7



 「皆様、お待たせいたしました。集計結果が出ましたので、審査委員の方より発表があります」

 「それではどうぞ」

 「ありがとう」



 葵さんが手を取って司会台まで上げたのは、あのお祭りの時に会ったおばあさんだった。


 少し離れた所にいる私達に気付いたのか、こちらを見たおばあさんの口元がほころんだのが分かった。



 「それでは、発表いたします。今年の優勝は……」



 緊張感に包まれた会場内に一瞬、静寂が訪れる。


 おばあさんの手に握られた紙が開かれる瞬間を今か今かと待ち、私もごくりと唾を飲み込んだ。



 「……南でございます」



 告げられた言葉を皆が噛み締め、次の瞬間、勝者と敗者両方の叫びが会場中に響いた。



 「集計前の箱に何か仕掛けたに違いない!」

 「はぁ? そんなことするわけねぇだろ!」

 「負け犬の遠吠えにしか聞こえないね」

 「なんだと!? 今、言ったヤツ出てこい!」



 一か所で起きた小競り合いは瞬く間に広がり、果ては殴り合っている者達まで出る始末となった。


 腰の刀を抜かないのは、帝の御前だからと理性が働いているから……と思いたい。



 「あらあら。どうしましょう」

 「喧嘩は今すぐやめてください! 帝の御前です!」



 おばあさんが両隣に控えている葵さんと茜さんに憂い気な表情を見せている。


 それを見るが早いか言うが早いか、葵さんは皆に制止を呼びかけ、茜さんは台から降りて騒動の鎮圧に動いた。



 「なつきしゃん、おおとりしゃん、とめられましぇんか?」

 「あぁ。鳳」

 「分かっている」

 「全員除隊させた方が早いと違います?」

 「そうできたらどれだけ楽か」



 夏生さんと鳳さんは葵さん達がいる司会台の方へ行き、綾芽と海斗さんと劉は殴り合い現場へ向かっていった。


 私は薫くんとお留守番。



 興味がないと言ったけれど、優勝すれば海斗さんに言うことを聞かせられる約束をしていた薫くんは若干悔しそうにしている。


 けれど、薫くんはその一方で判定に納得もしているようだった。


 確かに、南のおじさんに作ってもらったあのムース、とーってもおいしかったもんな~。



 「かおるおにーちゃま、ゆうしょうできなくてざんねん?」

 「どうでもいいよ。それに、これで海斗は僕以外との賭けは負けたってことだしね」



 ……うん、イイ笑顔です。



 「それにしても、ほんと世話のかかる。……除隊じゃなくて、社会的に抹殺しちゃえばいいのに」



 ぼそりと呟いた声が聞こえてきて、顔を向けると、ニッコリとさらに微笑まれた。



 聞こえなかったフリですね? オッケーです。


 こっちに来てから特技の一つになったもんね。



 「そうだ。君を連れて来いって言われてるんだよね。時間空いたし、行くよ」

 「えっ! でも、ここにいないとおこられちゃう」

 「怒らないよ。ほら、屋敷に来るとかなると面倒だから」

 「ドナドナ―」



 ドナドナ言いながら自分から手を伸ばす連れ去られ方するやつも珍しいんじゃなかろうか。


 ……ドナドナ言ってみたいだけのお年頃です。



 薫くんは騒ぐ群衆の間を上手くすり抜け、スタスタと滑らかで迷いがない足取りで歩を進めていく。


 途中、東のおじさん達が騒動に加担している所を見つけるや否や、一週間三食めざしのみという恐ろしい処罰を淡々と加えながら。


 嬉々と参加していたおじさん達も、現状把握能力はさすがのもの。


 顔を真っ青にして私の方を見てきた。



 “おかし、ひとりひとつずつでどうでしゅか?”

 “のった!”

 “頼んだぞ!”

 “まかせとけ、でしゅ”



 目と目で会話したんだけど、概ね合ってると思う。


 だって、おじさん達もサムズアップして返してくれたんだもの。


 賄賂わいろ? いいえ、自分の働きに対する正当な報酬と言っていただきたい。



 「桐生さん、連れてきましたよ。この子です」

 「おぉ、やっと連れてきたか!」



 薫くんが私を連れてこいって言われたのって……南の料理人さん?



 「えっとー……はじめまして、みやびでしゅ。こんちはー」

 「おぉ、随分しっかりしてるじゃねぇーか」

 「あの、とくべつなの、ありがとうございましゅ」

 「ん? あぁ、あれか。どうだ? うまかったか?」

 「おいしかったー! あのムース、とーってもすき~!」

 「そうかそうか。帝もお前が食べているのを見てな、俺に同じものを作るようにと言ってきた」

 「えっ!?」



 帝が私を見てた!?


 何もおかしなことしてなかった、よね!?



