4



 なんだかなぁな気分をなんとか浮上させ、ナースステーションの角を曲がった。



「……け、て」


「ちはや……っとと」



 周りの人には見えてないんだった。


 ……千早様、何か言った?



「僕は何も言ってないよ」



 ……えー。だって、今、なんか……。


 何を言っているのか分からないほどか細い声だったけど、声自体は確かに聞こえたはずなのに。



「どうしたの? 迷子?」

「……んーん」



 角を曲がった先の廊下でナース服を着たお姉さんが声をかけて来た。


 一瞬、どこか違和感があってもやっとしたけれど、それが何なのか分からないことにはどうしようもない。気にしないでおこう。



「誰と来たの? お父さんかお母さん?」

「……おかあさんはおうち。おとうさんは……」

「あ……ごめんね」



 んん? なんだか勘違いされてるみたい?

 一応生きてるよ? アノ人。お父さんって言えないだけで。



「……じゃあ、一緒にいこっか」

「んーん。だいじょうぶ」



 断る私に、お姉さんは少し眉を寄せた。



「でも、危ないから」



 私の身体を抱き上げようとしてか、お姉さんが両手を伸ばしてきた時。



「雅」



 アノ人が私達の背後に立っていた。お姉さんをジッと見つめ、微動だにしない。

 しばらく、お姉さんとアノ人の間で睨み合いに近いものが交わされた。

 そして、先に根負けしたのはお姉さんの方だった。



「……そう。貴女にはあの人達から守ってくれる人がちゃんといるのね」



 良かった、と、目尻に涙を浮かべてにっこり笑い、文字通り消えていった・・・・・・


 ……え゛っ。

 あ、あのお姉さんも!? ゆ、ゆっ、れ……!


 あっ、あぁー、分かった分かった。分かりましたよ、違和感の正体が。 

 この病院内で、スカートタイプのいわゆるナース服を着ている看護師さんはいない。全部見て回ったわけじゃないから断言はできないけど、看護師さん達の仕事着はズボンスタイルだ。……さっきのお姉さんを除いては。


 ナース服が仕事着だった頃にこの病院に勤めていた人、とかなのかなぁ。

 あのまま抱き上げられてたら、どこへ連れていかれちゃってたんだろう?


 ……って、もう過ぎたことよりも。


 さっきのお姉さん、なんだか意味深なこと言ってなかった?

 あの人達って誰? 守ってくれるってことは、その“あの人達”って悪い人達ってことでしょ?

 それに、ここにいることが危ないっていうのなら、その“あの人達”もここにいるってこと? それとも、ここにその“あの人達”がやってくるってこと?


 幽霊は怖いけど、話半分にして消えられるのもなんかやだぁー! 気になるじゃんかぁ!



「か、かむばーっく!」

「幽霊相手に戻って来いなんて言うやつ初めて見た」

「わたしもはじめていった。それに、できればにどめはないほうがいい」



 って、また口に出しちゃってる。

 アノ人も銀髪に戻ってるってことは周りの人に見えないようにしてるってことだろうし。自重だ、自重。



「呼んだかしら?」

「みゃっ!」



 し、心臓に悪い……。


 さっき消えたはずの看護師のお姉さん幽霊がすぐ真横に現れた。

 片方の二の腕をもう片方の手で掴み、何故自分が再び呼ばれたか分からないのか、不思議そうに首を傾げている。


 よ、よし。このお姉さんは怖くない。

 突然消えることを考えなければ普通の人と同じように見えてるんだから、いける。いけるぞ!



「あのひとたちってだぁれ?」



 そう聞くと、お姉さんの眉が再び寄った。

 よほど口にしたくないのか、話すのがはばかられる内容なんだろう。



「だいじょうぶ。なんとかしてみせる!」

「あなたが?」



 うぅむ。この小さな身体のせいで心配されておるね?


 ご安心ください。

 今ならこの二人もついてきます!


 千早様とアノ人の手を掴み、二人を見る。そして、お姉さんを見てニコッと笑うと、お姉さんはアノ人がなんとかすると思ったらしい。



「よろしくお願いします」



 アノ人に深々と頭を下げた。


 ……あんまり言いたかないですけど、その人、お母さんがらみじゃないと動いてくれないんです。まったくもって困った人なので。


 だから、私が! がん、ばり、ます!


 ……あ、千早様。手ぇ離さんといて。

 お姉さん以外の幽霊出てきたら怖いやん。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る