9


◇ ◇ ◇ ◇



 なんとも言えない空気がお店の中にただよっている。

 けれど、神様二人はまったく気にせず、自分がやりたいことを各々おのおのしていた。


 ……うん、この二人はダメだ。



「ねぇねぇ」



 隣に座る橘さんの服のすそをちょんちょんと引っ張った。



「どうしました?」

「おみみ、かしてくださいな」



 背中を丸めて耳を近づけてくれた橘さんの耳元に、両手で円を作って持っていく。



「るいおねーちゃまたち、おそいね」

「そうですね」

「くろきしゃんとなかなおり、できるとおもう?」

「どうでしょう。そればかりはなんとも……」

「ミャウ」



 え? ミャウ?

 なんともミャウ?


 可愛い鳴き声が橘さんの口……ではなく、頭の上から発せられた。



「……うわぁ!」



 白い小さな虎――ホワイトタイガーと呼ばれる種類なんだろう小虎が、橘さんの頭に前脚をかけるようにして私を見下ろしている。

 動物園では見たことがあるけど、それも成獣になった虎で、こんな一目で子供と分かるコは初めて見た。



「西の疾風はやてではないか?」

「ちょっと雅さん、すみません」



 橘さんが頭の上に手を伸ばし、疾風と呼ばれた小虎を下ろす。

 疾風は橘さんの膝に大人しくちょこんと座った。



「ねぇ、橘さん。なんか首のところについてない?」

「本当ですね。首の鈴ひもに結び文が」



 参拝客が引いたおみくじを結ぶような結び方で紐に結ばれていた。

 それを橘さんが取り、目で書かれている文字を追い始める。


 その間に、恐る恐る小虎へ手を伸ばすと、向こうから頭をり寄せてきた。


 ……んんっ! もふもふ。



「……陛下。西の鳳さんが重傷だそうです」

「えっ!?」



 西の鳳さんって、あの鳳さん!? 海斗さんや綾芽もその昔、ものすごくしごかれたっていう強者の鳳さん!?

 なんで重傷!? 何があったの?



「また、これ幸いと離反者も大勢でたとのことです」

「……それは誰からだ?」

「西で副官を務めている泰原さんです」

「なるほど。鳳が次の長にと温めている男か。それで、鳳はどこで治療を?」

「都を出てすぐの山麓さんろくの病院だそうです。幸い、命に別状はないそうですが」

「そうか。他には?」

「指示はこれ以降、北の八尋さんが出すそうです。離反者の名も夏生さんの指示により控えていると」

「さすがだな。……雅」

「あい」



 帝様がこちらに軽く首を曲げて目を向けてくる。



「少しの間なら構わんだろう。あまり無茶をせんというなら見舞いへ行くか?」



 それはもちろん。


 でも、今は……。



「……るいおねーちゃまが」

「なに。これは黒木と瑠衣の問題。それにほら」



 帝様が奥のバックヤードへ続く扉を指さした。

 すると、直に扉が開き、なんだか神妙な面持ちの瑠衣さんと奏様が出てきた。



「ごめんなさい、みんな。これから黒木と二人きりで話があるの」

「るいおねーちゃま」

「雅ちゃん、またね」



 そう言われると、うんと頷くことしかできない。


 バイバイと手を振って、後ろ髪を引かれながらお店を出た。



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