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 ※劉 side※



 雅が寝てしまって、変わらないはずの身体の重さが増したように感じる。けれど、これは決して不快だったり、嫌な重さなどではない。


 徐々に雅の身体から力が抜け、肩にかけられていた手はダラリと下へ重力に従って落ちていく。


 雅の顔を覗き込むと、何やら安心したのかニヘラッとしまらない顔つきで笑いながら眠っていた。



「おもろい顔、してはるわぁー」

「あやめさん。ほほ、つつく、だめ」

「かんにん、かんにん」



 綾芽さんが人差し指で雅の頬を何度も繰り返し突くものだから、自分の肩を間に差し込んで止めた。せっかく良い気持ちで寝ているんだから起こしてしまうのは忍びない。


 人通りがあまりない道を選んで帰るようで、先に歩いて行く綾芽さんの後ろに続いた。






「近くまで来て素通りとは、あんまりではないか?」



 青龍社の前を通り過ぎようとした時、拗ねるような若い男の声で名前を呼ばれた綾芽さんが足を止めた。


 声のする高い鳥居の上の方を見上げると、この社の神が腰かけ、こちらを見下ろしていた。


 いつもなら腰を落として拝礼の姿勢をとるのだが、今は寝ている雅を抱えているので、静かに目礼するに留めた。



「なぁんも用なかったんで、お忙しやろなぁ思て遠慮させてもらいましたんや」

「心にもないことを」



 神はフンと鼻を鳴らすと、重力を感じさせない動きでフワリと地面に下りてきた。



「なんだ。寝てしまっているのか」



 神は雅の顔を覗き込むと、残念そうに呟いた。手を上げたので、綾芽さんのように雅の頬をつつくのかと思いきや、そのまま頭を優しく撫でただけだった。


 それから俺をジッと見つめてこられたものだから、傍で欠伸をかみ殺している綾芽さんへ助けを求めてみる。けれど、俺の視線に気づいているはずの綾芽さんは、神に仕えているこの社の神官を探しているようで、こちらを助けてくれる様子はない。


 内心どうしたものかと迷っている俺を神はジッと見つめていた。顎を親指と人差し指で摘まみ、何事か考えていたらしく、ふむ、と声に出すと、ニコリと笑って両手を差し出してきた。



「……え?」

「その童神を我へ寄こせ」

「え、いや、でも」

「さぁ」



 神特有の押しの強さを発揮され、たじたじになってしまっていると、鳥居の向こうから誰かがこちらへ歩いてくる音がした。一部の乱れもなく狩衣を身にまとったこの社の神官の青年だ。


 探し人が自分からこちらへやってきてくれたので、中入って探す手間が省けたわと綾芽さんも本当に嬉しそうに笑っている。



「こんにちは。綾芽さん。劉さんも」

「こんにちは」

「すぐ来てもろておおきに。奥に引っ込んではったらどないしよ思てましたわ」



 この社の神官――春道さんは苦笑いを綾芽さんに返し、神へは一転して厳しい視線を投げた。


 普通ならば神と神官の関係性が逆なのではと疑問に思うかもしれないが、ここではそれぞれの性質というか本質が今の関係性を作りあげていた。


 ……神がこの現状を許しているという点が重要にして最大の理由なので、他の社ではこうはいかないだろう。



「本殿から神気が消えたと思って来てみれば……またちょっかいを出しているんですか?」

「少しくらい良いではないか。それに、これはちょっかいではなく、ましてや贔屓ひいきなどではない」

「……そこまでは言っていませんが。ご自分から言い出されたということは、ご自覚がおありになるのでは?」

「そんなことはない。そなたはいつも穿うがったものの見方をする」

「それこそ、そんなことはありません。さぁ、境内に参拝者がまだ大勢いらっしゃるのですから行きますよ。その中に視える方がいたらどうするんですか」



 あぁーっと名残惜し気に手を思い切り伸ばす神を羽交い絞めにして、春道さんは頭を俺達に軽く下げてからズルズルと裏手の方に引っ張っていった。


 神を引きずりながら歩ける人間は世界広しと言えど、ここの社の神官しかいないに違いない。というよりも、なんというか神の威厳を保つためにもここだけであって欲しい。


 一方、綾芽さんはというと、目論見通りとホクホク顔で笑っている。そんなにあの神がいなくなって嬉しいのなら、ここの道を通らなければ良かっただろうに。



「ここ、とおる。なぜ?」

「ん? あぁ、あの神に用はあらへんけど、ここの土地にはあるんや。この辺でも一等清浄な神気に覆われとるし、寝てはっても回復はできるやろ」



 通りすぎるんでも十分やし、そうしよ思てたんやけどなぁと綾芽さんはボソリと呟いた。それからまだ眠ったままの雅をチラリと見て、屋敷に戻る道を再び足を進め始めた。



 ……この子のため、か。



 すぐに黄泉から戻ってきたとはいえ、あちら側は神々も不浄の気を少なからず受けるもの。いくら親が黄泉の元主宰神とはいえ、子がその環境に耐えうるとは限らない。



「劉? どないしたん?」



 雅を見ていた視線を上げ、前を見た。


 綾芽さんがこちらを振り向いてまっすぐこちらを見ている。



「……なにもない、です」



 雅の身体を揺らして起こしてしまわないように気を付けながら、小走りで綾芽さんの元へ急いだ。





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