 「ははっ! 本当に小動物みたいだな。瑠衣の言っていた通りだ」

 「るいおねーしゃま、しってるんでしゅか?」

 「知ってるも何も、俺の弟子だ」



 えっ!? じゃあ、お師匠さんって……あなただったんですか!



 「るいおねーちゃまがってことは、かおるおにーちゃまも?」

 「あー、そうなるね」

 「なんだよ、その気乗りしない返事は。事実だろ」

 「事実ですけど、あまり認めたくない事実だってあるんですよ」



 薫くんは不服とばかりに唇を尖らせている。


 良い人そうなのになぁ。まぁ、世の中には認めたくないものもままあるけどさ。


 経験者は語るってヤツですよ。



 「なんだって?」



 アヒルみたいになっているその唇に、薫くんのお師匠さんである桐生きりゅうさんが手を伸ばし、引っ張り上げた。



 「うわっ! やめてくださいよ」

 「うるせっ! この減らず口の多さはガキの頃からちっとも変わらねぇな」

 「チビの前でやめてください。もう僕は子供じゃないんですから」

 「はっ! そういうのは俺に勝てるくらいになってから言いな」

 「今に抜いてみせます」

 「ほぉ」



 言葉は乱暴だけど、自分を超えるって言われて嬉しさを滲ませる笑みを浮かべている桐生さんを見ていると、本当に弟子の薫くんが可愛いんだろうなぁって思えてくる。



 「なかよしさんです」

 「仲良し? チビ、帰ったら巳鶴さんに目と耳の検査をしてもらうよ! どこをどう見聞きしたら仲良く見えるのさ」

 「ん~? ないしょ、よ」

 「内緒、な」



 クスクスと笑っているとお尻をパンと薫くんに叩かれた。


 あう。痛い。



 「お。もう制圧するみたいだな」

 「むしろ時間かかりすぎです」

 「お前なぁ、いつか刺されるぞ」

 「刺されたら刺された時。どうせ綾芽とか海斗が倍にして返してくれます」

 「……そうか」

 「なんですか? その顔」

 「いやぁ~?」



 桐生さん、デレですよ、デレ。


 これがいつもはツンツンな子が見せる稀過ぎるデレですよ!



 口元を手で隠すけど、隠しきれていない桐生さんのニヤけた笑みを見て、薫くんが一気に不機嫌になった。


 そしてまた、薫くんの機嫌をさらに急降下させる人が現れた。



 「師匠! みやびちゃん! と、おまけ」

 「おまけ? ちょっと、どういうこと?」



 薫くんは姉弟子である瑠衣さん相手でも怯むことなく、むしろ挑みかかるような口調で突っかかって行く。


 それは当然、瑠衣さんの反撃にあい、薫くんが渋々恭順姿勢をとることは明らかなんだけど、ね。


 男のなんたら、ってやつ、かな?



 「るいおねーちゃま!」

 「みやびちゃん!」



 お互い強く抱き合い、感動の再会を……



 「今日だって会ってたでしょ」

 「ぬぅ」



 心の声、薫くんに読まれた。


 イヤン、エッチ。



 「いいじゃない。減るもんじゃあるまいし」

 「へらないへらない!」

 『ねぇ~』



 今日も瑠衣さんと私、仲良しさんです。



 「なんだなんだ? 瑠衣、お前、随分とちびっこに懐かれてるじゃねーか」

 「んふふ。そうでしょう? 一緒にお菓子も作ったのよね~」

 「つくりました! とーってもたのしかったの」

 「私もよ! また一緒に作りましょうね」

 「あい!」



 やった! またお菓子いっぱい食べれる!


 瑠衣さんみたいなお姉さんが欲しかったなぁ。


 ……妹とか弟なら頼めないこともないんだけど、こればっかりは、ね。



 「もう! 本当になんで東なのかしら! ねぇ、みやびちゃん、真剣にうちの店で働く気はなぁい? うちに来てくれたら、毎日美味しいもの、食べさせてあげる。……危ない目にあうこともないのよ?」

 「ちょっと! 前にも言ったけど、そういうのやめてくれる?」

 「うるさいわね~。あんたは黙ってなさい!」

 「はぁ?」

 「ちびっこ、南はどうだ?」

 「桐生さん!?」

 「大将は今は代理だが、あの鳳だ。あとは司会してたあの双子と一緒に楽しく過ごせるぞ? もちろん、俺のところでも最高の食事とおやつを出してやることは間違いない。どうだ?」

 「う~」



 美味しいご飯も美味しいおやつもとっても魅力的だ。


 でも、ダメだ。


 うなり考え込む私を見て、薫くんが白い目を向けてきた。



 心配しないでよ。それだけじゃないよ?


