12



 つまみ食いの危険性ありとの烙印らくいんをおされた私は厨房から追い出された。

 そして、食堂の椅子に座って静かに待機との厳命まで下ってしまった。



「むぅ」

「なんだなんだ? やっぱり追い出されたのか」

「おチビは食いしん坊だからなぁ」

「大方作ってる途中でよだれ垂らすか、腹でも鳴らしたんだろ」

「だな」



 食堂に入ってきたおじさん達が、私に向かって各々おのおの正論をいてきた。あまりにも当たりすぎてて、ぐぅの音も出ないとはこのことだ。

 おじさん達は厨房の冷蔵庫からお茶の入ったピッチャーを取り出し、グラスを持って私が座るテーブルにやってきた。



「どうせ暇なんだろう? 俺が面白い話を教えてやるよ」

「おもしろいはなしー?」



 おじさんのうちの一人が何故か自信満々に胸を張り、ドヤ顔をかましている。


 でも、そう言って期待させといて、後から綾芽達に怒られる話だったっていうことが何回もあるからなぁ。

 綾芽も薫くんもそこにいるからね? 今度はほんとに大丈夫?



「今日の月見に相応しい話だ。よーく聞いとけよ?」

「あい」



 とりあえず、話したくて話したくて堪らないようだから聞いておこう。丁度いい暇つぶしだ。



「昔、あるところに兎と狐と猿がいたんだと。ある日、疲れ果てて食べ物をう老人に出会い、三匹は老人のために食べ物を集めた」

「いいこたちねぇー」

「そうだな。猿は山に行って木の実を、狐は川に行って魚を取ってきた。だが、兎は一生懸命頑張っても、何も持ってくることができなかった。そこで悩んだ兎は、“自分を食べてください”と言って火の中に飛び込み、その身を老人にささげたんだと」

「えっ!」



 な、なかなか衝撃的なお話ですね。

 でも、それとお月見とどういう関係が?


 不思議そうにしていたのが伝わったのか、おじさんがグシャグシャと頭を撫でてきた。



「実はな、その老人っていうのが帝釈天たいしゃくてんっつーえらい神様だったんだよ。そんでその帝釈天は兎をあわれんで、月の中によみがえらせて皆の手本にしたんだと」

「ほー!」



 だから月には兎がいるんだ!



「しかも、帝釈天は太っ腹で、善行をした狐と猿は人間に生まれ変わらせ、兎は焼けた後、本当は皮をがれて、その皮を月に映し、当の兎は皮を剥がれた後に生き返ったってゆー話も聞いたことあるぞ」

「ほっ!」

「裏説だな」



 えーっと、皮を剥がれ云々は聞こえなかったことにしておこう。

 最初は衝撃的だったけど、最後はやっぱりハッピーエンド。うんうん、それが一番だね。


 それにしても、おじさん達って意外と博識だったんだ。いつも夏生さん達に怒られてるイメージしかなかったからなぁ。すごい!



「もっとおはなし、ききたいなぁー」

「おっ? そーか? ふふん、いいぜぇ。とっておきの話をしてやろう」



 すごく気を良くしたおじさんが厨房をのぞき込み、綾芽と薫くんがこちらを向いていないことを確認した。


 なになに? 結局聞かれたら怒られるような話なの?



「あのな、月に関する御伽噺おとぎばなしはなにもこれだけじゃねぇ。満月の晩にはな、ヤツが出るんだよ」

「ヤツ?」

「あぁ。満月を見ると狼に変身しちまう狼男だ。いつもは普通の人間の姿だが、その晩だけ化けもんになっちまうんだ。もしかすると今夜にもチビの枕元に……どうだ? 怖いだろ?」



 それは、御伽噺っていうよりも……。



「……はろうぃん?」

「はろ……え、なんて?」



 え? もしかして、もしかするの?



「とりっくおあとりーと」

「とり? おあ?」



 ……マジか。ここ、ハロウィンないの!?


 おじさんだけが知らないのかとも思ったけど、他のおじさん達もポカンとしているからそれはない。


 もう一度言おう。


 ……マジか。


 おじさんにしてみれば、私の大嫌いな怖い話をして怖がらせたかったんだろうけど、私はある意味恐怖におののいた。


 一ヶ月後に迫るお菓子大量回収計画、早くも暗礁あんしょうに乗り上げたんですが!

 ……絶対諦めるもんですかっ!








 は、ハロウィンだけじゃない、だと?


