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 門を出て、てくてくと足を動かしていく。


 坂の上にあるという青龍社。


 そういえば、まだ一度も坂の上の方には行っていないことに今更ながら気づいた。


 いつも逆方面ばっかり出かけてるか、行っても車とかでの移動だから、この視線で見る景色が新鮮だなぁ。



「雅さん、周りに気を配るのはいいのですが、あまりにも注視しすぎて転ばないようにしてくださいね」

「あい」



 お餅が入った箱を持っているせいで手がふさがっているから巳鶴さんと手をつなぐまではできないものの、まかり間違っても車道に出ないよう巳鶴さんがしっかり目を光らせている。



「みつるしゃん、おもくないですか?」

「これくらい平気ですよ。ありがとうございます」

「んーん」



 巳鶴さん、綾芽達と違ってお部屋にこもって研究とかしてる方が多いから。力仕事とかしてるイメージない分、ついついこういうの心配になっちゃうんだよねー。


 あ、そういえば、今、日傘ひがささしてないけど、大丈夫なん?



「あの、かさは?」

「え? あぁ、日焼け止めをってるから大丈夫ですよ。夏に比べて紫外線も少ないですし」

「そっかー。ならよかった」



 巳鶴さんはアルビノっていうやつで、紫外線に極めて弱い。髪や肌がとても白く、今もお出かけ用のサングラスをしっかりとかけ、その奥にある瞳は赤い。


 見た目が他の人と違うから、前にぼう失礼な女が巳鶴さんにひどいことを言ったこともあったっけ。


 ……思い出したら、腹が立ってきたから忘れよ。

 うん、今は巳鶴さんと二人っきりでお出かけ中だ。わざわざ自分から楽しい気分に水を差すもんじゃない。




 坂をえっちらおっちら上り、見えてきました青龍社。一般的な神社よりも広い敷地らしく、朱色の鳥居とりいはまだ新しくりなおされている。


 鳥居から入る前に立ち止まり、手をそろえ、足を揃えてペコリと一礼。


 一歩足を踏み入れると、さすがは神域。下界とは空気が一変し、ことさら清浄な空気に身体が包まれていく。



「おぉ。よく来たな。我にもっと顔をよく見せておくれ」

「んん?」



 上から声をかけられ、そちらを見上げると、狩衣を着たお兄さんが空から降ってきた。実際には、鳥居の欄干らんかんから。


 当たり前だけど、鳥居の高さは人間が自力で登れるような高さでないし、そんなことすればばち当たりだと神罰しんばつが下る。


 そんなの関係ねぇとばかりにやってのけるこのお兄さんは……うん。人間のはずないよねぇ。



「わたし、みやびっていいましゅ。おにいさん、ここのかみさまですか?」

「うんうん。いなぁ。愛い子だ」



 ……話、聞いてくれぇーい。


 でも、人外の恐ろしいまでの綺麗なお顔でにっこりと微笑まれれば悪い気はしないけどね!


 むふふん。



「ほれ、こちらへおいで。菓子をやろう」

「えっ……じゅるっ」

「雅さん」



 おっと危ない危ない。


 わきひざをついてひかえるようにして待っていた巳鶴さんが、私の顔を見てそっと声をかけてくれた。


 い、今はおつかい中だからダメだもの、分かってる。分かってるよー。


 深い深い青い色。人の髪なら染めたんですか?と聞きたくなる色でも、この神様にはその色が酷く似合っている。瞳もそれに合わせたように黒の混じった青だ。


 柳のような細指が私の手を掴もうと伸びてきた。



「おつかいちゅーだから、これおいたらかえりますっ」



 巳鶴さんが持ってくれている箱を指差しつつ、しっかりと目を合わせた。


 指がピクッとれ、ゆっくりと重力に従って下されていく。

 神様は面白いモノを見たと言わんばかりに顔を近づけてきて、しまいには口元をたもとで隠してホケホケと笑っている。



「……なんですか」

物怖ものおじせぬとは感心感心。また遊びに参れ」

「うーん。しゅぎょーのたびにでないとだから、いつになるかはわかんないけど……わかりました! みんなできますっ!」

「えっ」



 思わずらしてしまった短い声に、自分の失態に、巳鶴さんは目を見開いた。完全に不意に出てきた言葉だったんだろう。いつも思慮深しりょぶかい巳鶴さんにしてはめずらしいことだ。

 巳鶴さんは、自分に二対の視線が送られていることにすぐに気がつき、困っているような、あせっているような笑みを浮かべ、口を開いた。



「神職の方がお待ちでしょうから、そろそろ行きましょう」

「あい」



 立ち上がって歩き出した巳鶴さんの横にぴったり張り付いて歩く。

 すると、神様も私達の横に並んで歩き始めた。


 なぁに? 構って欲しいお年頃なんですか? それとも、神様っていうのはおしなべて皆、構って欲しいさがをお持ちなんですか?


 ……うーん。千早様を除いて構って欲しい属しか知らないって、なんて私の考えが当たらずも遠からず感。



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