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□ □ □ □
「へぇー、あの子出るんだ」
「あい」
もぐもぐと今日のおやつを食べているのは、先程遊びに来た瑠衣さん。
一人で縁側でぷかぷかとシャボン玉してたら庭に現れたので、折角だからとおやつの時間にお呼ばれしてもらった。
「よくもまぁ、出る気にさせたわね。あの子、一度決めたらてこでも動かないのに」
「かいとが、てきぜんとーぼーするのかっていってました」
「ははーん。上手く乗せられちゃったわけね? そこらへんはまだまだガキよねぇ」
「ガキで悪かったね」
ケラケラ笑う瑠衣さんの後ろの障子がスパンっと勢いよく開かれた。
そこにはジト目で私達を見下ろす薫くんが立っていた。
「あら、いたの」
「いたのじゃないし。あんたの方がそう言われるのに相応しい場所でしょ、ここ。……チビに妙なこと教えないでよね?」
「妙なことってどんなことー? 教えてなんかないわよねぇ?」
「あい」
今日も今日とて遊ばれる薫くん。
いつもは斜に構えて皆から一歩距離をとってる薫くんも、姉弟子の瑠衣さんにかかればガキとなる、らしい。
「それよりも、今回の四季杯に出すメニューは決まったの?」
「これから考えるところ」
「確か、お題は目を楽しませる料理、だったわよね?」
「そう。まったく、本当に時間を無駄にするよ。……そういえば、さっき巳鶴さんがチビのこと探してたよ? 昨日の日記ちゃんとつけた?」
あっ! 昨日のはまだつけてない!
「るいおねーちゃま、わたし、いかなきゃ!」
「あらぁ、残念ね。また一緒におやつ食べましょーね」
「たべましゅ。じゃ!」
片手を上げてさよならし、日記のある自分の部屋へ急いだ。
「ちゃんと思い出しましたか。偉い偉い」
「えへへ。えらーい」
薫くんに思い出すの手伝ってもらいましたとは、口が裂けても言えないなぁ。
部屋の障子を開けると、巳鶴さんが正座待機をしていた。
怒る側が正座は間違いでは? これだと怒っていないよね?
いえいえ。これが巳鶴さんの通常スタイル。
だから怒らない、怒っていないとは言っていない。
「ほら、早よ書きよし。巳鶴さん、だいぶ待ってはるんやから」
「ありがと」
綾芽から日記を渡され、ページをめくってせっせと埋めている間、二人の間でも四季杯のことが話題に上がっていた。
「今年の優勝はどこやって、皆が賭けの対象にしたはるみたいやわ」
「おやおや。賭け事とは、夏生さんが聞いたら怒りそうなことですね」
「やから、隠れて、ですやろ。……ここ、字ぃ間違っとるよ」
「ふぉっ」
ひらがな書きすぎた弊害が。
なんなの? たたのかるぱっちょって。たこでしょ、たこ。左上のいらんわ。
「ちなみに今、どこが一番なんです?」
「今は断然うちが一番やろなぁ。なんたって薫が出る言うたんやから、優勝は固いって評判で。後はまぁ、やっぱり食らいつく西やろか」
「……また何か言いがかりでも?」
「まだないですわ。まだ、な」
「まだ、ですか」
なにやら不穏な会話してんなぁ。
よし、昨日の日記完成っと!
「はい、よくできました。今日は瑠衣さんからの差し入れのお菓子を差し上げましょう」
「るいおねーしゃまんとこのおかし、すきー!」
薫くんの作るお菓子と瑠衣さんが作るお菓子、どっちも味が私好みで美味しいんだよねぇ。これはもう、お師匠さんのお菓子も是非食べてみねばってやつですわ。
「ふぉっ!」
今日持ってきてくれたお菓子はチョコチップマフィンですか! 大好物です!
透明のオーピーパックから、細かく刻まれたチョコチップが乗ったマフィンちゃんが顔を
早く食べて食べてと急かすお腹の音を抑えつつ、留めてあるリボンを外し、いそいそと両手で持ったマフィンちゃんを口へと運んだ。
「おいひぃーよぉー」
「綾芽さん、みやび。いい?」
早くも一つ目を食べ終わり、次のオーピーパックを開けていると、障子の向こうから声がかけられた。
「えぇよ」
綾芽が返事をすると、障子が開き、外の板の間に劉さんが膝立ちしていた。
「どないしたん?」
「夏生さん、綾芽さんとみやび、よんでる」
「えぇー? 何もしとらんのに?」
「呼び出されただけで怒られるという思考になるのが、
「それほどでも」
綾芽に皮肉は通用しない。
巳鶴さんも肩をすくめるだけで、それ以上とやかく言うことはなかった。
「じゃ、行こか。君が一緒なら、お説教もそう長いことかからんやろ」
「……あーい」
離れに戻って薬の調合をするという巳鶴さんと一緒に、私達も重い腰を上げた。
本当かどうかは分からないけど、もし本当にお説教だったらイヤだなぁ。
だって、夏生さんのお説教、長期休みに入る前の校長先生のお話しですかってくらい長いんだもの。
おやつ食べるのが遅くなったら、せっかくの薫くんの美味しいご飯が入らないのにさぁ。
食い意地? ……張ってない。これは正当な人間の三大欲求だと私は主張する。
もちろん、残りのマフィンも持っていくのを忘れない。
「夏生さん、綾芽です。入りますよ」
「おぅ」
部屋に入ると、難しい顔をして一枚の書類を見ていた夏生さんが顔を上げた。
「どないしはったんです? そんなホンマもんの鬼みたいな顔して」
「元からこの顔だっ! ……この間の祭りで締めあげた野郎共がいただろ?」
「締めあげたやなんて。この子もおるんやから、もっとオブラートに包んでくださいよ」
「なんのことだか分かってねぇだろ、こいつ」
いえいえ。外見これでも、中身はちゃんと女子高生ですから。
それで? あの日、捕まった例の男達ですよね? それがどうしたって?
