13


□ □ □ □



 も、もう、ダメ……。

 たましいがうっかり口から出て……って、危ない危ない。



「雅ちゃん、大丈夫?」



 DVDの途中から合流した瑠衣さんと黒木さん。


 ちょうどオチの怖いヤツがドアップで出てくるところで、瑠衣さんが思わずといった風に黒木さんの背に隠れていたっけ。


 ははっ。仲直りしたようでなによりだよ。あはは。



「ちょっと。あんた達やり過ぎよ」

「み、みかたがりゅーしかいなかった」



 劉さんは綾芽にとらわれている私の横に来てくれて、大声で騒ぐ私の頭を撫でたり、肩をさすってくれた。


 スゲーとか意味が分からない感嘆かんたんの声を上げている海斗さんや、こんな時でも仕事を始める夏生さん、読書をする巳鶴さんに、横になってまさかの昼寝を始める薫くんとは大違いだ。たまに映像と同時におどかしてくる綾芽は言わずもがな。


 これが私がやらかした罰だとかじゃないなら軽くたたってやるレベルだからね!


 そんなこんなで、やっと一つ見終わった今となっては私の体力は底が見えている。


 グギュルルルン


 おっと。



「……おなか、すきました」



 瑠衣さん達のことも安心できて、お腹の虫が自分のことも満足させろと主張し始めた。


 ……おい、こら、そこ。

 なに腹抱えて笑うてるんや。



「そんなにわらうなら、もっとわらわかしたるわ!」

「おいっ! ちょっ、クソ! やめろって!」



 むふん。海斗さんの脇腹わきばらを超高速でコチョコチョしてやった。

 ただで笑われると思うなよ!?


 ……ブルッ


 あ、あれ? なんか急に体が震えたんだけど。

 お腹が空きすぎて寒気がしたのかなぁ? ……するのかなぁ?


 クスクスクス


 どこからか、微かに笑い声が聞こえる。



「……何か入り込みましたね」



 巳鶴さんがお茶をすすりながら、さも何事もないことかのように言ってくれる。

 実に大事おおごとだってのに。


 ただ救いなのは、人のことを馬鹿にしているとかそんな感じじゃなくて、ただただ純粋に面白くて笑ってるって感じ。



「……だ、だれ?」



 海斗さんの脇腹をそのままギュッと掴んだ。


 もーだからこういうのイヤだって言ったんだよぉ!


 だって、ひいおばあちゃん言ってたもん! 

 怖い話をしたり見てたら、絶対に寄ってくるって! 肝試きもだめしとか言って夜中にお墓とか言っちゃうのは暇人ひまじんのすることだって!


 お願いしますお願いします!

 今から暇人じゃなくなったので、どうかこのままお帰りくださいぃー!



「ひいおばあちゃんって、この人のこと?」

「ぎゃああぁぁぁぁぁっ! でたぁぁぁっ!」

「いっ!」



 目の前に突然現れた顔。

 それは目がくぼんだ青白い顔でも、髪の毛で顔が隠れているのでも、顔がないのでもなく。私が何かをやらかした時のひいおばあちゃんの激怒した顔だった。



「アハハハッ。君、面白いね」



 ひいおばあちゃんの顔でソレはお腹を抱えて笑う。


 ある意味一番恐ろしいものを見た私は海斗さんの背中につめを立てていたらしく、猫よろしく脇を抱えられてブラーンブラーンとちゅうに浮かされた。


 ソレは姿を変え、私と同じくらいの背格好で千早様と同じ水干すいかん姿になってきつねのような細目をさらに細めている。髪だって茶褐色ちゃかっしょくだし。実は狐なんですって言われても本気にしちゃう。


 ……もしかして、狐? ひいおばあちゃんに化けてたし。



「うーん。同居のモノの影響だろうね。僕は狐じゃないよ」

「じゃあ、だれですか?」

「誰でもないがゆえに誰でもある」

「はい?」



 意味が分かんないんですけど。


 でも、悪い人ではなさそうだから怖いって感じはしない。


 でもでもっ! ひいおばあちゃんに化けたことは許さないけどねっ! 本当に怖かったんだから!



