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 夢から引っ張り出した張本人は、いつもと変わらず眠そうな目で私の顔を見下ろしている。汗でおでこに張り付いた髪を指で払い除けられ、脇に手を入れられて抱えあげられた。私も私でまだ頭がぼーっとするせいでされるがまま。ちょこんと綾芽の膝の上に座らされた。



「それで? 満足いったん?」

「んー」



 あの夢はイザナミ様も顔を覗かせる領域だ。ということは、だ。


 これからもあの夢を見る毎にきっとイザナミ様は現れる。



「その様子だと満足なんかしちゃいねーみてぇだな」

「いざなみさまが、はなしあいてになれって」



 件の女神様の名前を出した途端、夏生さんは書き物を書いていた手を止めたせいで紙に墨が大きな円を作り、海斗さんと綾芽は目を大きく見開いた。


 まぁ、そうなるよね。だって、相手は神様の中の神様だもん。


 夢の中に出てくる女の人と話をつける簡単なお仕事のはずが、なんでそんな神話級の神様が出てくるのかと言いたい気持ちはよーっく分かる。



「イザナミって、あの冥府の女神か!?」

「そう」



 三者三様、なんてことはなく、皆一様に顔をしかめている。


 夏生さんが筆を置き、ちょいちょいと手招きしてきた。



 完全仕事モードの夏生さんに、私も素直に綾芽の膝の上から立ち上がり、夏生さんの隣に正座した。身体を少し私の方に向け、厳しい視線を浴びせてくる夏生さんに、私の身体も知らず知らずのうちにしゃんっと背筋が伸びた。



「とりあえず、話を整理するぞ。あの女の件はどうなった?」

「いろがしろくて、よくわらって、いちまいうろこみたいなあざがあるこをさがしてるそーです」

「探したいのはお前だろ。報告は正しく行え」

「あい。すみません。そのこをおもってないてたそーです」



 あいやー失敗失敗。


 ホウレンソウはとっても大事だものね。


 あと、探し人の特徴を忘れないようにメモを忘れず。探しはしたものの、全然別人だと意味ないからなぁ。忘れっぽいのは自覚済みだもの。



「一枚鱗っていやぁ、おまえもあるよな。あ、でも違うか。よく笑うかって言われると、お前笑うようになったの最近だもんな」

「ひっどいわぁ。そんなこと、あらへんもんなぁ?」



 海斗さんが冗談なのか本気なのか分からない真面目な顔して綾芽に問いかけた。それに綾芽はいつもと変わらない調子で、しかもこっちに同意を求めてきた。



 海斗さんってば、私も思ったけど声にはしなかったのに。よく笑うかって聞かれると、違うんだよねぇ。綾芽の場合は。うまく言えないけど。

 

 それに、どの程度がよく笑うっていうのかも、そもそも人によってとらえ方違うと思うし。そこんところ、今度あの女の人に会った時に名前と一緒に聞いておかなきゃなんないなぁ。



 ……とりあえず、いつものお約束。ニヘッと笑って誤魔化した。



「ちょっとお前ら黙っとけ! ……で?」



 夏生さんの雷がピシャリと落ち、二人は大人しく口をつぐんだ。



「それで、なまえをきこうとおもったときにイザナミさまがあらわれて、おんなのひとはどこかにきえちゃいました」

「まぁ、そうなるだろうな。今の死者は地獄の管轄とはいえ、冥府の神としての役割をもって神道が残る限り多大な影響力を及ぼす」



 夏生さんは腕を組んで目を瞑り、なにごとか考え始めた。


 頭のいい夏生さんならこの状況をどうにか打破するべくいい案を考えてくれるは



「冥府の女神の件は、とりあえず保留だ」



 ……ず。うぇー。


 さすがの夏生さんでもこの状況はどうにもならなんだか。


 でもまぁ仕方ないと割り切って、例の子供捜しに邁進まいしんするとしよう。



「……あ」

「どうした?」

「あ、ううん。なんでもないです」

「なんかあるんなら早く言えよ?」

「あい」



 そういえば、あのままアノ人置いてきちゃってた。


 ……だぁーいじょうぶ、だいじょうぶ。子供じゃないんだし、きっと上手くやれる、はず。一方的ではあるものの、かなり険悪ムードだったけどなんとかしてくれてる……かなぁ? 


 とーっても心配になってきたけど、ここで戻っちゃったら綾芽が起こしてくれた意味がなくなっちゃう。


 やっぱり大人の喧嘩の収拾は大人にしっかりつけてもらうべきだよねー。うん、そうだそうだ、そうだとも。


 だって、私、ほら、子供だから。見た目幼稚園生だから。


「見た目だけじゃなくて、精神的にもね」



 ぎゃふん。



 言い返そうとした言葉は、障子を開けて現れた薫くんの言葉に飲み込まされた。


 お盆にのせられていたのは赤い茶碗で、その中からはいい匂いがプンプンと。



「おしるこっ!」

「また中身を見る前から言い当てて。ほんと鼻がいいというか食い意地が張っているというか」



 わーい。待ってましたー!


 みんなも一緒にたーべましょ……って、ありゃりゃ。



 夏生さんも綾芽も海斗さんも、一瞬でお汁粉に心奪われた私をもの言いたげに見てくる。


 けれど、それは口に出されることはない。


 みんな分かってるんだ。私から食という楽しみを奪ったらどうなるか。


 そんなこと……よーっく分かっておいでじゃああるまいか!


 すぐに解決しないだろうと分かっていることだもの。お汁粉を食べる時間くらいは許されるとも。否、許されるべきである!



 と、いうわけで。


 薫くん。おひとつくーださーいな。



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