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 バレてしまったからには仕方ない。


 いつものように劉さんの方に行こうと両手をのばした。



 いや、この空気を払拭したいだなんてちょっとしか考えてないから。……ま、まぁあ? ちょっとくらいならこの私に免じて流されてくれないかなぁーなぁんて甘い考えがないわけでもないことは認めよう。ちょっとだけね! そう、ちょっとだけ。へっへへ。



「はい、ストップ」

「おぉっ」



 綾芽が抱っこする手を緩めるどころかそのまま後ろに下がったもんだから、私の身体はそのまま何とかの法則に従って前のめりになった。危うく宙ぶらりんの姿勢になりかけた私を綾芽がもう片方の手で抱え直す。


 何したはるん?なんて言われ、涙が出そうになった。



「自分、この前の宴会の時、中座しはったやろ?」

「……っ」

「……はい」



 綾芽が切り出した話は丁度さっきまで二人でしていた話題で、今回の尾行事案の核心を本人に問うものだったから心臓がきゅっとなった。


 驚いて慌てて二人を交互に見る私をよそに、劉さんは冷静に返した。その様子を見ると、綾芽の言っていた言葉も間違いじゃなかったんだと思える。



 良かった。私の勘違いだったんだ。私、てっきり……



「自分、あの日を忘れたわけやあらへんよなぁ?」

「はい。……わすれない。ぜったい」

「……そんならえぇわ」



 ……綾芽?



 一瞬、本当にほんの一瞬だけど、酷く冷えた空気が流れた。身が竦まされるような気がして、思わず綾芽の服を引っ張った。



「屋敷戻るんやろ? 行こか。寒ぅてかなんし」

「はい」



 もう行ってもいいかな? ダメ? まだダメ?



 綾芽の方をチラチラと見上げると、それに気づいた綾芽が劉さんに声をかけた。



「はい?」

「この子、引き取って。さっきから自分とこ行きたそうにしてはったんや」

「は、はぁ。……みやび、くる?」

「いく!」



 劉さんの腕に掴まると、いつも通り、後は上手い事二人の間で渡し作業をやってくれる。私はぬいぐるみのように大人しくしていればいい。実にラクチンなのですよ。


 半年以上も抱っこしてると人って慣れるもので、この劉さんが一番上手い。それに、今の時期体温も関係してくる。綾芽も巳鶴さんも嫌じゃないけど、あの二人は特別体温が低いし手先が冷たい。まだまだ寒い冬の最中にはちょっとご遠慮したい人選なのだ。


 その点、劉さんは程よい温かさで文句なし。ちなみに海斗さんは私を抱っこしたまま、え?これ曲芸?みたいな動きをしちゃうから怖くて嫌だ。夏生さんはそもそも抱っこをしてくれない。薫くんも右に同じく。子瑛さんも抱っこしてくれるけど、まだまだ今後に期待ってところかな。


 まぁ、要は抱っこしてくれる人の中でこの時期、劉さんの右に出る者はいないってことだ。



 ……あ、そうだ。二人の間でなんか解決したっぽいし。いいよね?



「ねぇ、りゅー」

「なに?」

「なにが、まだだいじょうぶなの?」

「……」

「知らなくてえぇことや」



 あ、ずるい!


 また大人の都合ってやつか! 子供を除け者にするやつか!


 いいじゃん、いいじゃん。寒い中一緒に待ってたよしみでさぁ。教えてくれたって。



 でも、綾芽がそう言う時は頑として教えてはくれない。そういうところは徹底してる。


 こうなったら諦めるか……タイミングを変えて別の人に聞くかしかない。この場合は劉さんってことだけど、劉さんも綾芽がそう言ったのを聞いてホッとした表情してるから、当然こっちにも期待はできない。



 ……けち、けち、けーち。



「そないな顔しても、ちぃっともどうもないわ」

「いじわる!」

「聞き分け良ぅしてへんと、自分のパパさん呼ぶで」

「なっ! 卑怯なり!」



 劉さん、聞いた? 聞いたよね? これは立派な脅迫罪だと思うよ!?


 警察みたいな役割してる人が善良なる市民を脅迫だなんて世も末だぁー。



 卑怯なり卑怯なりと繰り返す私の背を、劉さんが優しくポンポンと叩きあやしてくる。劉さんが歩く僅かな振動と、その手からの振動に段々と気持ちよくなってくる。程良い体温もポイントが高い。


 自分でも自覚してるけど、寝付きの良さには定評がある。


 さっきまで元気よく走り回っていたのに、気づいたら縁側で突っ伏して寝ている私に、驚いたおじさん達が巳鶴さんにすわ病気かと助けを求められたこともありました。



「……りゅー。ぽんぽん……やめてー」



 目蓋が重くて重くて。あれ?いつもどうやって開けてたっけ?力込めるんだっけ?ってなっていく。


 あれだけ気になってたことも、睡魔先輩の前では泡のように消えてしまう。どうでも良くはないけど、今じゃなくてもいいよね、的な。



「我慢せんと、そのまま寝てかまへんよ」



 耳のすぐ側で悪魔のごとき囁きがかけられた。


 前に海斗さんだったか薫くんだったかが綾芽のことをそう呼んでいたけど、それは間違いではないかもしれない。


 ずるずると深淵に引きずり込まれていき、そして。


 私は糸の切れた操り人形のように、プツリと眠りに落ちた。




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