかりに握りしめていた。ミシッという音が今にも聞こえてきそうだ。


 夏生さんは持っていた筆を筆置きに立てかけ、座れと少し離れた畳をあごで指した。



「やれやれ。顎で指すやなんて行儀ぎょうぎの悪い。あの子が真似まねするようになったら、どないしはるんです?」

「おーおー。ブーメランって言葉知ってるか?」

「はぁ、どこのお国言葉やろ? ぶーめらんなんて、自分、お国言葉には弱くてかなんわぁ」



 指示された位置に腰を落としながら綾芽さんがそう言うものだから、夏生さんの怒気にさらに火をつけた。



「ブーメランだよっ、あのっ! 投げたら戻って来るやつだっ! 誰が今までの流れでお前に方言聞くんだよ! 俺に説教れるなら、まずは自分の行動振り返れってんだ!」



 つばを飛ばす勢いで怒る夏生さんに、綾芽さんは悪戯いたずらっ子が浮かべる表情で耳をわざと押さえて見せる。当然、これには夏生さんの怒りもいや増すというもの。


 結局、通りがかった巳鶴さんに、二人ともいい加減にしなさい、とおしかりを受けるまで、そのどこか子供じみた応酬おうしゅうは続けられた。



「……で? メールしてきた件か?」

「そうです。直接本人の口からの方がえぇやろな思いましてん」



 こちらを見る夏生さんの目が、そして一瞬だけ視線を合わせてそらされた綾芽さんの目が、俺に先をうながしているのが分かった。


 遅かれ早かれこうなる日が来るのは分かっていた。夏生さんや綾芽さん、海斗さんや巳鶴さんの指示がないのに動く俺をきっと誰かが見咎みとがめただろう。そうでなければ俺の方から報告していた。報告しないという後ろめたさにかられて。


 服のポケットから携帯を取り出し、机の上にそっと置いた。二人の視線が置いた携帯にそそがれる。



「……もうしわけ、ございませんでした」



 畳に頭をつけ、謝罪の言葉を口にした俺は、きっと二人から冷ややかな眼差しを向けられていることだろう。



「まぁまぁ。そんなんせんと、頭上げてや」



 綾芽さんに促され、頭を上げると、丁度夏生さんが携帯の画面を操作し始めた所だった。寄せられている眉の間にしわが刻まれている。きっとあの日の通話記録を探しているんだろう。


 でも、無駄だ。

 なぜなら、通話の相手は……。



「もう少しもつかと思ったが、駄目だったようだな」

「……っ!」

「……驚いたわ。まさか、冥府の官吏かんりさんが直々にお出ましやなんて」



 夏生さんの後ろの壁にもたれかかるようにして腕組みをしている男が一人。口元に嘲笑ちょうしょうの色を浮かべ、こちらを見下ろしている。


 今まで何の気配もなかった場所から現れた彼に、夏生さんは声もなく目を見開いて驚いている。そして、以前雅を連れ戻しに冥府に行った時にでも顔見知りになったのであろう綾芽さんの言葉に、さらに目を見張った。視線だけで、現状を速やかに説明するようにと命令が飛んでくる。


 そんな夏生さんを見て、冥府の官吏――そう呼ばれた小野おののたかむら公は目を細めていた。



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