2



 お屋敷の中に入ると、広い奥座敷に直行する。帝様がそこで待っているのだ。


 南の人達も到着はもうすぐだということで、今日はとりあえずの慰労会いろうかいを東と南の合同でやるということになっている。


 綾芽達が来る一時間程前に東の料理人さん達留守居役るすいやくも南のお屋敷に到着しており、桐生さん達に引きずられるようにして厨房ちゅうぼうへ消えていった。



「遠くまでご苦労であったな」

「いえ」

「皆が無事のようでなにより」



 夏生さん達は帝様の真向かいに腰を下ろした。



「鳳が怪我を負ったと連絡がありましたが」

「問題ない。そいつに治してもらった」



 その間に座る鳳さんが私の方をあごで指してきた。


 ついついドヤ顔を浮かべていたのか、ペシッと夏生さんに頭を叩かれた。ひどし。



「その後なに食べたん?」

「コンビニのおにぎり。いーっぱい。おいしかったぁ」



 冷めても美味しいおにぎりはなかなかに有能な食料だと思う。その中でも塩だけのが今のところ一番好き。


 異論? もちろん認めます。



「そんなに腹減ってたのか?」



 海斗さんがニヤニヤと笑いながら聞いてきた。



「んー。おなかへりすぎてわかんなくなってた?」

「なんで首かしげるんだよ」

「わたし、あのときがんばったから! おなかすいてたけど、それをこえるたたかいがそこにはあった!」

「だからドヤ顔すんな」



 夏生さんからの本日何度目かの頭ペシッ。

 痛い、けど、なんか嬉しい。ついついにやけてしまう。叩かれた部分を押さえて笑ってしまった。



「雅、悪いが茶を運んできてくれるか?」

「いいですよー」



 綾芽のひざから立ち上がり、部屋の中を見渡して人数を確かめた。


 帝様に、橘さん、鳳さんに、夏生さん、海斗さん、綾芽。それから私の分。全部で七つか。うん、ぎりぎりいける!



「ちょっとまっててくださーい」



 奥座敷を出る時、入れ替わりで奏様とカミーユ様が入ってきた。


 すれ違いざまにカミーユ様が私にちょっかいをかけてこようとして、どうしても首が一瞬すくんでしまう。

 もちろん、それをしっかり見ていた奏様にカミーユ様はバッチリと制裁せいさいを食らっていた。



「かなでさまたちも、おちゃいりますか?」

「私はいいわ」

「今はいいかな」

「はぁーい」



 ふすまを両手で閉め、厨房の方へ向かう。


 その途中、カチャカチャと何か音がする部屋を見つけた。

 障子が開いていたのでひょっこりのぞいてみると。



「あ、りゅー!」



 荷物の整理をしていた劉さんがいた。

 劉さんは私に気づくと、手を止めてこちらに来てくれた。



「みやび、どうした?」

「いまからおちゃとりにいくの。ななつ」

「いっしょ、いく」

「うん! いこー」



 差し出された手をつなぎ、ブンブンと振りながら一緒に廊下を進む。


 厨房では沢山たくさんの人が忙しそうに働いていた。

 どんどん盛り付けられていく料理はどれも美味しそうで……じゃない。そうじゃない。



「ん? おチビちゃん達、どうしたの?」



 入り口近くにいた南の料理人さんから声をかけられた。

 その人がすぐに手をぬぐってこちらに来てくれた。つまみ食いしに来たとでも思ったのか、その手にはエビフライがつまんである。



「あーん」

「あー」

「……どう?」

「んっ!」



 外の衣はサックサク、中の海老えびはプリップリ。

 うまし! 満点!


 グッと親指を立てて返事をした。


 問題はこのエビフライに何をつけて食べるか、だ。



「よしよし。なら、これは大丈夫だね」

「みやび」



 劉さんから肩をトントンとたたかれた。

 顔を上げると、劉さんはわずかに首をかしげている。


 ……分かってる。

 私がここに来たのはつまみ食いのためじゃなくって、お茶を運ぶためだ。



「おにーさん、わたし、おちゃをはこばなきゃいけないの」

「お茶? いくついるの?」

「ななつ」

「七つは……危ないんじゃないかな?」

「んーん。へいき。あのね、りゅーとはんぶんこするから」

「あ、あぁ。そうなんだ。熱いの? 冷たいの?」

「あ」



 聞くの忘れてた。

 ど、どーしようっかなー。



「みやび、どっち?」

「わたしはー」



 お座敷、暖房つけてたから……。



「ぬるめ」

「そう言われてみれば、ぬるめっていう選択肢せんたくしもあったね。どうする?」

「あつい、みっつ、つめたい、みっつ。ぬるめ? ひとつ」

「半分ずつね。分かったよ」



 うーん、劉さんがいてくれて良かったぁ。



「はい、お待たせ」



 お兄さんがそれぞれ準備してくれたうえにおぼんにまで乗せて持って来てくれた。

 大きいお盆に六つ、小さいお盆に一つ。言わずもがな、私が小さいお盆だ。



「……もうちょっともてるよ」

「そっかそっか。じゃあ、これね。ほら、早く行かないとお茶が冷めちゃうよ」

「えっ、あっ」



 お兄さんは私のお盆に布巾ふきんを追加して背中をグイグイと押して来た。劉さんも後ろについて来ている。



「チビ、邪魔しない」

「あい」



 厨房の奥で大きな鍋の中をかき混ぜている薫くんからおしかりの言葉が飛んできた。


 東の厨房では薫くんの言うことは絶対。料理長である彼に逆らおうものなら、料理の一品や二品減らされるなんて容易に想像ができる。


 でも、ここは南の厨房で料理長は桐生さんだ。


 それでも身体に染み付いた慣れとは怖いもので、さっさと足が先に動いていた。



「かおるおにーちゃま、がんばって!」

「ほら! 前を見る!」

「……うわっととと」



 後ろを振り返りながら歩いていたら、目の前に柱がいきなり現れたんですけどっ。


 薫くんと、間一髪かんいっぱつのところで柱と私の顔面の間に手をすべり込ませてくれた劉さんのおかげで、無事に事なきを得た。


 劉さんや、本当に何から何までありがとうございます。これは後で、綾芽からもらった金平糖を分けてあげねばなるまいね。


 ……それが私にできる最大限のお礼の仕方なんだけど、それで大丈夫?



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る