5


□ □ □ □



 これは人助け。これは人助け。

 そう何度も思っていないとやってられない。



「食いもんのうらみは恐ろしいって言うらしーけどよ、それ、マジだな……イテテ」

「うりゅひゃい」



 大広間での夕食時、宿の人が入れ替わり立ち替わり夕食のお世話をしにくるものだから、姿を見せることも叶わず。さりとてちびっこになればすぐにもう一度元に戻れるかというと、それも難しい。


 私はさびしくアノ人とお留守番。


 はしゃぎ疲れて眠ってしまっているという巳鶴さんの言葉を信じた宿の人が、好意でお握りといくつかのおかずを作ってくれていた。


 美味しい。美味しい、けど。

 やっぱり鍋が食べたかった! みんなで!

 そして、こんな時間になるまで絶対みんな私の存在忘れてた!



「この恨み、晴らさでおくべきか。いや、晴らすべきである!」

「でもよ、お前が今美味いって食ってるヤツもこの旅館の奴が作ってくれたヤツだぜ?」

「対象が違うもんね!」



 何かあった時のためにとスマホを渡され、気づいたら写真と動画でいっぱいになっている。主犯はもちろん海斗さんだ。



「ちょ、善意善意」

「善意も時には悪意に変わるんじゃあ!」


「うるっせぇ!」



 ……夏生さんが一番うるさい。


 とは言えず、私も海斗さんも大人しくだまった。


 時刻は夜中。午前一時三十……二分を私がお知らせします。


 とうとう決行の時間がやって来た。

 いざ行かん! ……えぇと、大女将おおおかみさんのお部屋!


 大女将さんのお部屋は誰かが宴会場から戻る大女将さんをけたらしく、それは見事な地図でもって報告されている。


 私はアノ人と、それから誰か隠密おんみつを一人と言われて馴染なじみがある子瑛さんにお願いして、一緒に大女将さんの部屋の前に移動した。


 ただ、私がお願いした時の子瑛さんの視線がかなり泳いでたのが気になる。けど、まぁいっか。



「さ、行きますよ」

「うむ」



 ではでは。失礼しまーす。


 大女将さんの部屋の襖をスーッと開け、寝ているまくら元に立つ。それから大女将さんの耳元で持っていた鈴を鳴らした。



「っ! 誰っ!?」



 大女将さんはまだ完全には寝ていなかったのか、すぐに気づいてくれた。


 身体を起こし、布団をね除けて立ち上がる。



「こんばんは。私、ここの土地神様に頼まれて来ました」

「え? どういうこと?」

「土地神様はもう人柱はらないそうです。やめてくれませんか?」

「……人柱なんか知らないわ。何かの間違いよ」



 大女将さんはあくまでもしらを切るつもりらしい。

 でも、誤魔化そうったってそうはいかない。ネタはあがってるんだ。



「そっか。でもほら、貴女の後ろにいるよ? いっぱい、いるよ?」

「……ひっ」



 大女将さんは私が指差す方を見て、小さく悲鳴を上げた。


 部屋の隅で大なり小なり様々な大きさの影がうごめいている。たまにオーって言ううめき声さえしているんだからすごい。


 大女将さんの肩がカタカタと震え始めた。

 そっと大女将さんの肩に触れると、ビクリと身体が跳ね上がる。



「私達は見ているの。人の良いところも悪いところも。これは悪いことなの。いらないのに、持ってくる。ね? だから、もうやめて?」

「わ、分かったわ! 分かったから、もうやめてっ!」

「その言葉、忘れないでね。これは神様との約束だから。破ると……たたられちゃうよ?」

「っ!」



 大女将さんはとうとう我慢できなかったのか、ふーっと気を失ってしまった。


 あわてて抱きとめて、襖の後ろに隠れていた子瑛さんにバトンタッチ。


 うーむ。やり過ぎちゃった?


 私でもこれがアノ人が作った幻影だって知らなかったら粗相そそうする。絶対、する。



「子瑛さん。大女将さんは大丈夫そう?」

「もんだい、ない。きぜつ、だけ」

「そっか。良かった」



 これだけ怖がってくれれば他の人にもちゃんと伝えてくれるだろうからもう安心だ。


 無事、私に与えられた使命は終了。


 ……と、毎度うまくはいかないもので。



「……」

「なぁに?」



 アノ人が私の方をじっと見てくるものだから、居心地が悪くなって思わず聞いてしまった。

 すると、アノ人は表情一つ変えず、口を開く。



「お前はいつから霊を召還しょうかんできるようになった?」

「……え?」


 

 誰が、何を、どうするって?


 ちゃんと聞こえてるはずだけど、耳から入っても脳が理解してくれなかった。


 とてもお利口りこうな脳だ。

 だって、持ち主の意向をちゃーんと組んでくれて。



「あれは歴代の人柱達の魂の残滓ざんしだろう。やはり、この地のどこかに留まざるをえなんだか」



 にもかかわらず、アノ人かトドメとばかりにぶっしてきた。



「歴代の、人柱達の……霊」



 いつのまにか消えている影達。

 アノ人が術で幻影を見せるってことになっていたから、えていても全く不思議に思わなかった。むしろ、声までつけてて、おーって。


 ……。



「……子瑛さん」

「ん?」

「手、つなごっか」



 あ、そんな可哀想なものを見るような目はやめて。


 前よりかは慣れたけど、まだまだ全然。

 ノミの心臓がやっとアリの心臓に変わったところだもの。


 とりあえずはさけばなくなったことをめて欲しい。


 とはいえ、この部屋にはもう一秒たりともいる必要はないし、いたくない。


 と、いうわけで。

 手を繋いだまま、スタスタサッサと私と子瑛さんはこの部屋を後にした。


 私の使命は完了したんだ。

 怒られるようなことは……して、な、い、ことにしたい。



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