それぞれの道

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□ □ □ □



「いらっしゃいませ。お待ちしておりました」



 お休みの日なのに、ビシッといつもの制服を着た黒木さんが出迎えてくれた。皺一つ見られない服は、黒木さんの真面目な性格をそのまま表している。



「なにぶん急で、すみません」

「いえ。そろそろ瑠衣さんの集中力も切れてしまうからどうやって仕事をさせようかと考えていたところだったんです。ありがとう、雅ちゃん。おかげで残りの仕事も嫌がらずにやってくれそうだよ」

「え? いーえ。どーいたしまして」



 さてはて、これは異なこと。

 突然押しかけてきたのはこっちなのに、何故かお礼を言われるという。


 まぁ、ありがとうって言われて、嫌な気分になるはずもないからいっか。



「こちらにおかけになってお待ちください」

「ありがとうございます」



 黒木さんは私達を庭が一望できるテラス席へ案内してくれ、お店のバックヤードへ戻って行った。



「かなでさま、ここのあまいの、どれもとってもおいしいんだよ」

「そう。楽しみね」

「うん。あのね、あまいのたべたら、かなでさま、げんきになる?」

「……なるかもね」



 かも、だけど、ならないわけじゃない。


 ここの甘いのだったら、きっと甘い物好きの奏様もちょっとは元気になってくれるはず!



「ここはなかなか感じの良い店だな。散策の時はここへも寄ることにしよう」

「陛下。お忍びも大概になさってくださいね? まぁ、でもそうですね。木の材質も良いものを使っているのでしょう。木目といい、肌触りといい、申し分ありません」

「ふふん。そーでしょ? すごいでしょ?」

「なんで君が自慢げにしてるのさ」



 だって、自分が大好きなお店を気に入ってくれる人が一人でも増えたら嬉しいじゃない。

 もちろん、凄いのはお店の雰囲気とか内装だけじゃないってことを、これから瑠衣さん達が必ず証明してくれるもの。


 準備のいい黒木さんが置いて行ってくれた私専用のうさちゃんナプキンを膝にかけ、大人しく待つことにしよう。



 しばらく待っていると、何やら揉めながら黒木さんと瑠衣さんが皆の分の飲み物と甘味の乗せられたお皿を持ってきてくれた。


 あぁ、まーたやってるよ。

 いつもなら止めに入るけど、この二人のは止めなくていいって夏生さん達にも言われてるから放っておこう。


 でも、優しい黒木さんを怒らせるなんて、瑠衣さんもなかなかやりおる。



「雅ちゃん! お待たせ!」

「あい。おやすみちゅーにごめんなさい」

「いいのよー。一人で食べてもつまらないから」

「こちらは雅さんのお父上のお知り合いで、奏様と千早様です」

「初めまして。ここの店主の安宅あたか瑠衣と申します」

「今日は突然お邪魔してしまってごめんなさい。雅ちゃんのお誘いは断れなくって」

「それ、すっごく分かります」



 良かった。

 奏様が人間嫌いだって聞いてたの、車の中で思い出したから。駄目だったかなってちょっぴり思ってたけど、大丈夫そう。


 普通に仲良さげに話す二人に、ほっと胸を撫でおろした。



「さぁ、当店の新作候補を是非お召し上がりください」

「……うはぁーっ」



 奏様と瑠衣さんがおしゃべりしているうちに、黒木さんが着々とテーブルセッティングを進めていた。


 新作候補は全部で四品あって、どれも美味しそうだ。


 横をチラッと見ると、奏様の顔も心なしかほころんでいる。



「雅ちゃん、どれが食べたい?」



 本来は一人用でサーブされるんだろうけど、今は大皿に乗って結構な数がある。


 と、いうことはつまり。



「ちょっとずつ、ぜんぶで!」



 これ一択でしょう?



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