「それにしても、そんな恰好かっこうで疲れないの?」

「わたしはつかれない!」

「そらそーだろうな。だが俺は疲れる!」



 宙ぶらりんのままはさすがに海斗さんも嫌だったらしく、すぐに下ろされた。


 とりあえず、爪をたててごめんなさい。



「おい。ふざけるのもいい加減にしねぇと許さねぇぞ?」

「……おぉ、怖っ。そんなにらまなくてもいいと思うんだけど」

「あぁ?」



 夏生さん、その上がり口調、まんまその筋のお方のものですよ。


 でも、彼も本当に怖いとは思ってないから大丈夫。


 ……ひいおばあちゃんに化けて私を笑ったりしたんだから、もっとやっちゃってもいいと思うの。



「君、可愛い顔して結構言うよね?」

「ほめてもらってもなにもでませんよ」

「まぁ、嫌いじゃないけど。……でもま、君達はさすがだね。僕が姿を見せてから瞬時にこの部屋全体を囲う結界に、あと、元老院に式を送ったね。その状況判断力。うん、素晴らしい」



 ……なんだなんだ? めてもらっても何もでないよ?


 キュルキュルキュル


 お腹の虫もそうだそうだと言っている。たぶん。



「そんな君達に、折り入ってお願いがあるんだ」



 知らん人の言うことは聞いたらあかんと綾芽ママンが言ってました!



「実はね」

「はなしきいてますかー!?」

「ん? 聞こえてるよ?」



 違うんです。聞いてるのと聞こえてるのじゃ、似たような感じに思えるかもだけど違うのよ。


 そして、このフリーダムさ。どこかで覚えが……


 ……あ。



「もしかして、かみさま、ですか?」

「そうかそうじゃないかで言ったらそうだね」



 やっぱり!


 どーして知り合った神様はこうもフリーダムさをきわめているのか。

 千早様はそうでもないけど、オネエさんもあの人もその道に関しては並び称されてもおかしくない。



「それで? その神様が俺達にどんな御用で?」

「なつきしゃん!?」



 えっ!? 聞いちゃうの!?


 神様だと分かった瞬間、夏生さんは態度を僅かに改めた。


 この中で彼を抜いて一番偉い夏生さんが言うことだから、みんなも黙って聞き役にてっしている。



「この温泉郷には、というより、この温泉郷がある地区には昔からある祭りがあってね」

「それって……これ?」



 瑠衣さん達とお買い物に行った時に買ったガイドブックに、お祭りが今の時期にあるって書いてあったはず。


 お座布を敷く時に隅に置いておいたリュックからガイドブックを取り出してきて、皆にも見えるよう机の上に広げた。


 そのガイドブックには、“秘祭ひさい!温泉郷に伝わる千年の歴史”と大々的に書かれたお祭りがいくつかの写真とともにせられている。


 この時点で全然秘祭じゃなくなってると思うけど、そこんところはどうなんだろう?



「この祭りが何か?」

「その祭り、今でこそそういう風に秘められたものじゃなくなったけど、今でもある周期で本当に秘すべきものになっているんだ」

「あるしゅーき?」

「人柱が出る周期だよ」

「……」



 ひ、ひとばしら……ひとばしらって、あの人柱?

 人間を地面に生きめにするとか水にしずめるとかそういう?


 ……とんでもない祭りだねぇ、おい!


 気丈きじょうな瑠衣さんもさすがに身体を強張こわばらせ、黒木さんが瑠衣さんの肩をそっと抱いた。



「昔はね、人柱にされた人間を返すわけにもいかないから律儀りちぎに僕の友神は自分の内にいれていたんだけど。さすがにもう受け入れきれなくなって、もう前回ので終いだと思うんだ」

「どうなるんだ? っと、ですか?」

「守る価値なしとこの地を見限れば良いほう。最悪、ちた神となる。僕達神は和魂にぎみたま荒魂あらみたま両方をあわせ持つけど、荒魂だけになり、この地はれ、そこからさらに外にも影響が出てくる。この地をおとずれた者によってね」

「それで、神さんのお願いごとはなんなんです?」

「決まってるだろう? 未来永劫えいごう、人間達にその秘祭をさせないで欲しい。手段は問わないけど、友神はこの地を殊更ことさら気に入っていてね。自然は壊さずに。あと、これから来るだろう元老院はできれば追い返して欲しいな。痛くもない腹を探られるし、この地に住まう妖達の中には落ち着かず悪さをしてしまうやからが出ないとも限らないから」



 うーん、了解です。

 夏生さん達は慰安いあん旅行だからお休みで、私がなんとかやってみます!



「それにしても、出雲で聞いていた通り、君は母親似なんだね」

「……だれにきいたんでしゅか?」



 嫌な予感しかしないけど。



「決まってるじゃないか。君のお父上だよ。蛇のも一緒にいたから遠巻きにしてたけど、あの無表情でベラベラと饒舌じょうぜつに語っていたから、つい耳をかたむけてしまってね」



 ……そんな親戚しんせきの子を久しぶりに見るような目はやめて! ずかしいからっ!


 いや、あの、ホント、こんなちんちくりんでごめんなさいね。

 でも、やる時はやれる子ですからっ!



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