奥底に眠る記憶の残骸

1







 北のお屋敷に招待された私と神様。


 私にはオレンジジュース、神様には温かい玉露のお茶が出された。



「迎えはもうじき来るそうだ。それまでここで待ってるといい」

「ふむ」



 由岐さんからそう言われ、神様はぐるりと部屋の中を見渡し始めた。



 お屋敷の造りは東と似たような感じだけど、ここにいる人達の年齢層が若干高めだね。東も色々な年齢の人がいるけど、高くても見た目三十半ば。ここは由岐さんこそ若く見えるけど、その他は四十代、五十代の人が多い。渋いおじさま方というのもいいもんだぁー。



 と、いただいたオレンジジュースをストローでちゅーちゅー吸いながらそんなことを考える。


 視線を感じ、そちらを見ると、畳の部屋に置かれた座高の低い椅子に座ったお爺さんがこちらをジッと見ていた。



「……」

「……」



 お爺さんが何も言わないもんだから、ついつい私もつられてお爺さんをジッと見返す。


 先に折れたのはお爺さんの方だった。



「元老院の者共から話は聞いていたが……本当に妙な気じゃ」



 妙な……気? なに、それ?


 初めて言われたんだけど、それって良い意味……じゃあないよねぇ。



「言霊成就……いや、治癒……再生……いずれにしろ、確かにこの力は秘匿されねばならぬ」

「おまけにこのような穢れを知らぬような幼子の姿。愛いとは思わぬか?」

「見目は関係ない。……お主は自分で社に戻れるじゃろ。さっさと戻らぬか」

「いや、なに。この子と約束をしていたものでな。散歩に付き合ってくれる代わりにこの子が今、一番知りたいことを教えるとな」

「なに?」



 ……あっ! そうだった!


 火事で本来の目的忘れそうになってた!



「かみさま、やくそくっ!」



 散歩に付き合ったらあの女の人のこと、教えてくれるって言った! 言質は取ってた!



 服を引っ張って強請る私に、神様はハッハッハと高笑い。



 ……何がおかしいのさ。



「そうだなぁ。それでは、昔語りといこうか」

「むかしがたり?」

「あぁ」



 そんなんじゃなくて、今はあの女の人のことが知りたいのに。


 でも、神様はそんな私の戸惑いはお構いなしに話を進め始めた。



「今から……そう、二十と少しばかり年を戻した頃、城に一人の女が迷い込んできた」

「正確には、この世界に、じゃがな」

「それって……わたしみたいにってこと?」

「あぁ。城で女はある男と出会い、子供を身ごもり、の子を産んだ。それでも、女は元いた世界に戻りたいと常に泣いていた。そして、ある日、事は起きた」



 ゴクリと唾を飲み込むとほぼ同時に、隣の部屋の襖がタンっと大きな音を立てて勢いよく開かれた。



「あ。綾芽」

「散歩はもうえぇですやろ。雅、帰るで」



 足早に私が座っている所までやってきた綾芽は私の身体を抱えあげ、そのまま踵を返した。


 あっという間の出来事に、なんの言葉も出てこない。


 やっとのことで言い出せたのは。



「おじゃましましたー」



 本当なら、もっと続きが聞きたい。そう綾芽にごねるところだけど。


 綾芽の目がここじゃないどこかを見てたから。


 私は自分の好奇心を満たす時間よりも、保護者を心配する時間の方を取った。





「あ、雅!」

「あれ!? みんないる!」



 海斗さんに夏生さんに、劉さんに巳鶴さんに、薫くんにお母さんまで! おまけにアノ人。



 お屋敷の外に出ると、皆が待ち構えていた。



 勢揃いでどうしたの?


 由岐さんに用事でもあった?



 ……そうだ。そんなことより。



「……綾芽? どうした」



 さすが夏生さん。よく見てる。


 一番先に綾芽の異変に気付いたのは夏生さんだった。


 眉をひそめ、様子がおかしい綾芽の一挙手一投足からも目を離さないとばかりに眼光が鋭い。



「なんも? なんもあらしまへんよ」

「なんもないったってお前」

「さ、寒くてかなんから、はよ戻りましょ」



 綾芽が私を抱っこしたまま東の屋敷の方へ足を進めた。



 夏生さんにとって、綾芽に話を途中できられるのはいつものこと。


 でも、いつもはのらりくらりとかわされるのであって、こうも遮断に近い形できられることは聞いたことがない。


 もしかすると私が聞いたことがないだけで、お仕事の時とかはあるのかもしれないけど、夏生さんの物言いたげでかつ悔しそうな表情を見る限りそれもない。



 なんで綾芽の様子がおかしいんだろう?


 私、なんか悪いことしちゃったかなぁ。



 よく分からないからこその不安を抱えたまま、私は綾芽の服をキュッと掴んだ。


 グルグルとなんだか悪いものが身体を廻っているようで、それに押しつぶされまいと目を瞑る。


 それは東の屋敷に着くまでそのままだった。




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