「そいつらが西に住む奴らだったらしくてな。自分達のしたこと棚に上げて、西の奴らに泣きついたらしい。そしたら、来たのがこいつだ」
夏生さんがさっきまで睨めっこしてた書類を綾芽に寄越してきた。
私は書類を受け取る綾芽の腕を持ち上げて、膝の上に座り込んだ。これで私も書類が読める。
「……へぇー。言いはりますやんか」
“一権力ある我々が、自らの懐にいれている子供の言葉のみで民草の弁解権を踏みにじるのはいかがなものか”
それ以外にも、今回の件に関係ない悪意があるとしか思えない雑言がずらずらと書かれていた。
確かに往時でそうだったならそう言われても仕方ないし、なんの文句もでないけど、ここは言わせてもらいたい。
あの時、そいつらお金むしり取ろうとしてたやんか! 何にも知らない人達に言われなき悪口を言われる筋合いはない!
なにより、あの時、綾芽達が助けてくれなかったら、あのおばあさんも私もどうなっていたことか。
そんな綾芽達のことを悪しざまに言うなんて……許せぬ!
「……はいはい、どうどう。何を鼻息荒くしてるんや。夏生さん、これ返すわ。この子、悪意は感じ取れるみたいやから」
「ほぉ。さすがは神の子だな」
いえ、神の子関係ないです。だって読めてるんだもの。
前にも言ったけど、私はやられたらやり返す子ですことよ?
ふんす。ふんふんっ。
「そっちはいつものことだ。正直どうでもいい。だが、こっちは違う」
「はい?」
もう一通、夏生さんが綾芽に寄越したのは先程の書類とは違い、手紙だった。宛名も差出人名もない。
綾芽が中身を取り出し、ぴらっとめくると綺麗な文字が目に入った。
「えーっと……先頃の祭りの際に助けていただき、ありがとうございました。お礼も兼ね、あの可愛らしいお嬢さんをご招待したいと思います。丁度四季杯に審査員として招かれておりますので、その日の帰りに一緒に屋敷に連れ帰ってもてなしたいと考えております。どうぞよしなに」
「……あの老婦人が誰か聞きてぇか?」
「あんまり。夏生さんが答えを溜める時って、大抵よくない時ですやんか」
「うるせぇ。……恐れ多くも、帝の外祖母君の姉上だ。帝が祖母以上に懐いているという噂のな」
「……」
んん? がいそぼって、お母さんのお母さんってことでいいのかな?
つまり、帝のお婆ちゃんのお姉さんってことね。
……みかど?
「あやめ」
「なんや?」
「みかどって、あのおしろにすんでるひとでしゅ、よね?」
「そうやなぁ」
「それで、このくにでいちばんえらいひと」
「そやねぇ」
「それで……あのおばあちゃんが、みかどさまのおばあちゃまのおねえしゃま。……もしかして、すっごくこえかけづらいひとだったんでしゅかっ!?」
「そうなるなぁ」
……綾芽、現実逃避しているね!? すっごく答えが投げやりだよ!
そもそも、綾芽達ってそういう偉い人達の顔って知らないの!?
私の頭の中では、あのお婆さんがオホホと上品に口元を袖で隠し、朗らかに笑う姿が簡単に想像できた。
「夏生さん、顔、知ってはりました?」
「いや、宮家でもない限り、外戚はうちの職務範囲外だからな。護衛が傍についていたら勘付いたかもしれんが」
「祖母君本人ならともかく、姉君やしなぁ」
「……はぁ、胃が痛い」
「胃薬、いります?」
「いらん。お前がきちんと書類仕事済ませたら多少は良くなる」
「じゃあ、やっぱり胃薬いりますわ」
「……仕事しろや、このヤロー!」
四季杯。去年の雪辱を晴らす待望の交流イベント。
数々の波乱が巻き起こりそうだってことだけは、私にも分かった。
とりあえず……マフィン食べよ。
私も現実逃避? まぁ、そうなります。
だって、難しい話はお腹いっぱいなんだもの。
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