 東にいる理由は。



 「おさそいありがとうございましゅ。でも、やっぱりひがしがいいの」

 「みやびちゃん」

 「あのねー、どこのだれかもわからないわたしをひろってつれてかえってくれたの、あやめなの。こわーいっていわれてるけど、ほんとうはやさしいの。それに、かおるおにーちゃまのごはんもおやつもまいにちとってもおいしいよ? それにそれに、なつきしゃんにかいと、りゅーにみつるしゃん、おじしゃんたちといっしょにいるととってもたのしいの。だから……ごめんしゃい」



 ぺこりと頭を下げ、私の気持ちをしっかりと伝えた。



 問題はその後だった。



 頭を再び上げようとして……あ、上がらぬ!


 なぜっ!?



 なんで? どうして!?


 ……ま、まさか、私が嫌いな、『ゆ』で始まって『い』で終わるやつとか!?


 『お』で始まって『け』で終わるやつとか……?



 いーやー!


 悪霊退散、悪霊じゃないのも退散、もうなんでもいいから退散しちゃって!



 「……なんで頭下げとるん?」



 あっ!


 この声は我が救世主、綾芽さんではありませんか!


 いつの間に帰ってきたのか気付かなかったけど、あなたは退散してはいけません、させません。



 「あやめぇ~、あたま、あがんなくなっちゃった」



 どうしよう、ヤツラに憑りつかれちゃったかもしれない。


 一生このままかも……ぐすん。



 「そら大事おおごとや。こんな衆人環視の場で、こっずかしいことを喋った罰が当たったんやろ」

 「……えぇ~?」



 そんな恥ずかしいこと、言ったかなぁ?


 少なくとも、綾芽達と出会った時のあの黒歴史化してる独り言みたいなことはしでかしてないはずなんだけど。



 「はぁ~。まったく、天然さがなす技よねぇ? これで計算の上だったら末恐ろしいわ」

 「チビが計算? ないない。もし仮に計算だったとしても、いくらか人間に近づくくらいでしょ」



 ちょっと待て、薫くん。君は私を何だと思っているんだい?


 まさか、イヌネコとかじゃなかろうね?


 いや、イヌネコ可愛いし、いいんだけどさ。人間としてはさ、なんかこう。


 守らなきゃいけない尊厳みたいなのがあったりなかったりあったりするじゃん?



 「ハムスターみたいでしょ。ちょろちょろ動き回る、食べる、寝る」

 「「「……あぁ~」」」



 感心された! ちょっと、みんな酷い。


 私、人間。ペット違う。



 もしこのままだったら……帰った時の巳鶴さんの反応が怖いのに。


 誰か、本当に真面目に助けてください。



 「……ずびっ」



 色んな実験の想像をしてしまい、思わず鼻がツーンとなってしまった。


 泣いてはない。まだ。鼻水垂れただけ。



 「おい、なに泣かしてんだよ」

 「泣かすつもりはなかったんやけど。堪忍な」


 

 海斗さんに呆れた声で綾芽が窘められると、私の頭もふっと自然と上がるようになった。


 顔を上げて、まず一番最初に周囲を思わず見渡した。



 な、治ったど~っ!



 頭も動く。


 お腹もいっぱい!



 タヌキのようになったお腹をぽんぽこと叩いていると、どこからかチャイムの音が聞こえてきた。


 時計を見ると、ちょうどおやつ前のお昼寝の時間だ。



 ……うぅむ。そろそろ帰りたい、かなぁ~?


 もうお昼寝の時間よ、私。



 さっきまであんなに元気にわめいたり、笑ったりしてたけど、不思議なこともあるものだ。


 お昼寝の時間って理解すると、なんだか眠くなってくる。



 今日はいっぱい食べたし、動いたし、笑ったし。


 我、満足よ? この後はよきに計らってくれたまえ。



 最近は目一杯甘やかしてくれる人を見極めることを覚えた。



 確実に自堕落になる道を駆け下りてるなぁと思う今日この頃。


 まぁ、あんまり目に余ることをしでかした時には、反動で恐ろしい罰も待ってると思うと踏みとどまれる。


 頼りにしてるよ、夏生さん!



 後ろを振り返り、目下甘えたい放題の人を探す。



 あ、いたいた。



 「りゅー、だっこ」

 「分かった。こっち、来る」



 わーい。ちびっ子万歳。


 一番後ろにいた劉さんにトコトコと駆け寄り、両手を伸ばした。

 


 ちびっ子の眠気って突然来るんだよねぇ。


 さっきまではケラケラ楽しそうに笑ってたかと思うと、次見たときには大の字になって寝ている。



 今だって、ほら。



 ゆらーりゆらーりと劉さんが私のお尻を支えている腕を左右に揺らすものだから、完全におねむ体制に入りかけ。


 ふわぁっとあくびが出るのが止まらない。



 とうとう目がとろーんと落ちて……ぐぅ。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます