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「雅ちゃん、野暮なことはダメよ?」

「はーい。……あ! それ! まだたべてないやつ!」



 千早様がいつの間にか一皿ペロッと平らげようとしている。


 残されるのは包装紙やカップのゴミの山。



「あぁ、もう食べないかと思って」

「たべる! たべるよ!?」

「また作ってもらえばいい」

「のおぉぉぉぅっ!!」



 最後の一欠片は無情にも千早様の口の中へ運ばれた。



「お、おとっ! ……ゔぅー」



 大人気ない!


 ガジガジと唇を噛んでいると、みょーんと横に頬を引っ張られた。


 誰ぞ!?



「……あっ! かおるおにーちゃま!!」

「なに膨れてんの? ……って、聞くまでもないか」



 目の前の空っぽのお皿を見て、突然後ろに現れた薫君はきちんと察してくれた。


 お店の入り口は入ってくる時にカランカランと鐘が鳴るから、きっと別の入り口から入ってきたんだ。



「かおるおにーちゃま、どうしたの?」

「うちもほとんどみんな出払ったでしょ? だから、今のうちに料理の腕を上げようと思って。ここに来れば黒木さんいるしね」

「みなみにきたら、きりゅーさんいるよ?」

「南よりこっちの方が近いし」

「なるほど」

「夏生さん達の仕事が治安を守ることなら、僕の仕事はその治安を守る奴らの身体を保たせる料理を作ることだからね」

「しめい?」

「しめい? あぁ、使命ね。そう、使命使命。……あ、そういえば、巳鶴さんから伝言頼まれてたんだった」

「でんごん?」

「そ。日記はちゃんと毎日つけるように会ったら伝えてくださいって。つけてる?」

「つ、つ、つけとるよー!?」



 思わず裏返る声。


 当然薫君から浴びるのは疑わしいを通り越して呆れの視線だ。



 日記?


 今の今まで忘れていましたとも。


 夏休み最終日の毎日の日記みたいにまとめて書いたらバレるかな?



 ……あ、待って。帰ったら書きます。書きますから!


 だから言わんといてー!!



 薫くんはこれまたできる男、黒木さんが用意してくれた私専用の椅子をまず私ごと退かし、近くのテーブルから椅子を引っ張ってくると、私を抱き上げて膝の上に座らせた。


 それから帝様に向かって軽く会釈すると、帝様もそれに片手をあげることで答えた。



 うーん。


 久々の座り心地……というか、私、あんまり薫くんのお膝に座ったことなかったかも。


 綾芽とか劉さんとかは結構頻繁に座ってたけど。



「なに?」

「んーん。甘い匂いがする」

「なにこの子、犬並みの嗅覚怖い。……さっきまで瑠衣と黒木さんと三人で新作のやつ作ってたんだよ。で? 食べたんでしょ? どうだった?」

「ちょーおいしかった!!」

「ちょーってどのくらいなのさ」

「え? んっと」



 ちょっと腕を拝借しますよって。


 薫くんの両腕をとって、大きく円を書くように動かした。


 ふぃー。人の身体動かすのって大変。



「このくらい」

「……フハッ。なにそれ」



 薫くんが顔をくしゃっと歪めたような表情で笑う。


 いや、だって、自分の腕じゃ足りなかったんですもん。



「あーあ。チビと久しぶりに話したら色んなことがどーでもよくなったよ」

「そ? それはよかった」

「まったく。僕がいるってことを忘れてるのか、わざとなのか、戻ってきたかと思ったらなんかよく分からない状態になってるし。黒木さんはなんかいつもと雰囲気違うし」

「あ、あー」



 瑠衣さん達、なんだかよく分からない状態になってるんだ。


 それでその空気に耐えられなくなってこっちに避難してきたわけですか。



 ……なんか、ごめんなさい。


 そんな雰囲気にさせちゃったの、私の不注意な一言が原因です。


 ……薫くんに本当のとこは言わんでおきます。



「もうすっかり大丈夫そうね」

「まぁね。誰かさんが鼻水垂らしながら治してくれたから」



 あ、あの時は薫くん、死んじゃいそうなくらい血出てたし……えぐれてたから。


 思い出すだけでまだ寒気がするんだもの。私に怪我を治す力があって本当に良かったと思う。



「それにしても、お前が自分から腕を上げようと努力するとはな」

「おかしいですか?」

「いや? ただ、少し前までのお前なら、黒木を何が何でも東の料理長に戻そうとしていたし、自分はそれまでの中継ぎだ程度にしか考えていなかっただろう?」

「まぁ、今でも戻ってきて欲しいのは山々なんですけどね。……どこかの誰かさんに言われたんですよ。舌っ足らずの口でありがとう、おいしかったって」



 ……それはもしかして、私のこと?



 その考えは正しかったのか、意味もなく頬をみょーんみょーんと後ろから引っ張られる。


 ……私の頬はお餅じゃないって分かってる?



「別に言って欲しいわけでもないし、美味いのを作るのが当たり前なんですけど、ほんのすこーしその……」

「えっ!?」



 今度は耳を塞がれてしまった。


 上を向いて薫くんの顔を見ると、フイッと視線を逸らされる。



「……嬉しかった……気がするって」



 ……バッチリ聞こえちゃった。


 師匠である桐生さんや姉弟子の瑠衣さんにも聞かせてあげたい。


 デレです!! 今世紀最大のデレいただきましたよー!!



「そしたらなんか、黒木さんを待ってるだけじゃダメな気がして」



 んもう!! 薫くん大好きだぁ!!



 耳はしっかり薫くんにロックされてるから、腕だけ後ろに回してこっちもがっちりロック。


 自然と身体も揺れてくる。



 んふふふふ~。



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