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「この、小娘がっ!」



 男の人が手を伸ばしてきた。


 けれど、その手は宙をかく。



「あのー、その子、ウチの子ですやろ? 保護者通してもろてえぇですか?」

「あやめっ!」



 男の人のすぐそばに現れた綾芽が男の人の手を取って捻り上げた。苦悶の表情を浮かべる男の人。


 いいぞ、けしからん! もっとやれ!



 綾芽の後ろには奏様と……んげっ。



 ひょいっと綾芽の後ろを覗き込んだが最後。ニコニコと激オコでいらっしゃるレオン様が奏様に引き留められていた。


 それにしても、ニコニコという言葉は内情と相違がありすぎる。けれど、実際ニコニコなのだからそうとしか言えない。



 ……笑顔で怒るなんて、器用な真似するんだよなぁ。



「君、そのまま押さえつけておいてよ。奏、何かしら持ってるでしょ? 捕縛」

「いや、さすがにここでは」

「なんて?」

「すぐします」



 レオン様がさらに笑みを深めたのに対して、奏様は即座に行動に移した。


 伊邪那美様に御前失礼の挨拶をすませ、綾芽が押さえつけていた男の人を凄く、物凄ーく冷えた目で見下ろした。



 これはアレですかね。完全なる私怨も混ざってやいませんかね?


 だって、ほら……あっ、奏様、それ綾芽の足! 足、間違ってるよ! 蹴るんやったらこっちにして!



「ふふふ。ごめんなさいね」

「いや……かまへんよ。じっくり絞ってやってや」

「もちろん。レオン様が、たっぷりと」

「そら良かったわ」



 男の人は万事休すな状況に追い込まれたことに先ほどから恨み言を吐き続けている。それを皆無視したうえでのこの捕り物だ。レオン様に至っては、もう用は済んだとばかりに伊邪那美様と世間話をし始めた。



「……ふんっ! 種はもう撒き終えた。どのような花が咲くか、地獄で見物してやる!」



 もはやこれまでと引き際を悟った男の人は多分舌を噛み切るか、口の中にあらかじめ何かしら仕込んでいた薬を飲み込む……はずだった。



「おいこら、こちとら自分の精神安静もかかってるんじゃ。そう簡単に死なせる思うたか? あ゛ぁん?」



 奏様が豹変した。いや、綺麗なのは綺麗なんだけど、さ。


 ……お、お口が達者ですねー。



 すかさず綾芽も男の人の頬を掴み、無理くり口を開けさせた。それから素早く口の中に何かないか確認して奏様に男の身柄を預け、手近にあった石を自分の服の裾を切った布にくるんでいく。それを男の口にくわえさせた。


 奏様も男の身体に少量の雷を流し込み、完全に動きを制圧した。



 ……さすが。お二人とも、手慣れておいでで。



「そやそや、忘れるとこやったやん。危ないわぁ」



 綾芽が男の人の肩を腰にさしていた刀の鞘で押した。奏様の雷で身体の自由がきかない男の人は簡単に地面に背をついた。その上に馬乗りになる綾芽。


 それから男の人の顔のすぐ横に鞘をダンッと突き立てた。



「うちのおひぃさん、さらうんやったら相応の覚悟せなあかんやん。そこいらの子供に手ぇ出すのとわけちゃうんやから。……で。何が言いたいんかと言うとやな」



 綾芽は男の人の耳元に口を持って行く。



 えっ。小声で話すの? 待って待って、聞こえないじゃん。



 私も私もと近寄ろうとすると、急に耳栓をしたように辺りの音が聞こえなくなってしまった。誰の仕業ぞと周りを見ると、奏様が口元を震わせ、レオン様は……大爆笑していた。伊邪那美様も扇で隠しているけど、見えている肩が震えている。皆の視線が綾芽と男の人の方にいってるから、綾芽が何か男の人に笑えるような何かを言ったんだろう。



 ……ずるい! 仲間外れ良くない! 良くないよ!?



 プゥと頬を膨らませていると、それに気づいたレオン様がぷすぷすと頬を押してきた。



 やめんかコレ! 私、今、機嫌悪いの!



 綾芽ももう満足したのか男の人を放って立ち上がり、伊邪那美様と奏様が笑っているのを不思議そうに見ている。レオン様が何やら説明すると、ニヤッと悪い顔で笑って私を抱き上げた。



 ふんだ。何か言ってるみたいだけど、私、今、何も聞こえんもんねーだ。だから返事なんかしてやんない。皆だけで楽しめばいいじゃーん。……ふんだ。


 私が拗ねているというに、皆は慌てる様子は全くない。むしろ……なんかこう、珍獣が面白い芸当し始めた時みたいな……いや、違う! 気のせい! 気のせいだから!



「雅ちゃんは知らなくていいことだったのよ」



 あ! 聞こえる! ……じゃなくって。



「……ほんとぉにー?」

「えぇ、もちろん」



 奏様がそう言うなら……そうなのかなぁー? でも、お仕事の話ってわけでもなさそうだったけどなぁ。



「そや。戻ったら宴会って言わはっとったやろ? 美味しい物ようさんあるのと違う?」

「えっ? あっ! そーいえば、いってた!」

「なら、早く戻らなきゃね」

「あい!」



 ……ん? 上手いとこはぐらかされた?



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