本当は怖い賑やかなお祭り

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 あれからすぐに神様は帰ると言ってどこかへ帰ってしまった。


 人柱かぁ……この前の病院の時のだって、ある意味人柱だよね。

 最近こういうのにえんがあるみたいで、なんかヤダ。



「夏生さん、探る手間がはぶけたみたいで良かったですやん」

「あぁ。まさか向こうから来てくれるたぁ、重畳ちょうじょうだぜ」

「ん? どういうこと?」



 それじゃあまるで、このお祭りの裏側のこと、知ってたみたいな言い方だけど。


 ……もしかして、知ってたのに見て見ぬふりしてたの!?



「ちょっと。またチビが一人で暴走してるよ?」

「雅さん、大丈夫ですよ。私達もつい最近知り得た情報です。それまで人柱はこの地区の人間から選ばれていたようですが、ここに来て里の外の人間に手を出したらしく、行方不明者が出ているんです。おそらく、祭り用の人柱要員として」

「じゃ、じゃあ、はやくみつけてあげないとっ!」



 えぇーっと、お祭りの日は……明後日!

 明後日には本当に犠牲者ぎせいしゃが出てしまうなんて、なんてことだ!



「どうします? 死んだ人間ならともかく、生きた人間、しかも厳重に隠されている人間を探すのは至難の業でしょう?」

「……彼女に彼らが信仰しんこうする神が下りたことにして、祭りよりも前に人質を殺さずどこかの場所に連れてこさせるんです。そこを救出するのはいかがです? 祭りというより人柱をやめて欲しいのが神としての要望らしいので、うそでない程度にいましめて。そうすれば、この子も嘘をつかないでむので顔にも出ないかと」

「それですよ! さすが黒木さん!」



 薫くん、私のことをみんなにチクった時に比べてすごく声がイキイキしてるね。


 いいけどね、別に。いいんですよ、別に。


 黒木さんも一言多いんよ。

 あれでしょ、瑠衣さんと仲直りして気分がいいからでしょ。知ってる。


 いいけどね、別に。いいんですよ、別に。


 ……ふんだ。



「よし。それで行くか」

「君、いけそうなん?」

「やりましゅっ!」



 柳雅っ! 十六歳っ!

 やると一度決めたからにはどんな仕事だってこなしましょーぞっ!


 ……で? 具体的にはなにするの?



「いいか? よく聞いとけよ?」

「あい」



 夏生さんが部屋に備え付けの紙束とペンを手繰り寄せ、何かを書いていく。

 身を乗り出してのぞき込むと、何かの絵だった。


 ……これは、地図?


 思わず薫くんの方を見てしまう。


 薫くんはその、いわゆる、その、画伯がはく、なんだよね。


 前にお使いの時に薫くんに書いてもらったのとは違い、断然分かりやすい。なにより、一見しただけで地図だと分かる。



「なに?」

「なーんにも?」



 ぴゅーぴゅーと吹けやしない口笛で誤魔化した。



「おい、いいか?」

「あい、どーぞ」



 夏生さんの準備もできたらしく、再び手元の地図に集中した。



「このガイドブックの地図は信用しねぇほうがいいだろう。おそらく、地図にねぇ隠された土地があるはずだ。人柱が土地の人間にしろそうでないにしろ、人柱にする人間をひとまず置いとく場所をおおやけにしたくもねぇだろうからな」

「ふむふむ」

「夏生さんはどこがあやしいとにらんでます?」

山間やまあいの集落だからな。山肌に穴を掘って人工洞窟どうくつを作って、そこに座敷牢ざしきろうみたいに竹だか鉄だかで囲ってる可能性も否定できねぇ。が、同時に大事な人柱を土砂くずれなんかで失う可能性がゼロでもねぇ。とすると、山はねぇと思う。……ささげるまで神に護ってもらうって意味でも、神社の周辺が定石じょうせきかと思うんだが」

「あまりピンと来ていないようですね」

「まぁ、な。どうもしっくりいかねぇ」



 夏生さんはガシガシと頭をかき、腕を組んで考えこんでしまった。


 すると、綾芽と海斗さんが同時に立ち上がった。二人の間に言葉はない。僅かに遅れて劉さんも。


 三人共、どうしたのさ。トイレ?


 劉さんと海斗さんがふすまの両側に立ち、綾芽が正面に立った。

 そして次の瞬間、劉さんがサッと襖に手をかけて勢いよく開けた。支えを失い、バタバタと部屋の中に雪崩なだれ込むたくさんの人達。その顔触れは見知ったものばかりだ。



「……自分ら何してるん?」

「こそこそぬすみ聞きたぁ感心しねぇなぁ」

「「ひっ」」



 実務の長である綾芽と海斗さんのニコヤカな問いかけに、おじさん達皆の顔が引きつっていく。


 あーあ、バレずに済むと思ってたんでしょうか?

 まったくもう。そんなわけ、万に一つもないでしょうに。私だって隠れて聞いてたらバレちゃうのに。


 例の綾芽の婚約者騒ぎの時に前科持ちとなった私が言うんだから間違いない。



「あ、綾芽さん達ばかりずるいですよっ!」

「は?」



 ここで綾芽達のニコヤカな笑みに負けない勇者もとい怖いもの知らずなお兄さんが声をあげた。おおーっとどよめきが広がる。



「な、仲間外し、良くないっ! ですっ!」

「……お前ら、ガキか」



 お兄さんの言葉に対し、そうだそうだと我が意を得たりとばかりに合いの手を入れるおじさんお兄さん達に、夏生さんは冷たい視線を浴びせた。


 でも、そう、そうだよね。仲間外し、良くないよねっ。



「わかりましゅ。なかまはずし、よくない」

「分かってくれるか雅ちゃん!」

「あい!」


「おい、誰かこの茶番を終わらせろ」



 夏生さんのあきれ果てた一声で、私は劉さんに回収された。


 ……茶番とは何事か。

 異議ありだ、異議あり。


 しかし、弱者の意見は時に強者のひと睨みでしぼまされてしまうのだ。


 あぁ、悲し。


 繊細せんさいな心が傷ついたから、美味しいお菓子を所望させていただきます!



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