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 たっぷりとティータイムを堪能たんのうしたレオン様はご機嫌きげんだ。足取りがとても軽い。


 そのまま私と千早様を目と鼻の先にある自分の課の建物の中ではなく、別の課、裁判から刑の執行までをつかさどる第四課の建物へと連れ歩いた。


 丁度仕事に一区切りついたという副官の人に案内され、最終的に着いたのは大量の蔵書がたなに所狭しと並べられている部屋だった。

 ズラリと並んでいるその量たるや、世界一大きいと言われる図書館でもかなわないかもしれない。実際そんな図書館を見たことはないけれど、そう思えてしまうほどの量に、ついあんぐりと口を開けて上を見てしまう。


 ……ほんと、すっごい量だなぁ。なんて書いてあるのか分からないものばっかりだけど。


 その背表紙に目を通していくレオン様は、まさかとは思うけど、何がどこにあるのか把握はあく、してる?


 そんなレオン様に千早様は全く反応を見せないから、これは別にこの人にとってはめずらしいことではないのかもしれない。

 この、人間界にも聖職者としておもむいている表向きは外交、裏ではどんな些細ささいな情報すら収集する諜報ちょうほうを司る第五課の頂点に君臨くんりんする人には。



「あ、あったあった」



 目当てのものを見つけたらしいレオン様が、本を二さつ、手をばして上の方の棚から引き抜いた。

 そのままレオン様は入り口とはまた別のとびらからどんどん進んでいってしまう。


 追いて行かれないようにと頑張って走ると、とても広い部屋に辿たどり着いた。

 部屋の奥にはとても大きな机が置かれている。その机の両わきにはかなりの書類の山が積み上げられていた。



「……レオンか。少し前にコリンから連絡があって、例の吸血鬼達の一件の首謀者しゅぼうしゃ一味が第四課うちに護送された。いつものように私が裁断する前に尋問じんもんするか?」



 細フレームの眼鏡をかけた生真面目きまじめそうな銀髪の男の人が、椅子に腰かけてカリカリと一心不乱にペンを走らせている。



「うーん。するけど、それは他に任せるよ。それよりも、セレイル。これ、借りていくよ」

「……あぁ。今日中に返してくれれば構わない」



 セレイルと名を呼ばれた男の人は一瞬顔を上げ、レオン様が顔の横にかかげた本を見てまた顔を下げた。

 その間、動かしている手は止まらず、見ている間だけでも書類の束を確実に片づけていっている。


 ……この書類、今日中に見終わるつもりなら絶対大変だよね。

 かなり忙しい時に来ちゃったんじゃないのかなぁ。



「もちろん今日中に返しに来させるよ。じゃ、行くよ」

「は、はいっ」



 くるりときびすを返し、レオン様は部屋から出ていった。


 私がいるってこと、気づかれているかどうか分からないけれど、一応お辞儀じぎはしておこう。



「しつれーしました!」



 入れ違いに入ってきたさっき道案内をしてくれた副官さんが、バイバイと手を振ってくる。

 それに笑顔で振り返し、先に行ってしまったレオン様と千早様の後をダッシュで追いかけた。


 ほんの少し遅れて出ただけなのに、気づくとはるか向こうに行ってしまっている二人になんとか追いつき、となりを歩くレオン様を見上げた。



「レオンさま、こんどはどこに?」

「次は君もよく知ってる者のところだよ」

「え?」



 私もよく知っている者? 誰だろう?

 その言い方だと、少し前まで一緒にいた潮様や奏様は違うよね。


 うーん。

 ……うん。分かんない。考えるのやめた!

 どうせ後から分かるんだし。



「まぁ、黙って歩いてついて来てくれれば、いずれ分かるよ」

「はぁい」



 そのままレオン様は第四課の建物を出て、右へ曲がり、スタスタと足早に歩を進めた。


 確か、ここに来た初日に千早様が教えてくれたけど、この先は第三課。第三課のカミーユ様達が普段仕事や日常生活をしている建物がある。

 初対面の時からずっと恐さがまとわりついているカミーユ様のいる建物には正直あまり近寄りたくないけど、これも仕方ない。レオン様にはついていかなきゃならないんだから。


 それでもやっぱり、人間っていうものは自分が嫌なことはなんとか後に後に回したいと思ってしまうもので。


 尻込しりごみして足の歩みが遅れた私は、立ち止まって待っていてくれたレオン様に抱き上げられた。



「逃げちゃダメだよ」

「……あい」



 しっかりばっちりバレていた。



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