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「そういえば、貴女に手紙を預かってたんだったわ」

「てがみ?」

「えぇ。はい、どうぞ」



 奏様から渡されたのは桜色の可愛い封筒ふうとう宛名あてなの字には覚えがある。綾芽だ。


 電話とかなら分かるけど、あの綾芽が手紙を書くなんてめずらしいこともあるもんだ。ここは年中春だって潮様言ってたけど、もしかすると夏が来たり冬に戻ってしまうかもしれない。


 ドキドキとワクワクで気ばかりがいてなかなか開かない封筒。

 やっと開いて、すぐに中に入っていた便箋びんせんに目を通した。



「……えーっ」



 思わずれた声に、隣に座る千早様が顔を近づけてのぞき込んできた。


 “食べ過ぎ注意”


 なにそれ、なにそれ!

 せっかく書く気を起こして書いた手紙の内容がこれっ!? 期待してたのに、酷過ひどすぎるっ!

 私はそんなに食べてないよっ!


 プンスカ怒る私に、千早様の白い目が突き刺さる突き刺さる。


 ……この間は、私の大好きなメニューが重なってただけ。たまたまなのっ!



「実は僕も預かってるんだよね。仕事がら、そこのトップの者と交渉こうしょうする必要があるから」

「……私も、こちらに」

「君がホームシックにかかったら渡そうと思って放置してたんだけど、僕も」



 スススッと出される手紙の差出人はそれぞれ橘さん、お母さん、夏生さん。きっとそれぞれ代表して名前を書いているんだろうその三通。

 だって、夏生さんからの封筒が厚い。めっちゃ厚い。もしこれが一人分だとするなら、どんだけ時間をかけたんですかって量だもの。


 とりあえず、一番安心して見れそうな橘さんからの手紙から開けよう。

 大丈夫。橘さんなら綾芽みたいに上げて落とすようなことはしない。



「えっと……フフッ」



 手紙には橘さんらしい几帳面きちょうめんな字で、急に旅に出すような形になってしまったことをまず謝られた。


 別にいいのにね。ここでの生活も充実してるもの。


 それから私がいなくなってさびしそうにしている帝様の様子や、いそがしくしている皆の様子を知らせる内容が続いていく。


 一番最初にこの手紙が見たかったよねー。


 足が地面に届かないのをいいことに、ちょっとお行儀ぎょうぎが悪いけど足をブラブラと動かす。



「あっ!」



 そよそよと心地よくいていた風が瞬間的に強く吹き、テーブルに並べておいた手紙が数枚風にあおられて宙に舞い上がってしまった。


 椅子いすから飛び降り、その手紙の行方ゆくえを上を向きながら目で追う。


 すると、風がおさまり、ヒラヒラと地面に向かって再び落ちていった。

 その落下地点に、丁度ちょうど通りかかったと思しき人影が二つ。



「おやおや。風の便りとはこのことなのかな」

「そんなわけがないでしょう」



 手を伸ばして拾ってくれる二人の姿を見て、これはまずいとお茶でタプンタプンになったお腹を抱えながら走って取りに向かう。



「……君のかな?」

「は、はいぃぃっ!」



 そうであります! と思わず敬礼してしまう雰囲気を持つ二人。

 それもそのはず、どこかへの仕事帰りなのか、目の前にいる二人が着ているのはいわゆる軍服に近い装束しょうぞくだ。しかも、私の見間違いじゃなければわずかに赤い染みが所々に付着している。


 人外の人達ばかりのこの元老院で、意外にも唯一の戦闘せんとう専門である第三課の長とその副官であるというカミーユ様とコリン様だ。



「今度は気をつけるんだよ」

「は、はい。ごめんなさい」



 カミーユ様の持つ雰囲気が怖くて挙動不審ふしんになる私に、コリン様が手をひざに当ててかがんでくれる。サッと差し出してくる手には先ほどの手紙が全てにぎられていた。



「その血、どうしたんですか?」

「おや? 君もいたのかい?」

「質問には答えでもって返してください。で?」



 私の後を追ってきてくれた奏様が冷たい目でカミーユ様を見た後、隣にいたコリン様に視線を移した。言葉は端的たんてきだけど、視線に乗せられた温度は随分ずいぶんと違う。



「ロンドンで吸血鬼が人をおそっているという事件がありまして、実際は吸血鬼の仕業しわざに見せかけた人間達の仕業だったのですが。それにほこりを傷つけられたと怒った吸血鬼達の報復の鎮圧ちんあつに向かった際、一部反抗が見られて。全て返り血ですので、ご懸念けねんされるようなことはありません」