 今ここに、衝撃の事実が判明したことをご報告いたします。


 クリスマスもバレンタインデーもホワイトデーもイースターもないなんておかしい! この世界、絶対おかしい!


 バレンタインデーがないのはモテないおじさん達の願望かと思ったけど、おモテになりそうな黒木さんや綾芽達に聞いたら、そんな行事はしたことも、もちろん聞いたこともないらしい。


 ……おじさん達、疑ってごめんよ。


 そうしているうちにも、食堂のテーブルには出来上がったお団子が厨房からどんどん運ばれてきている。


 黒木さんはあの後、薫くんと別の料理に取り掛かり始めたらしく、お団子担当はもっぱら瑠衣さんと綾芽になっていた。

 黒木さん特製の甘醤油をトロリとかけられたお団子は、できたてほやほやというのもあって非常に食欲をそそるものでして。

 ついつい手が届く範囲に置いてあるお団子に手が伸びてしまう。



「……あー」

「こら、つまみ食いレベルじゃないくらい食べるやろ。あかんで」

「……うぇー」



 ちぇっ、綾芽に見つかっちゃった。


 おじさん達は一汗流してくると道場の方へ行ってしまった。

 話相手がいなくなってしまうと、自然とどうやって外国行事の拡散と実行を同時進行でやるかに意識が持っていかれる。そうして頭を使うと糖分が欲しくなる。


 つまり……これ以上は察してほしい。


 とうとう私が座るテーブルには何一つ料理は置かれなくなった。ぐすん。



「うおっ! マジで隔離されてらぁ。……ほらよ、作ったぜ」



 手に白木の台――お月見に欠かせないお団子を載せる台である三宝を持って、海斗さんがニヤニヤと意地の悪い笑みを浮かべながら食堂に入ってきた。


 そういえば、庭でキコキコ何かをのこぎりで切っていたっけ。

 あれ、これだったんだぁ。ありがとう、海斗さん。

 

 でも、一言余計!



「よぉ、黒木さん。久しぶり!」


 

 厨房の中に声をかけ、手を振る海斗さん。

 黒木さんも手を止め、顔を上げた。



「海斗さんも相変わらずのようですね」

「まぁな」



 海斗さんは私の座るテーブルの椅子に腰を下ろし、脇のテーブルから出来上がったお団子を手繰り寄せた。

 それから、三宝と一緒に持っていた和紙を角が三宝の一辺から出るように置いた。



「ほい、チビ、いいか? まず一段目は縦三横三だからな?」

「あい。ならべる」



 最近なかなか上手く使えるようになったおはしを使って順調に並べていく。


 まぁ、こんだけ標的が大きかったらつまめないということもないしね。



「そうそう。上手いじゃねーか」

「ほんとー?」



 ただ並べるだけなのに、どんだけ不器用な子だと思われてんの、私。

 でも、褒められるの嬉しいから、もっと褒めて褒めて! 








「できたぁー」

「おっ! いいんじゃねぇの?」



 ピラミッド型に並べられたお月見団子。


 実にその……美味しそうです。


 私の目の色が食欲に彩られたのを察してか、早々に黒木さんに回収されていく。

 別のテーブルに持って行かれ、黒木さんが手に持っていた小さなボールの中に入っている何かをかけ始めた。



「もしや、それは……」

「あぁ、分かった? なんだかこれだけだと物足りないからね。蜜を作ってみたんだ」



 やっぱり! 前に綾芽と行った時、綾芽が注文してたみたらし団子の蜜と同じ匂いがした!



「ちょっと味見してみる?」

「ほっ! するする! ……あー」



 口の中にトロリとした蜜が流れてきた。


 ウマウマです。



「さすが黒木さん。子供の扱い分かってんなぁ」

「まぁね。大きな子供を日々世話してるようなものだから」

「ちょっと! それ、誰の事言ってんのよ!」

「あんたの事に決まってるじゃん」

「いやいやー。側におらんだけで、薫も変わらへんやろ」

「「うるさい!」」



 薫くんに言い返す瑠衣さんと、綾芽に言い返す薫くんの声が重なった。さすが姉弟弟子。


 笑うと二人に悪いけど、思わず笑っちゃった。


 黒木さんの方をふと見ると、黒木さんもなんだか嬉しそうに笑っている。私が見ているのに気づくと、シーッと人差し指を唇に当てた。


 分かりました。内緒ですね? 了解です。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る