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 ◆◇◆◇




 とうとう大儺の儀、当日がやってきた。


 奏様に着付けてもらった私は始まるまでの間、縁側で待機。要するに邪魔しないところで出番を待っていろってことですよ。


 あれから神様の言葉通りの場所を全て見回り、境目を完全なものにしてきた綾芽達はさすがに疲労困憊らしく、出かけては帰ってきて倒れこむように眠るという生活が続いていた。ようやく最後の場所の境目が完全なものとなったのは昨日の晩のことだ。


 今日も都中の重要人物達が一堂に会するということで、万全を期して上空から地上から隠れて元老院の人達が見張ってくれているらしい。境目があやふやだった時期にこちら側に流れ込んできた輩が悪さをしないとも限らない、だそう。


 バサッと大きな羽をはばたかせるような音が上空から聞こえてきた。誰かいるのかとそちらを見上げると、見知った顔が降ってきた。いや、もう本当に降ってきた。



「なにボサッとしてるの?」

「ち、ちはやさま! どうしてここに?」

「なに? ここにいちゃダメなの?」

「ぜ、ぜんぜん!」



 不機嫌そうに眉を顰める千早様に駆け寄り、周りをぐるぐると回る。


 本物だ。ちょっと会ってなかっただけなのに、随分と久しぶりな気がする。


 それにしても、本当にご機嫌麗しくは……ないですね。どうしたんだろ?



「ちはやさま、おこってる?」

「は? 別に?」



 嘘だぁー。絶対嘘だよ、そんなの。だって、眉がピクピクって動いたもん。



「おったおった。探したんやでー」

「あやめ?」

「さ、早う準備してくれます?」



 そう言って綾芽が差し出してきたのは私と同じ侲子が着る衣装。ちなみにもう私は奏様によってお着替え済。それを差し出した先には一人しかいない。


 つまり、それって……。


 ぶすっとその手を睨みつける千早様。


 ……あぁ、なるほどなぁ。







 私と同じ衣装を着た、正しくは着せられた千早様はすこぶる機嫌が悪い。それもこれも元老院の皆さんが境目の最終確認と称して見物しに来ているせいだと思う。


 奏様や響様はもちろんとして、潮様やカミーユ様、セレイル様、レオン様とそうそうたるメンバーが顔を揃えている。そんな彼らは特別にあつらえてもらったと思しきブースで優雅にお茶休憩をなさっている真っ最中だ。



「なんで僕がこんなこと」

「まぁまぁ」


 あまりというか全く納得していない千早様をなだめすかすのも楽じゃない。衣装こそ響様の本当に申し訳なさげな説得と奏様の無言の圧力によってどうにかこうにか着てもらってるけど。本当だったら今すぐにでも脱いでしまいたいといった感情が駄々洩れだ。


 もうすぐ方相氏役の人が来て大儺の儀が始められる。誰だか分からないけど、早く! 早く来てくれぃ!



「よっ! 準備万端か?」

「あっ、かいとー」

「なんだ? 随分と荒れてんなー」

「うるさいよ」



 ちょっとちょっと! 火に油注ぐような真似はやめて! その人、ホント爆発寸前だから導火線なんてもう一ミリも残ってないから!



「ほれ、スタート地点に行くぞ」

「わっ!」

「ちょっと!」



 海斗さんが私と千早様を二人いっぺんに抱き上げた。私はほら、慣れてるけど、千早様はそうじゃない。声高に抗議の声を上げた。


 けれど、海斗さんはそれを笑って無視した。無視だ無視。海斗さんの心臓はどれだけ頑丈にできているんだろう。ちょっぴり羨ましくなった。ちょっぴりだ。大事なことなんで、二回言っておきました。








 ただでさえ機嫌が悪い千早様のお怒りが最底辺を記録したことをここにお知らせしまーす。


 ……うぅ、怖いよぅ。


 海斗さんに抱っこされたまま運ばれた私達が向かう先では、方相氏役の人と鬼役の人が準備して待っててくれていた。ちなみに誰がこの役をやるかは聞いていない。教えてくれなかったんだ。酷い。


 陰陽師役の夏生さんと鳳さんは顔が見えているからすぐに分かったけど、この二役は面を被ってるから誰なのか全く分からない。もしかしたら私が知らない人なのかもしれないけど、それにしたって事前打ち合わせは必要だと思うんです。



「あのぅ、よろしくおねがいします」

「……」



 鬼役の人は黙ったまま私を見下ろしてくる。面の間から覗き見える瞳に見覚えはない。


 やっぱり知らない人みたい。誰だろう? 西か北の人?


 東や南と違いあまり関わりがない二か所。北にはほんの少しお邪魔したことがあるけど、それも本当に僅かな滞在時間で、すぐにお迎えがきた。だからあれはノーカンに近い。



「儀式の最中に腹を空かせて動けなくならないようにな」

「そのこえ……きりゅーさんですか!」

「当たりだ」



 南の料理長である桐生さんは身長も高くて身体もがっしりしている。確かに方相氏役に適任だ。正直一緒に大役を務める人としてこのチョイスは嬉しい。そして同時に私がこれからやらかすことに対しての申し訳なさが少し。


 そうだ、先に謝っておこう。



「きりゅーさん、あとおにやくのひと、その……ごめんなさい」

「ん? なんだ、それは」



 うぅ。まだ聞かないでください。


 隣にいる千早様からも痛い程の視線が飛んでくる。この場でこの計画を知っているのは私と海斗さんだけ。その海斗さんはウッシッシと悪戯小僧のような笑い声をあげている。面に隠れて見えないけど、今の桐生さんはきっと眉を顰めていることだろう。


 これが終わったら二人に土下座謝罪をしようと心に決めた。




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