「そう。念のため、他の者達にも確認しておいてね。あと、反抗した吸血鬼達も第四課で裁をとる前にうちに運ばれるんでしょう? 鎮圧時の報告書も待ってるから」

「……善処ぜんしょいたします」



 この“ほうこくしょ”がどんな意味を持つのか分からないけれど、とても難しいものなのかもしれない。


 だって、奏様にそう言われたコリン様の顔が一瞬でくもってしまった。見た目は薫くんや元の姿の私と変わらない高校生くらいの容姿なのに、随分と苦労をしているらしい。


 いや、薫くんも苦労していると思うけど、見た目と年齢ねんれいがイコールじゃないこの人外世界。コリン様の方が何倍、何十倍、何百倍、果ては何千倍も苦労をしてきているんだろう。夏生さんもびっくりの苦労人さんだ。



「全て返り血?」

「それにしてはコリン、君の血のにおいが混じっているようだけど?」



 今は人型を取っているものの、正体はとても鼻のきく潮様とレオン様。

 潮様は僅かに眉をひそめ、レオン様はカップを口元に運びながらこちらを見ないものの、目を細めている。二人に隠し事は無理だろう。



「……さっき、手紙を拾った時に少し切ってしまっただけですので」

「えっ!?」



 どこどこっ? わっ、ほんとだ!


 コリン様の両手をガッシリと掴むと、確かに人差し指にスッと赤い細筋が出来ていた。


 私が手紙を飛ばしちゃったから……。

 待っててくださいね? これくらいならすぐだから!


 ゴホンと咳払せきばらいして予行準備を済ませてっと。



「いたいのいたいの、とんでけーっ!」



 私がおまじないを唱えると途端に消えてしまった傷。その跡を確かめるようにコリン様は指をでた。そして、確かに治っていることを確認できたのか、のぞき込むカミーユ様にコクリとうなずく。



「へぇ」



 ニンマリとを描くカミーユ様の目と口。


 や、やっぱり怖いっ!


 奏様の後ろに回り込み、視線から隠してもらった。



「潮。君はどう思う?」

「うひゃっ!」



 さっきまで少し離れた椅子に座って優雅に紅茶を飲んでいたはずのレオン様の声がすぐ後ろから聞こえてきて、思わず体がビクリと飛びねた。


 知っている人の声でも、すぐ後ろから急に聞こえてきたら、やっぱりびっくりする。


 しかも、レオン様だけでなく、潮様まで私を見下ろしていた。



「やはり、予想と同じようですね。それにしても、コリン。貴方、わざと切ったわけではないですよね?」

「い、いえ! そのようなことは決して。偶然ぐうぜんです」

「そうですか。この子は感情直結型のようですから、無闇むやみに心配をかけてはいけませんよ」

「はい。申し訳ございません」



 潮様が言ってる予想って言うのが気になるけど。

 こういう分からない大人の会話には首を突っ込んじゃダメだ。


 ただ、私のせいでコリン様が潮様に怒られる形になってしまった。

 

 コリン様、本当にごめんなさい。


 ちゃんと謝ろうと思って服をつんつくと引っ張ると、コリン様が大丈夫だよと頭をでてくれた。


 先にそう言われてしまうと、それでもと謝るのはなんだか逆に悪い気がする。

 

 代わりに、私がココにいる間、もしコリン様が怪我をしたら、全力で治させてもらおう。



「力の制御もそうだけど、まずはこの子の意識改革が必要なんじゃない?」

「確かに。この分だと、使うなと言っても例えば家族や同じように思っている存在に対しては際限なく使ってしまうでしょう」

「と、すると。君や千早の所で学ばせるだけなのは上策ではないね」

「……何か妙案みょうあんが?」

「ん? まぁね」



 レオン様が僕に任せてよとニコリと微笑む。


 でも、私は色んな人から教えてもらっていた。この人が微笑む時は、大抵要注意が必要なんだって。


 そして、その助言が正しいかどうかはこの時点では分からず、ただただ不安に駆られるだけだった。



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